今季限りで引退の坂本花織が見せた、美しき五輪"ラストダンス"の裏側
イチオシスト

団体、シングルスで銀メダルを獲った坂本。個人戦は目標の金メダルに届かなかったが、見る者を魅了する滑りを披露した
坂本花織(25歳)は、今シーズン限りでの現役引退を表明している。つまり、ミラノ・コルティナ五輪が最後のオリンピック。その〝ラストダンス〟は特別だった。
坂本はリンクで、まばゆい光を放った。前回の北京五輪に続いて2個のメダルを獲得。団体ではチームを牽引して2大会連続の銀メダル、シングルスではメダルの色が銅から銀になった。
しかし坂本は、シングルスのフリースケーティング(FS)終了後の取材エリアで、あふれ出る涙を止められないままこう言った。
「全日本とか、世界選手権とか、ここ一番のところでは今まで(優勝を)決めてきた分、『なんでここで出せなかったんだ』っていうのがめちゃくちゃ悔しいです」
金メダルを手にしたアリサ・リュウ(アメリカ)が、隣のブースではしゃぐ声が聞こえた。残酷なコントラストだった。
ラストダンス、坂本に何が起こったのか?
坂本は10年近く、フィギュアスケートにとどまらず、ウインタースポーツの〝華〟として過ごしてきた。世界選手権3連覇、全日本選手権5連覇という金字塔を打ち立て、名実共に日本女子フィギュア界を双肩に担った。オリンピックも18年の平昌から3度目の出場で、大会公式でも〝花形選手〟のひとりとして注目された。
ミラノでは、大会序盤に行なわれた団体戦のエースとして先陣を切った。ショートプログラム(SP)、FSでどちらも1位に立ち、アメリカのアリサ、アンバー・グレンという強敵を返り討ちにした。
団体戦で両方を滑るのは体力的に消耗を強いられるため、個人戦に向けて各国選手はできるだけ出場を避けた。それだけでも、彼女がどれだけ奮闘したかが伝わるだろう。
そして迎えた、シングルスのSP。坂本は安定した滑りを見せ、17歳の新鋭、中井亜美に続く2位につけた。特筆すべき点は、界隈で〝下の点〟と言われ、表現力、構成力、スケート技術など〝スケーティングの美しさ〟を問う演技構成点の高さだろう。坂本が出した37.15点は、ほかと一線を画していた。長年、積み上げてきた技術のたまものだ。
「今日はいつもどおり緊張しながらも、滑っている間はすごく楽しくて、『なんでこんなに楽しいんやろ!』って、めっちゃ笑っていたと思います」
坂本は関西弁を交ぜながら、陽気に振り返った。

シングルスの前は緊張もあった坂本(後列右)だが、りくりゅう(前列中央、右)の金メダルで気持ちを切り替えた
「前日までは手足が震えるくらいの緊張で、『不安なことを考えない』ということができなくて。『嫌だな』って思う毎日がずっと続いたんですけど、〝りくりゅう(ペアの三浦璃来・木原龍一の愛称)〟の金メダルを見たら、どうでもよくなりました!」
坂本は仲間との共闘で力を出せる特質がある。団体を共に戦った盟友、りくりゅうからの激励を力に変換した。
「龍一くんがショートの後、『頑張って、花織ちゃんにいいバトン渡すから!』って言ってくれて。私は『いいバトンはうれしいけど、ふたりが満足できる演技できるほうがうれしいから、やりきっちゃってください!』って返していたんですが......〝黄金のバトン〟が届いて、『ええーっ、絶対に落とせない』ってなりました。
今日はアクセルの前くらい、フライングキャメルが終わったところから、今まで感じたことない不思議なリラックスモードになっていました。楽しくて、『この瞬間を満喫しよう』と思いながら滑っていました」
いわゆる、アスリートの〝ゾーン〟に入ったのだろう。
2位で臨むFSに関しては次のように述べた。
「(SP2位から)追いかけるほうがラクなので、最後の最後まで追いかける立場でいさせてくれる(中井)亜美ちゃんに感謝ですね!」
坂本は明るく語っていたが、FSも彼女らしい疾走感のある演技を披露した。スケーティングの質が高く、演技構成点はすべて9点台で、74.84点を獲得した。これは世界王者になったアリサの72.46点をもしのぐ。
跳んだジャンプに関しても、ダブルアクセル、3回転フリップ、3回転ルッツ+2回転トーループ、3回転サルコーと完璧。目立った大技はないが、プログラムに溶け込んだジャンプでポイントを重ねた。ラストダンスにふさわしい滑りと言えるだろう。
しかし、3回転フリップのセカンドでトーループがつけられなかった。同じく完璧に近い演技をしたアリサとの点差を考えると窮地だった。アリサは同じフリップでトーループをつけ、その2、3点の違いが重くのしかかった。坂本は合計224.90点、アリサは226.79点。まさにセカンドトーループの差で敗れた。
「その後のループにトーループをつけることも考えましたけど、やったことがなかったので、『残りを確実に決めよう』と攻めずにやりました。正直、『なんで、あそこでああなってしまったか』『あのトーループを跳んでいたら』っていう思いもあります。〝たら・れば〟ですし、取り返せないことではありますが」
最後の五輪だからこそ、感情がうねるのだろう。
「北京で奇跡的な銅メダルを獲って、今回は金メダルを目指したけど獲れなかった。『銀で悔しい』と思えている。メダルの色がひとつ良くなって悔しいのは、4年間積み重ねてきた成長だと思うので、自分を褒めたいと思います」
坂本は後悔に身を焦がしたが、セカンドのトーループを〝呪い〟にしてはならない。彼女は幾多のジャンプを決め、あまたの物語をつくってきた。そのスケート人生を誇るべきだ。
ラストダンスは美しかった。会場の歓声を浴び、光り輝いていた。これだけの戦いを最後にできる選手が何人いるのか。チームを引っ張って結果を出し、個人戦でもほかの日本人選手を元気づけ、自らも記憶に残る演技をした。
「『この滑りを目に焼きつけておこう』と思いました。こんな、忘れられないスケーターになりたいです」
共に戦った千葉百音の言葉がすべてを形容している。今後の活動は未定だが、指導者の道に入るという。戦い抜いた坂本に、称賛の声を。

閉会式ではスピードスケートの森重 航(左)と旗手を務め、冬季五輪史上最多24個のメダルを獲得した日本選手団を牽引
取材・文/小宮良之 写真/アフロ
記事提供元:週プレNEWS
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。
