「狂ってる」【舟越美夏✕リアルワールド】
「これから一体どうなるのかしら…」
国際的な開発機関で保健分野を担当する友人がこうつぶやいたのは1月下旬。米国でトランプ氏が大統領に就任して1週間ほどたったころである。米国開発庁(USAID)に勤める彼女の友人が「全ての出張がいきなり差し止められた」という。
それから10日もしないうちに、今度は悲鳴が届いた。「狂ってる」。USAID の閉鎖を目指すトランプ氏が、大半の職員の休業を命じ、途上国での資金が凍結され、活動が停止させられたのだ。
1961年に設立されたUSAIDは、年間数百億ドル(数兆円)を対外援助として支出する。その対象は、HIV(エイズウイルス)などの感染症対策、難民、教育支援など多岐にわたる。USAIDの支援なしでは、立ち行かない分野が多いほどだ。
「大規模な組織には問題はある。でも全てを『悪』『無駄』と決めつけていきなり『ゼロ』にしてしまうなんて」。途上国の現場を見てきた彼女の口調には、危機感がにじむ。しわ寄せは、女性や子どもら弱い立場の人々に向かうからだ。米国の穴を即座に埋めるのは不可能だ。
トランプ氏は世界保健機関(WHO)からの脱退も表明した。米国はWHO最大の資金拠出国だ。さまざまな批判はあっても、新型コロナやエボラ出血熱などの感染症について、各国はWHOの判断を基準にして対策を進める。WHOが資金不足で機能不全になれば、大規模な感染症が拡大した時に世界に与える影響は計り知れないだろう。
私はこの原稿をマダガスカル南部アンブブンベで書いている。気候変動の打撃を最も受けている国の一つだ。南部は干ばつに、東部は頻発するサイクロンに苦しんでいる。2020年からの2年間、南部では深刻な干ばつが起き、飢饉(ききん)が広がった。餓死者も出たと推測されている。
女性たちは、そんな状況でも、出産する。
ナステラさん(25)は、自宅で出産した。村には水がなく、20キロ離れた干上がった川の底を掘り、湧き出たどろ水を若者たちがバケツに入れて運んできた。出産後、その水を飲み、生まれた子の体をふいた。なんという強さだろうと思うが、飢饉の中で母乳は出ず、4歳になる子どもは栄養不良のためか精神的に不安定だ。

アインタネさん(31)は照りつける太陽の中、7キロ離れた保健所まで歩き、出産した。保健所には助産師がいて彼女は無事に出産、おくるみなど新生児に必要なものを支給された。保健所や産婦人科病院など女性と子どものための保健関係施設は、日本政府と国連人口基金(UNFPA)が協力し支援している。
「日本には感謝している。命と健康を守る活動は、外国からの支援なしには不可能です」。地方病院の医師は語る。
昨年も雨が降らず、食料や飲料水は足りていない。そんな中、世界食糧計画(WFP)は、米国が拠出する支援事業(数十億円相当)の停止を指示されたと報じられた。指示は撤回されたようだが、情報不足に援助の現場では困惑が広がっている。
町の通りでは、気候変動で村を捨てざるを得なかった女性や子どもたちが炎天下、暮らしている。互いに助け合わなければ、世界的な危機は乗り越えられないはずだ。米国の穴をどうしたら埋められるのか、考えなければならない。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 8からの転載】
ふなこし・みか 1989年上智大学ロシア語学科卒。元共同通信社記者。アジアや旧ソ連、アフリカ、中東などを舞台に、紛争の犠牲者のほか、加害者や傍観者にも焦点を当てた記事を書いている。
記事提供元:オーヴォ(OvO)
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