コラム【本州湾岸を反時計に一周】012 盛駅から三陸鉄道リアス線⑩ 2024年8月25日
※2019年4月撮影
トップ画像は、磯鶏駅からリアス線(旧JR山田線)最期の磯鶏トンネル(37)175mに入ります。坑口手前上は、国道106号線です。
閉伊川を渡ります。
※2024年8月25日撮影
宮古駅が見えてきました。
※2024年8月25日撮影
JR山田線が宮古駅と盛岡駅を結んでいます。JR東日本のディーゼルカーが見えます。
※2024年8月25日撮影
言うまでもなく、宮古駅~釜石駅間も元はJR山田線ですが、東日本大震災で壊滅的な被害を受けた後、復旧工事を行って三陸鉄道に移管されリアス線となりました。
※2024年8月25日撮影
磯鶏駅から2.0km、10:28宮古駅に到着。盛駅からは143分でした。
※2024年8月25日撮影
リアス線区間、55.4kmには、18のトンネルがありました。1,000メートル以上のトンネルがありませんから長さの合計は、4,743mでした。南リアス線の19と合わせて数は37、距離は、27,133mになりました。
ここからは2024年8月の台風10号の大雨被害で田老駅間が不通なので、代行バスでの移動になります。
駅名標。愛称は「リアスの港」。
※2024年8月25日撮影
筆者が宮古駅に来るのは、6回目だと思いますが、ほぼ毎回改札口横の駅そばを食べました。
※2019年4月
今回も食べたいトコロですが、代行バスの乗り換えまで、バスの発着場所を探したりしたので時間的な余裕がなくなって諦めました。通常の久慈行の場合は停車時間が12分あるので楽勝でした。(笑)
※2019年4月撮影
宮古駅駅舎。
※2024年8月25日撮影
代行バスに乗り換えます。10:40発です。
※2024年8月25日撮影
定刻前に田老駅に到着。
※2024年8月25日撮影
長い階段を重いトランクを持って上がるのはキツかったです。
※2024年8月25日撮影
駅名標。愛称は「銀色のしぶき」。
※2024年8月25日撮影
元々宮古駅から田老駅間は、1972年(昭和47年)旧国鉄の宮古線として開業しています。同様に普代駅~久慈駅は、1975年(昭和50年)旧国鉄久慈線として開業。田老駅~普代駅間も工事が進んでいました。
しかし国鉄再建法で宮古線、久慈線は特定地方交通線に指定され、工事区間も工事が中断されました。
岩手県などが中心になって設立された第三セクターの三陸鉄道が引き受けることで工事を再開。1984年(昭和59年)宮古線・久慈線も三陸鉄道に転換され宮古駅~久慈駅間(71.0km)が三陸鉄道北リアス線として開通しました。
元来の久慈行の時刻表通り、10:59に田老駅を発車しました。わずか500mで新田老駅です。
※2024年8月25日撮影
駅の手前に第一田老トンネル(49)55mがあります。代行バスの区間、宮古駅から田老駅までの間にはトンネルが11あります。
※2024年8月25日撮影
実は2019年4月、台風19号の被害を受ける半年前に盛駅から久慈駅まで一気に乗っています。その時に撮った工事中の新田老駅です。
※2019年4月撮影
新田老駅に到着。
※2024年8月25日撮影
駅名標。愛称は「真崎の紺青」。2020年5月に三陸鉄道リアス線41番目の駅として開業しました。宮古市田老総合事務所に直結しています。
※2024年8月25日撮影
宮古駅~田老駅間は深い山間部を通る区間で、秘境駅の雰囲気もあって筆者は大好きです。今回は不通で乗るコトができませんでした。次回は、過去に撮った写真で宮古駅~田老駅間も紹介します。
(文・写真) 住田至朗
※三陸鉄道の許可をいただいて撮影しています。
※過去の写真はライター住田がプライベートで旅をした時のスナップ写真です。
記事提供元:鉄道チャンネル
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