「2位じゃダメなんですか?」国産スパコンは何に役立つ? 国産AIは開発可能?
2009年の事業仕分けで話題となった「2位じゃダメなんですか?」発言。当時自民党から政権交代した民主党は自民党政権時代の「予算の無駄」を洗い出す会議のなかで、世界一の性能を目指す国産スーパーコンピュータ『京』をこう批判し、開発計画は一時凍結されることに(※その後凍結は解除され、2011年には世界No.1のスパコンになりました)。
そんな「2位じゃダメなんですか?」発言から15年以上が経過しましたが、実際のところ事業仕分けで注目された国産スパコンは、いま何に役立っているのか意外と知らない方も多いのでは?

たとえば日本のスパコンが世界有数の性能ならば、その計算能力を活かした『ChatGPT』のような生成AIサービスが日本から登場しないのはなぜなのでしょうか。
2025年現在「京」の後継機『富岳』は、防災・医療・AI開発など多分野で重要な役割を果たしています。国産スパコンは何に役立つのか、具体的に見ていきましょう。
「2位じゃダメなんですか?」国産スパコンが役立つ分野
そもそもスパコン(スーパーコンピュータ)とは、一般的なコンピュータと比べて圧倒的に高速な計算能力を持つコンピュータのこと。その計算速度は家庭用パソコンの比にならず膨大な計算を瞬時に処理可能であり、主に科学技術計算や大規模なデータ処理に使用されます。

国産スパコンが役立つ用途は無数に存在しますが、そのなかでも代表的な用途をまず2通りご紹介します。
科学研究の加速や自然災害の予測
地震・津波の予測や避難計画の高度化などに国産スパコンが活かされているケースもあります。たとえば、気象予測では、より精密なデータ解析が可能となり、災害予測の精度向上に寄与しています。また、地震の発生メカニズムを解明するためのシミュレーションにも活用されており、防災対策の強化に役立っています。

たとえば2025年2月には富士通と横浜国立大学が『富岳』を使用して台風に伴い発生する竜巻を予測するシミュレーションに成功したと報告しました。この予測には、以前は11時間掛かっていたものの、約80分にまで高速化したとのことです。
医療とバイオテクノロジー
医療分野では、薬剤開発や遺伝子解析においてスパコンが活躍しています。コロナ禍で富岳は飛沫感染のシミュレーションを行い、メディアにも多く取り上げられて注目されましたが、それ以外にも富岳は分子動力学シミュレーションを用いてウイルスの構造解析を行い、治療薬候補の選定を加速させました。
なお、富岳の飛沫感染のシミュレーションは2021年、優れた科学技術分野の研究を表彰するゴードン・ベル賞の「COVID-19研究特別賞」を受賞しています。
このように、国産スパコンは医療技術の進展に大きく貢献していると言えるでしょう。
国産スパコンを用いた「国産の生成AI」の可能性
科学研究の加速やバイオテクノロジー研究に「国産スパコン」が役立つならば、同様に生成AIの研究にスパコンの計算資源を割り当て、国産LLMを開発することも可能ではないかと思う方も多いでしょう。
国産生成AIの可能性が期待される背景には、まず日本は高品質な自然言語のコーパスが整備されている国であることが挙げられます。
日本国内には自然言語データベース、いわゆる「コーパス」が複数構築されてきましたが、代表的なものは2011年に大学共同利用機関法人人間文化研究機構国立国語研究所が公開した「現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)」。非常に高品質で知られており、今後、国産LLMの開発に活用される可能性に注目が集まっています。
すでに国産スパコン『富岳』の計算資源を用いて、開発された国産LLMが実際に公開されてもいます。
では、その精度は2025年現在の視点から見て『富岳』の計算資源を使うにふさわしい、高いものだと言えるのでしょうか?
スパコン『富岳』で作った生成AIが公開中
実は2024年5月に『富岳』で作った生成AIをFujitsuが公開しています。会員登録が必要ですが、誰でも利用することが可能です。
今回、梶井基次郎の『桜の樹の下には』の要約と要点のまとめをお願いしてみました。 一定の長文を正確に読み解き、論理的な要約や要点の洗い出しが可能か確認するためです。
そして結論から言えば、正直に言うと『富岳』の計算資源を用いて得られるアウトプットとして現状のLLMの性能は不十分であると感じたのも事実です。
もちろん『富岳』を用いたさまざまなプロジェクトの一部が、誰しもがオープンに触れるアウトプットとしてウェブ上に存在しているのは貴重です。加えてそもそも国産の大規模言語モデル自体が極めて貴重です。ちなみにこの大規模言語モデルにはサイバーエージェント社が収集した独自の日本語学習データなどが使われています。
とにもかくにも国産のデータを学習した国産のAIが、国産のスパコンで開発され、なおかつオープンに無料公開されていること自体がとてつもない成果ではあります。
しかし、その成果が2025年現在の生成AIとして『ChatGPT』『Gemini』や、中国製の『DeepSeek』と比較して魅力的なものであるかと言えば別問題というのも素直な感想です。

まず利用してみて分かったのは、回答に非常に時間がかかること。他の生成AIは「推論」や「DeepResearch」を含む処理を求めてもおおむね1分程度で回答が出ることが多いです。一方で『富岳』製のLLMを利用した処理では、比較的簡単な回答を求めているにも関わらず、生成までに5分ほど掛かりました。
また、回答も非常に雑という印象があります。たとえば『桜の樹の下には』のモチーフについて、『富岳』製のLLMでは「この小説は、超自然的なものや神秘的なものを含む、存在の神秘と不確実性について語っている」「このモチーフは、ネガティブな感情がいかに私たちの世界や世界の経験に影響を与えるかについての探求でもある」といった回答として出されました。
まず「要約」と「要点」を求めたにも関わらず、「テーマ」が回答されているためやや意図にズレがあります。
また意図のズレを受け入れたうえで回答を見たとしても、『桜の樹の下には』のテーマを語る際に「生と死」ないしは「美しさと死」への言及がないことには違和感が強く感じられます。同小説の書き出し自体が「桜の樹の下には屍体が埋まっている」から始まっているものだからです。
少々辛辣な書き方にはなってしまいますが、『富岳』製のLLMの回答は、少なくとも日本文学の要約や要点整理については「実用には向かない」と感じます。

なお、こちらはChatGPTで同じ回答を出したもの。日本の文学をきちんと理解し、正しい要約と要点の整理ができているという印象がありました。
つまり、少なくとも2025年2月時点では、Fujitsuが一般公開している富岳を使った生成AIは、国外の生成AIにまったく敵わないと言っても過言ではないでしょう。
生成AI開発に膨大な計算資源は本当に必要か?
もっとも2025年時点で「富岳を使った生成AIは、国外の生成AIにまったく敵わない」としても、それは別に悪いことではありません。富岳を用いた科学研究の加速などの成果は無数に存在しており、単に2025年時点でAI分野では「最先端のLLMに匹敵する成果は出せていない」に過ぎないからです。
さらに言えば生成AI開発に、膨大な計算資源は本当に必要なのかという論点も存在します。

生成AIの開発が始まって以降、開発に膨大な計算資源が必要というのは常識的なことでした。そんななか、25年1月にDeepSeekが発表した「DeepSeek-R1」はAI開発のゲームチェンジャーとなることに。その理由は、DeepSeeKが開発費580万ドル、開発期間数カ月で作られたという低コストかつ、OpenAIの「o1」モデルに匹敵するほど高性能な生成AIだったためです。
こうしたDeepseekの衝撃を受けて「生成AI開発に膨大な計算資源は本当に必要か」という懐疑的な見方も広がっており、NVIDIAの株価下落なども実際に起きているのが現状です。

一方、DeepSeekの開発をめぐっては事前学習済みの大規模AIモデルを移転する、いわゆる「蒸留」というプロセスが使われているのではないかという疑惑があります。つまり、膨大な計算資源を使って作られた元の事前学習済みの大規模AIモデルがなければ、そもそもDeepSeekは生まれなかったという見方をすることもできます。
とはいえ、DeepSeekの性能や回答精度の高さは驚くべきものです。膨大な計算資源を投じた成果は「蒸留」によって瞬時に追いつくことができてしまうのもまた事実だと言えるのではないでしょうか。
そうした研究に「スパコン」を用いるべきなのか否かは、議論のポイントになり得るでしょう。
結局、スパコン開発は2025年でも「2位じゃダメ」なのか?
国産スパコンを「生成AIに使うべきか」という点においては、議論が分かれるでしょう。すでに『富岳』を用いたLLMが公開されていますが、その精度は少なくとも筆者が検証した限り、2025年現在の諸外国のLLMと比較して「かなり低い」です。
しかし、2025年現在において国産スパコンが生成AIで目立った成果を挙げていないからと言って、スパコンの重要性が揺らぐことは一切ありません。
スパコン開発が「2位じゃダメ」な理由は創薬研究など医療やバイオテクノロジーに絡む分野においては先行者利益が大きく、革新的な発見及び特許取得の価値が非常に大きいからだと言えます。つまり世界で2位のスパコンで、1位のスパコンに後塵を拝す形で医療分野の発見をしても、その発見が特許取得済みのものならば意味が薄いのです。
そのためスパコンの計算資源を医療やバイオテクノロジー、また人命を守るという点において自然災害の予測など科学研究の加速に割り当てることの意味は大きいでしょう。新型コロナの研究に『富岳』を用いた例も、その代表的なケースです。
日本が世界有数のスパコンを手がけていることが「生成AIに役立つか」は微妙かもしれませんが、スパコンの重要性そのものは今後に渡って揺らぐことはありません。
※サムネイル画像は(Image:「理化学研究所 計算科学研究センター」公式サイトより引用)
記事提供元:スマホライフPLUS
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