ウクライナ戦争ドローン最前線を「新しい中世」という視点から解き明かしてみる【後編】
塹壕からロシア軍を攻撃するウクライナ軍。この地面に掘った陣地の獲り合いが、戦争では常に難関となる
今、ウクライナ戦争の最前線では、ドローンなしでは始まらない。その最前線を、慶応大学SFC研究所上席所員・部谷直亮氏は、「新しい中世」と呼ぶ。戦場で使われるドローンのほとんどは民生品だ。デジタルの世界では「技術の民主化」が起こり、ドローン戦の現場では、従来の軍事兵器と同等、もしくは上回る数の市販のドローンや個人レベルで作れるFPVドローンなど、民生技術がふんだんに入り混じっている。
後編では、その最前線でドローンがどう戦うのか? 前編に続き、ハッカーで防衛技術コンサルティング会社技術顧問、現代戦研究会幹事を務め、国内外でドローンやAIなどを使った課題解決の実績がある、量産型カスタム師を招き、部谷氏とともに解き明かしを試みる。
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まず、ウクライナ軍のクルクス奇襲は何から始まったのだろうか?
「9つの段階に分かれます。それを記しながら説明しましょう。
まず、①隊移動の欺瞞:自由ロシア軍団による度重なる小侵攻(偵察も兼務)でした。
自由ロシア軍団はロシア領に何度も突入、侵攻させて、威力偵察をしていたんですね。
次に②自爆ドローンによるインフラ攻撃です。ウクライナ軍がFPV自爆ドローンで、ロシア領の変電所などを破壊しまくったんですよ。次に弾薬庫、燃料貯蔵庫の破壊が始まりました。私は6月くらいから何か変だな、どうしてFPVでクルスクの変電所を襲っているのかな?と思い始めて、攻勢が始まってから『ああ、やっぱりな』と確信しました。
さらに侵攻の前に、③自爆ドローンによるクルスクに向かう検問所や監視システムの破壊が行なわれました。FPV自爆ドローンでロシア軍の検問所、監視施設を破壊。それで、ウクライナ軍の電子戦部隊が先陣を切ったんですよ。
それから行なわれたのが、④電子戦部隊が機甲部隊に先んじて侵攻し、ロシア軍のドローンや通信を妨害。ここからクルクス奇襲が始まりました」(部谷氏)
そして、ウクライナ軍のドローン部隊が出撃する。
「それで次が、⑤FPV自爆ドローンがロシア軍の偵察ドローンや攻撃ヘリを撃破。ロシア軍の偵察ドローンに、ウクライナ軍のFPVドローンが体当たりで撃墜します。さらに、ロシア軍の偵察ヘリ、戦闘ヘリにも攻撃を始めました」(部谷氏)
ウクライナ軍機甲部隊にとって難敵のロシア軍Ka52戦闘ヘリをFPV自爆ドローンで無力化する。
「ウクライナ軍は、ロシア軍の目つぶしをして、通信も妨害したと言われています」(部谷氏)
ウクライナ軍電子部隊から発せられる妨害電波で、ロシア軍ドローンが飛べなくなった。そこに、ウクライナ軍ドローン部隊の各種FPVが飛翔を開始する。
ウクライナ軍のFPV自爆ドローンが、次々とロシア軍塹壕の入り口に殺到して、破壊開始。
無害化されたロシア軍の塹壕には、ウクライナ軍の電子部隊兵士が歩兵と共に進出。すぐにロシア軍ドローンの飛行不能空域を前進させる。
「ロシア軍の防衛ラインを乗り越えて、どんどんと進撃していきました。そして、⑥長距離自爆ドローンがロシア軍の飛行場を攻撃し、滑空爆弾を破壊となります」(部谷氏)
ロシア空軍の射程70kmから投下する1トン滑空爆弾は、塹壕にいるウクライナ軍電子部隊には脅威だ。それが落ちて来ないように先手を打つ。
「最前線のドローンパイロットは、中継アンテナを搭載した母機と支点アンテナを搭載した子機に分かれる形の親子ドローンを飛ばし、電波の届く距離を伸ばします。そして、⑦FPV自爆ドローンが16km先のロシア軍部隊を撃破です」(部谷氏)
最前線から16km先のロシア軍、おそらく砲兵部隊、指揮所、弾薬、燃料集積場を狙うのだ。
「それが終わるともに、⑧機甲部隊が一気に突破です」(部谷氏)
ウクライナ軍機甲部隊の戦車、装甲車は、上空からロシア軍自爆ドローンの攻撃を受けずに、安心して前進する。そこにいたロシア軍部隊の兵士はなす術がない。敵が来るのを発見する手段、目と耳を塞がれ、口となる通信も不通にされている。
「そして、仕上げです。⑨最後に火砲とハイマース部隊が侵攻し、ドローン情報を元に攻撃となります」(部谷氏)
そのロシア軍の正確な位置は、ウクライナ軍の偵察無人機が知らせてくる。
こうして、8月6日からウクライナ軍六個旅団1万5000人のクルスク奇襲は成功した。その先陣を切ったのが、ウクライナ軍のドローン部隊だった。しかし、もちろんロシア軍も黙っていない。
■ロシア軍ドローン部隊の逆襲ロシア軍はやられているばかりではない。新たなドローンで対抗する。
「光ファイバーケーブルの有線ドローンですね」(量産型カスタム師)
「ロシア軍はウクライナ軍の電波戦に勝てない、と思ったのか未完成の光ファイバードローンを投入してきました。奇襲後1~2週間目くらいでした」(部谷氏)
前述したように、ウクライナ軍の電子ドローン部隊の妨害装置が稼働しているので、ロシア軍のドローンは飛べない。
「だから、電波はダメなので有線です。通常のFPVドローンの電波で伝送する操縦の信号と映像が光ファイバーを介して送られるので、電波を出さずに飛べる。飛距離は、光ファイバーケーブルの長さによるので10~20kmのタイプが確認されています。ウクライナ軍は数ヵ月前にテストで飛ばしていたが、ロシア軍は先に実戦に投入した事になります」(量産型カスタム師)
ロシア軍はウクライナ軍の電波妨害でドローンを飛ばせなくなり、苦肉の策として光ファイバー有線ドローンを最前線に投入した
ロシア軍の苦肉の策だ。しかし、そこまでドローンは戦いの帰趨(きすう)を左右するのだ。
「非常に安易なことで、光ファイバーケーブルで繋がっているので妨害装置の影響は受けません」(部谷氏)
「光ファイバーケーブルが巻いて収納された筒状の物がドローンに搭載されていて、それが伸び切る所まで飛行可能なんです。例えば20kmの長さならばそこまでしか飛べない。ただ、細い光ファイバーといえど有線なので、何かに引っ掛かったりする可能性も当然ありますし、直角に折り曲げたりすると光ファイバー線自体がダメになります。それらの事情もあって特筆すべき大きな戦果を出しているわけではないんだと思います。
たまにSNSで見かけるウクライナ軍の装甲車などへの攻撃映像を見ると、ある程度開けた場所で人間の背丈の高さくらいの低空を飛んでいるという特徴があって、例えば高度を上げると、その分の長さの光ファイバーケーブルを消費しますし、障害物があちこちにあって回り込んだりする場所での運用は難しいんだと思います。ちなみに、ロシア軍は当初、自分たちが開発したと言っていましたが、実は中国製で、光ファイバーケーブルの長さによって約7~11万円くらいで売っているという情報もSNSで流れています」(量産型カスタム師)
ロシア軍の光ファイバードローンは、霧散するのか?。
「ロシア軍は奇襲された後、1ヶ月かけて周波数以外のさまざまな電子戦の技術を改良したり、アップデートしました。さらに技術だけではダメなので、戦術面の運用、研究をし、やっと1ヶ月を経て、ロシア軍はドローンで反撃できるようになりました」(部谷氏)
そこから、最前線の事態は激変する。
空には両軍の偵察ドローンと、FPV自爆ドローンが無数に飛んでいる。昼間に少しでも戦車や装甲車両が動けば、上空の無人偵察機が発見して、FPV自爆ドローンを飛ばして破壊。兵士が動けば、発見し、瞬時にFPV自爆ドローンに爆殺される。
一例を記述すると、FPV自爆ドローンは兵が最初に隠れた車庫を破壊。すると、そこからひとりの兵が逃げ、近くの民家に逃げ込む。それを上空にいる偵察ドローンは見逃さない。すぐに別の爆弾を搭載した爆撃ドローンをその民家に派遣し、建物ごと吹き飛ばした。ひとりも敵兵は逃さない。
では、夜間に動けばいいのでは?となるが、それもままならない。今度は、サーマルカメラを搭載したドローンが飛び、戦車、車両、兵員を発見して、破壊もしくは爆殺する。この戦いで両軍は昼夜動けず、膠着状態に入る。
「だから、夜だけは一応動いている感じです。しかし、ロシア軍が対サーマルカメラ用断熱シートを被ってもそこだけサーマルカメラでは変な風に写るんですね」(部谷氏)
「本来サーマルカメラを欺くにはシートが外に発する温度が周囲の環境温度と馴染まないと意味がないので、ロシア軍の対サーマルシートの部分だけ温度が無い状態で、逆に目立ってしまい爆撃されているように見えます。これなら土に埋まった方がマシかも知れません」(量産型カスタム師)
アニメの光学迷彩のように現実は上手くいかない。
「だから、UGVです。キャタピラー付の無人地上車両で、食糧・水・弾薬を搭載して輸送する。対戦車地雷を搭載した場合は、自爆攻撃にも使われています。しかし、見つかれば上空からFPV自爆ドローンに潰されています。」(部谷氏)
まさに「膠着」である。
「ドローン戦術に限って言えば、国や軍単位で専用のシステムを使って大規模なレーダーなどを対象に行う電子戦というよりも、小隊や個人レベルで行う「電波戦」と言った方がしっくり来るように思います」(量産型カスタム師)
目に見える部分の戦いは理解できた。では、メカ的にはどんな戦いになっているのだろうか?
「最前線にはコードネームのような名前を名乗るエンジニアがいます。例えば、フラッシュこと、セルヒイ・ベスクレストノフ氏。彼はフリーランスのドローンパイロットと同じく軍属ではなく、無線の裏表を知り尽くしたヤバい専門家です。彼は電波に超絶詳しいので、ドローン戦術や妨害装置など電波戦に対してアドバイスしたりしているようです。
これらはもれなく、民生技術になるわけでプロというよりマニア的な人を投入しないと出来ないことです。それもあって日本の軍事専門家やジャーナリストじゃ理解も解説もしきれないのは当然で、中には民生技術なんて簡単だもん!なんてSNSで開き直る人もいるくらい(笑)ようはそれくらい緻密な電子戦というか電波戦をやっているのが現代戦なんですよ」(量産型カスタム師)
米軍無人機パイロットは、戦場から数万km離れた安全なラスベガスから無人機を操縦している。ラスベガスにいながらテロリストがアジトにいればそこを爆撃し、移動中の車の中ならば車ごと爆撃して、殺している。
彼らの中には、やがて精神的に病んでしまう人がいると聞く。しかし、ドローンパイロットは最前線から数十kmの地下壕にいて戦っている。それがゲームであれば画面上の撃破で終わる。しかし、実戦では敵兵を次々と殺している。人を殺す事に壁はないのだろうか。
「ゲームはこうすれば勝てるという試行錯誤がマストです。実際の戦争をテーマにしたゲームでも、人や戦車に対してドローンで自爆攻撃することもできます。実際のFPV自爆ドローン攻撃の映像では、直撃した後に砂嵐映像もしくはフリーズした映像になります。
実はこの最後の映像に一定の効果があるのでは?と考えています。ドローンは基本的にパイロット側に機体側の音は伝わらないので、断末魔を聞く事もないし、FPV自爆ドローンの場合には直撃すれば通信が遮断されて砂嵐映像に切り替わる事で敵兵士が吹き飛ぶところを見ないで済む。この描写はゲームやシミュレーターでも同様で、ゲームの場合にはご丁寧にリプレイがあるけど、実戦ではない。こんなところも変に意識しないで実戦でもやれてしまう理由なんだと思います」(量産型カスタム師)
そこが、これまでの無人機パイロットと、現代戦のドローンパイロットの違いなのかもしれない。
■これは軍事における21世紀の軍事革命なのか?ドローンが戦場にもたらしている変化は、軍事における革命(RMA)と呼べるのだろうか。
「戦闘機よりも低い空域で新しい戦闘空間を作ったという意味では、ドローンは過去の飛行機や潜水艦と同様の開拓者です。しかも過去の兵器と違うのはドローンはサイバー空間と現実のフィジカルな空間を結びつけていることです」(部谷氏)
「戦闘機はこのくらいの高さ、ヘリはこのくらいの高さを飛ぶというのは、何となく決められていました。今はドローンがやって来て、チャレンジして、その決まりを変化させている。本来の用途じゃないよね?というところまで来てしまっている。
それはもちろん予想できませんし、やってみないと分からな未知の世界。だから、ある種の実験と実戦体験が一緒に進んでるんだと思います。民生用ドローンが戦場で日々進化してる。ドローンに明るい未来の夢を託してきた人たちからすると嫌かも知れませんが、コレが現実です」(量産型カスタム師)
「ゲームは初期の頃、『こんなのやっていると頭が悪くなる』と言われました」(部谷氏)
「ゲーム脳とか騒いでる人もいましたが(笑)少なくともウクライナの戦場ではゲーマーは、有能な人材になっている」(量産型カスタム師)
最前線を離れると、ビールで酔い潰れ時に喧嘩に明け暮れる兵士たちの中に、電子タバコを吸いながらエナジードリンクを飲み、日々、新しい自分の技を編み出し、研鑽し続ける『新しい中世』の騎士たちがいる。
「火縄銃が出て来た時も、その使い手である根来衆は当時の戦士としては異色な存在として宣教師の手紙で描かれています。戦闘機が出て来た時、そのパイロットも独特の存在で浮いた存在でした。戦車による電撃戦を構想した軍人たちも同様でした。新しい専門家は、これまでとは異色な存在になりがちです。
チャーチルは第一次大戦に対し、『戦場から騎士道精神が失われ、戦場は単なる大量殺戮の場へと化した』との評価を下したことが象徴するように、戦争の様相が変化すると過去の"ロマン"が失われたという評価がなされがちです。しかし、それは"新たなロマン及び常識"の誕生でしかないのです」(部谷氏)
すると、いま、ウクライナの戦場の最前線で起きている事は何と呼べばいいのだろうか。
「第四次産業革命にともなう戦場における技術と使い方の質的パラダイムシフト、ですね。完全にルールが変わったという感じです」(部谷氏)
●部谷直亮
(撮影:原貴彦)
●量産型カスタム師
取材・文/小峯隆生 写真/cMadeleine Kelly/ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ 「ZUMA Press」、HIGHCATホームページ
記事提供元:週プレNEWS
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