【映画・チャンネルNECO】三島由紀夫 生誕 100年特集 ―「美徳のよろめき」「愛の渇き」「春の雪」「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」
2025年1月14日に生誕100年を迎える、日本だけでなく海外でも今なお評価が高い作家・三島由紀夫。これを記念して、彼の小説を映画化した「美徳のよろめき」(1957年)、「愛の渇き」(1966年)、「春の雪」(2005年)と、三島と東大全共闘の学生たちとの討論会の模様を収めたドキュメンタリー「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」(2020年)がチャンネルNECOにて1月6日より放送される。
情事に走る女性を、月丘夢路が演じた「美徳のよろめき」
三島由紀夫と映画のつながりは深く、自作を映画化した「純白の夜」(1951年)や「不道徳教育講座」(1959年)に端役で出演した後、増村保造監督の「からっ風野郎」(1960年)には主演している。さらに「憂国」(1965年)では製作・監督・原作・脚本・主演を務めるなど、彼にとって映画はもうひとつの表現メディアであった。それだけに映画化作品も多く、『潮騒』だけでも5回映画化されている。
今回放送される「美徳のよろめき」は、彼が書いた風俗小説を中平康監督、新藤兼人脚本で映画化したもの。良家から嫁いだ気品のある結婚3年目の主婦が、結婚前にキスを交わした男性と再会して、彼との情事を夢見るようになっていく。夫との夜の営みも少なくなって、性的な欲求を抱えるヒロインを、当時30代半ばの女盛りにあった月丘夢路がはまり役で演じ、“よろめき夫人”として脚光を浴びた。夫役に三國連太郎、彼女の情事の相手に葉山良二というキャスティング。情事を象徴するのがキスというのは時代性を感じるが、鬼才・中平監督が揺れる女性心を手堅く映し出した作品になっている。
エロティックな浅丘ルリ子に酔う、三島も絶賛した「愛の渇き」
「愛の渇き」は、三島由紀夫も絶賛した1本。富豪の長男に嫁いだ悦子は、夫が若くして亡くなり、今は義父の愛撫の対象になっている。彼女は下男の三郎の若い肉体に魅せられ、精神と肉体のバランスを崩していく。
蔵原惟繕監督と主演の浅丘ルリ子は、これが6度目のコンビ作だったが、女性のエロティシズムを描くという意味では、本作が頂点だろう。終始和服姿の浅丘ルリ子は、衣の中に性的欲求を封じ込めているように見えながら、冒頭の中村伸郎演じる義父の髭を剃っているときに一瞬きらめく殺気や、三郎を演じた石立鉄男の白いシャツの背中に爪を立てて傷つけるときの狂気など、瞬間にほとばしる“性”に根ざした感情の高ぶりが印象的。その悶々とした想いが最後に惨劇を生んでいくのだが、彼女の和服が乱れたとき、内なるフェロモンが解き放たれて、強烈なエロティシズムが漂う。当時、製作した日活はその観念的な愛の表現ゆえか、1年間映画をお蔵入りにしたが、1967年に公開された本作はキネマ旬報ベスト・テン日本映画第7位にランクインしている。
妻夫木聡、竹内結子のコンビが、華族の愛を演じた「春の雪」
「春の雪」は三島の長編『豊饒の海』4部作の第1部を、行定勲監督が妻夫木聡と竹内結子主演で映画化したもの。大正初期。侯爵家の松枝清顕と伯爵家の綾倉聡子は、両思いだがうまく愛情を表現できない。そのうち聡子は宮家の洞院宮治典王に求婚され、彼女は清顕の愛を確かめようとするが不発に終わり、縁談を受け入れる決意をする。一度離れたことで彼女への愛を自覚した清顕は、聡子との禁断の愛へと足を踏み入れていく。
大正時代の華族の世界を、ホウ・シャオシェン監督の映画でも知られる台湾のカメラマン、リー・ピンビンが映し撮った美しい映像が素晴らしい。妻夫木と竹内は、硬質な装いの中に狂おしいまでの愛を秘めたカップルを、絶妙のバランスで表現している。またこの映画を企画した藤井浩明は、1950年代から三島の作品に携わってきた元大映のプロデューサー。彼の人脈もあって、大楠道代、岸田今日子、18年ぶりに映画出演した若尾文子など、かつて大映映画を彩ったスターたちが脇を固めていることでも見逃せない文芸大作だ。
東大のエリートたちの攻撃に立ち向かう、三島が見もの!
「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」は1969年5月13日に東大駒場キャンパスで行われた、三島と東大全共闘との討論会の全貌を収めたドキュメンタリー。会場の900番教室には1000人を超える学生が集まり、天才作家・三島由紀夫を論理で攻撃しようと血気盛んな全共闘の面々が責め立てる。体制に反逆する東大のエリートたちの、熱い論戦も見ものだが、注目したいのは三島の反応だ。冷静を装いながら終始タバコを吸い、その煙草をどこに置くかまでが、自分を表現するパフォーマンスになっている。学生の攻撃を三島由紀夫という存在感で受け止めて、跳ね返していく緊迫したやり取りが面白い。
三島はこの討論会から一年半後の1970年11月25日に自ら割腹して果てるのだが、そのときは彼が市ヶ谷駐屯地で自衛隊の隊員たちに、決起を促す演説をした。彼の演説は隊員たちの心を動かすことはなかったが、もしかしたら彼は、論戦が生む熱気の手ごたえを、この討論会で感じたのかもしれない。
またこの作品には平野啓一郎や内田樹、瀬戸内寂聴などが登場して、三島について語っているので、彼の人となりを知る上でも貴重な作品である。
三島由紀夫は子供の頃には虚弱体質で、激しい運動を止められていた。その反動からか、1955年頃からボディビルで体を鍛え、自らの肉体をオブジェとして写真集や映画の出演などで、人に見せつけていった。言わばビジュアルイメージをセルフプロデュースした最初の作家で、その行動や言動は常に刺激的だった。そんな時代の先端を走り続け、晩年にはノーベル賞に最も近いと言われた作家が生み出した愛と性の世界を、今回の放送作品で味わってほしい。
文=金澤誠 制作=キネマ旬報社
放送作品
「美徳のよろめき」放送日:1月6日、14日
●1957年/日本/99分
監督:中平康
原作:三島由紀夫
出演:月丘夢路、三國連太郎、葉山良二、南田洋子 ほか
“よろめき“という流行語が生まれたほど話題を呼んだ三島由紀夫のベストセラーを、新藤兼人の脚本で中平康が映画化。情事を夢見る若き人妻に月丘夢路が扮した文芸作品。
躾が厳しく門地の高い家に育った節子は親の決めた相手と結婚し、結婚によって男性の二字を知ったが、3年目ごろから夫婦のいとなみも間遠になっていた。そんなある日、節子は結婚前に避暑地で知り合った青年・土屋と再会する…。
©日活
「愛の渇き」放送日:1月14日、31日
●1966年/日本/本編101分
監督:蔵原惟繕 原作:三島由紀夫
出演: 浅丘ルリ子、山内明、中村伸郎、石立鉄男、小高雄二 ほか
蔵原惟繕が『執炎』、『夜明けのうた』に続いて監督した、浅丘ルリ子の主演作。三島由紀夫原作の映画化。浅丘ルリ子が着物姿の未亡人を妖艶に演じて魅惑的。
阪神間に広大な土地や農園を所有する富豪・杉本家の長男に嫁いだ悦子は、夫が若くして死んだ後も杉本家に留まり、義父でやもめの弥吉の妾のような生活を送っていた。悦子が唯一心を動かされるのは下男の三郎だった。しかし、女中の美代が三郎の子を妊娠しているとわかり、悦子の心は乱れ、三郎が帰郷している間に美代のお腹の子を堕ろさせてしまう…。
©日活
「春の雪」放送日:1月14日、26日
●2005年/日本/154分
監督:行定勲
原作:三島由紀夫
出演:妻夫木聡、竹内結子、高岡蒼佑、及川光博、田口トモロヲ、高畑淳子、石丸謙二郎、宮崎美子 ほか
三島由紀夫の同名小説を、妻夫木聡×竹内結子で映像化した、儚くも美しい悲恋の物語。
侯爵家の子息・松枝清顕と伯爵家の令嬢・綾倉聡子は、幼なじみであり、互いに想い合う関係だった。しかし、政略結婚により聡子の縁談が決定してしまう。一度はすれ違った二人だったが、一度離れたことで互いの愛情を再認識し、人目を忍んで密会を重ね始める。しかし、それは悲劇の幕開けであった。
©2005「春の雪」製作委員会
「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」放送日:1月14日
●2020年/日本/111分
監督:豊島圭介
出演:三島由紀夫、芥正彦、木村修、橋爪大三郎、篠原裕、宮澤章友、原昭弘、椎根和、清水寛、小川邦雄、平野啓一郎、内田樹、小熊英二、瀬戸内寂聴 ほか ナビゲーター:東出昌大
稀代の天才作家・三島由紀夫と、血気盛んな反逆のエリート・東大全共闘の討論会の全貌を描いた衝撃のドキュメンタリー。時は1969年5月13日。東大駒場キャンパスの900番教室に1000人を超える学生が集まり、三島を今か今かと待ち受けていた。どこを切っても正反対、ベクトルは真逆の三島と東大全共闘。果たして、言葉の銃で撃ち合い、論理の剣で斬り合う、スリリングな討論アクションによる死闘の行方はー。
©2020 映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』製作委員会
記事提供元:キネマ旬報WEB
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