神功皇后の遠征を護った航海と商売・文学の神「住吉神」とは?【神社の話】
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神功皇后の遠征を護った航海と商売・文学の神「住吉神」
住吉神
住吉の神かみは三柱で1つの神様をなしています。意外に思われるかもしれませんが、実は同様の神様はほかにもいます。次項で述べる宗像三女神もそうですし、海の神であるワタツミ(綿津見神)もそうです。
意味あいは少し違いますが、アマテラス・ツクヨミ・スサノオの三貴子も三柱からなっています。神を三柱で1組とするのは、神道の特徴の1つといえるかもしれません。興味深いのは、住吉神が人の前に姿を現す時は1人の姿であることで、多くの場合、老人の格好をしています。 能の「高砂」や「雨月」には、そうした住吉神が登場しています。
その住吉神は黄泉の国から戻ったイザナギが海で禊をした時に生まれました(第31項参照)。海の底で身をすすいだ時にソコツツノオ(底筒之男命)、海中ですすいだ時にナカツツノオ(中筒之男命)、海面ですすいだ時にウワツツノオ(上筒之男命)が誕生したといいます。この時、三柱のワタツミの神も同時に生まれています。その後、住吉神が神功皇后の新羅遠征を守護したことは、第40項で述べた通りです。
『日本書紀』によると、神功皇后は遠征の帰路、お告げに従って、住吉神の荒魂*を穴門との山田邑に、和魂を大津の渟中倉の長狭に祀りました。これが住吉神社(山口県下関市)と住吉大社(大阪市)の起源とされます。住吉神は神功皇后の新羅遠征を守護したことから、航海、とくに外国航路の航海を護る神として信仰されました。また、和歌の神・農業の神・弓の神・相撲の神としても信仰されてきました。
【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 神社の話』著: 渋谷申博
記事提供元:ラブすぽ
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