夢の“田舎暮らしスローライフ”がとんでもない悪夢に変わるスリラー映画「嗤う蟲」
便利だが窮屈な現代社会で暮らしていると、たとえ都会で暮らしていなくとも、自然豊かで大らかな田舎暮らしに憧れる瞬間があるかもしれない。そんなスローライフを夢見てある村に移住した若い夫婦が体験する恐怖を描く、ヴィレッジ<狂宴>スリラー映画「嗤う蟲」が、1月24日から公開される。
村の掟と秘密を知って飲み込まれ、抜け出せなくなっていく若い夫婦
イラストレーターの長浜杏奈(深川麻衣)と、脱サラした夫・上杉輝道(若葉竜也)は、東京を離れて麻宮村に移住。憧れだった田舎暮らしを始める。若者が少ない村だけに、二人は自治会長の田久保(田口トモロヲ)やその妻よしこ(杉田かおる)らの村民たちから、「この村に来てくれて、ありがっさま!」と大歓迎を受ける。彼らの距離の近さやSNS よりも早い情報拡散能力で、プライベートが広まることに戸惑いつつも、世話を焼いてくれる村民たちと良好な関係を築き、憧れのスローライフを満喫するはずだった。
しかし、3カ月が過ぎた頃、理想どおりにいかない田舎での仕事や隙あらば私生活に干渉して子作りを推奨してくるプライバシーのなさに、杏奈は不安が募る一方で、田久保に従順な輝道は麻宮村のムードとなり、夫婦はすれ違い始める。あるとき杏奈は、麻宮村の住人の中にも隣人・三橋(松浦祐也)とその妻・椿(片岡礼子)のように、田久保を恐れている者たちがいることに気付き、不信感を抱く。そんな中で杏奈の妊娠が発覚。まるで自分たちに新しい家族ができたかのように喜ぶ村民たちは、杏奈を囲み、「ありがっさま、ありがっさま」と口にしながらお腹をさすり、杏奈の不安はさらに深まる。
一方、田久保から信頼されるようになった輝道は、村の一大行事の火まつりのメンバーに迎えられるが、不器用で子どもがいない三橋夫妻は冷遇され孤立していく。田久保の輝道への期待がふくらみ、あるきっかけから田久保の仕事を手伝うことになった輝道は、麻宮村の隠された<掟>を知らされ困惑するが、家族を守るため<掟>に飲み込まれていく。すれ違いが増え、毎晩うなされる姿や村民との付き合いが多いなった輝道の言動に、不穏なものを感じた杏奈は、輝道の隠す秘密を探ることになるが……。
村社会の怖い一面が題材だが、一方的な悪として描くわけではない
冒頭、田舎生活に夢を膨らませ、ウキウキで車を飛ばす主人公夫婦が村に繋がる一本橋を渡るが、実はそこから恐怖が始まっている。村の外に出るにはここを通るしかないということが、後々大きな意味を持ってくるのだ。閉ざされた村で若い夫婦が抜け出せなくなっていく恐怖の生活を描いた本作は、あくまでフィクションながら、日本各地で実際に起きた村八分事件や実在する“村の掟”を基に、現代日本の村社会の闇をリアルに焙り出している。
そんな村社会の怖い一面が題材ではあるものの、決して村社会を悪いものとして描いているわけではない。村八分や劇中の村の秘密・掟は受け入れられないものの、仲間を助け合う意識の強さや村民全員が子どもを我が子のように大事にすることは、行き過ぎさえなければ理想的なものかもしれない。村独自の風習や価値観も、その中で育ってきた者には普通のことかもしれず、一般論では判断できないものがある。主人公の若い夫婦に大きな落ち度があるわけではないが、田舎への移住を安易に考えていた様子や、田舎に来ても都会と同じような生活スタイルを崩したくないということが軋轢を生んでいるのも否めない姿が描かれるし、杏奈が村に違和感を覚えつつも理想的な田舎暮らしをSNSでアピールする姿は、滑稽にも狂気にも見える。
とはいえ、主人公の杏奈とその夫の輝道は、多少意識の高さが鼻につくものの、基本的には普通の人々でしかなく、劇中で彼らが巻き込まれていく様々な事柄には、もし自分が同じ立場ならと考えると恐怖でしかない。ただ、主人公夫婦も村民たちも、ある意味では悪意がなく、主人公夫婦からは村民が狂っているように見えるし、村民からは若い夫婦が村の平穏を乱す存在となっている。人間臭い多面的な人物たちが入り混じる、群集心理や村社会の怖さを描きつつも、結局のところ怖いのは人間そのものであることを描いていて、そのリアルさが恐怖を生んでいる。
「ありがっさま!」独特な方言に狂気を感じさせる田口トモロヲの怪演
主人公の杏奈を演じるのは、乃木坂 46 の元メンバーで現在は映画「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」(23)の主演やテレビドラマ『特捜9』シリーズへのレギュラー出演などで活躍する深川麻衣。その夫・輝道役にはテレビドラマ『アンメット ある脳外科医の日記』(24)での好演が話題を集めた若葉竜也。共演作「愛がなんだ」(19)のほか、深川は「パンとバスと2度目のハツコイ」(18)、若葉は「街の上で」(21)など、共に今泉力哉監督のラブストーリーが出世作となった二人が、全く異なるホラータッチのスリラー映画で共演しているのも興味深い。
麻宮村の住人には、村を支配する自治会長・田久保役に田口トモロヲ、その妻よしこ役に杉田かおる。「ありがっさま!」や語尾に「だに」がつく独特な方言を駆使して、時に親しみや愛嬌、時に恐怖や不気味さを感じさせる、笑顔の裏の真の顔が恐ろしい夫婦を不穏な存在感を漂わせて演じている。今回の出演オファーに対して、パンクバンドのボーカルを務めていたこともある田口は「脚本読んだけど“パンクだね~!”」と快諾したそうで、ホラーにもコメディにも見えるその狂気を秘めた陰の主役的な怪演は、特に見逃せない。さらには、片岡礼子と松浦祐也、そして芸人の中山功太らも出演。確かな実力を持つ俳優ばかりが揃い、見応えのある芝居で作品にリアリティを与えている。
脚本を担当するのは、「先生を流産させる会」(12/監督・脚本)「許された子どもたち」「毒娘」(20/監督・脚本)や「ミスミソウ」(18/監督)など、社会派作品やホラー作品に定評のある内藤瑛亮。監督と共同脚本を担当したのは、リアルな人物描写に定評があり、「アルプススタンドのはしの方」(20)「愛なのに」(22)「放課後アングラーライフ」(23)などの青春映画やラブストーリーから、「女子高生に殺されたい」「ビリーバーズ」「夜、鳥たちが啼く」(22)などのハードな描写を伴う作品まで、ジャンルを問わず幅広く活躍する城定秀夫。田舎暮らしブームに少し皮肉を込め、村社会を通して人間の怖さを描くスリラー映画となっている。
文=天本伸一郎 制作=キネマ旬報社
「嗤う蟲」
1月24日(金)より 新宿バルト9ほか 全国順次公開
2024年/日本/99分
監督:城定秀夫
脚本:内藤瑛亮、城定秀夫
出演:深川麻衣、若葉竜也、松浦祐也、片岡礼子、中山功太 / 杉田かおる、田口トモロヲ
配給:ショウゲート
Ⓒ2024 映画「嗤う蟲」製作委員会
公式HP:https://waraumushi.jp/
記事提供元:キネマ旬報WEB
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