ミラノ・コルティナ五輪で感じた団体戦という救い【松田丈志の手ぶらでは帰さない! ~日本スポーツ<健康経営>論~ 第25回】
イチオシスト
ミラノ・コルティナで開催された2026年冬季五輪は、日本勢の快進撃が大会を大いに沸かせた。日本代表選手団は金5、銀7、銅12、合計24個のメダルを獲得。冬季五輪として史上最多という歴史的快挙である。
この数字の重みは過去を知る人ほど強く感じるはずだ。2006年トリノ冬季五輪で日本が獲得したメダルは、フィギュアスケート荒川静香選手の金メダルただ一つ。あれから20年、日本は長期的な強化策と育成システムを整え、世代交代を進めてきた。その成果が、ミラノで花開いたといえる。
フィギュアスケートでは三浦璃来(みうら・りく)・木原龍一組がペアで金メダルを獲得し、日本フィギュア界に新たな歴史を刻んだ。団体戦ではアメリカに迫る銀メダル。さらに男女シングルでも日本勢が堂々の演技を披露し、安定した強さを世界に示した。男女・種目を問わず表彰台争いに絡む姿は、日本フィギュア界の層の厚さを象徴していた。
スノーボードでは若きエース・木村葵来(きむら・きら)選手が男子ビッグエアで金メダルを獲得。大舞台でも物怖じせず披露した大胆なトリックは、日本のスノーボード新時代の到来を感じさせた。
そしてスピードスケートでは高木美帆選手がメダルを重ね、冬季五輪における日本人最多メダル記録を更新。長年トップで戦い続けてきた彼女の安定感と勝負強さは、日本チームの精神的支柱でもあった。
そんな大会を観ながら、あらためて感じたことがある。
私は、団体戦を観るのが好きだ。そして五輪を経験した立場から言っても、団体戦があって本当に良かったと思っている。
理由はシンプルだ。個人戦だけでは見えない、違う種類のドラマが、そこにはある。リンクサイドで仲間を見守るまなざし。競技を終えた選手を迎える抱擁。声を枯らして送るエール。五輪という極限の舞台に、個人競技の選手たちが「チーム」として立つ。応援の対象が「個人」から「国」へと自然に切り替わり「日本、頑張れ」と思える。そのシンプルさが、団体戦の持つ力だ。
今回、特に私の心に残ったのはフィギュアスケートの団体戦だった。結果はアメリカに敗れて銀メダル。それでも格上に挑み続けた日本チームの姿は見ていて清々しかった。仲間の演技には声援を送り、自分自身もその期待を背負って氷に立つ。強烈なプレッシャーの中で、選手たちは確かに自らの殻を破ろうとしていた。その経験はその後の個人種目にもプラスになっただろう。
私も五輪で4つのメダルを手にした。個人で2つ、リレーで2つだ。もちろん個人のメダルも誇りだが、今となってはより強く胸に残っているのはリレーの方だ。
ロンドン五輪の4×100mメドレーリレー。スタート台の上から見た、僕の方に向かって必死に泳いでくる北島康介さんの鬼気迫る表情。あの泳ぎに背中を押された。リオ五輪の4×200mフリーリレー。アンカーとして飛び込む瞬間、背中には萩野公介や江原騎士(えはら・ないと)の祈るような叫び声があった。あの重圧と一体感は、個人種目では味わえない。
五輪という極限の緊張感の中で、自分のためだけでなく仲間のためにも全力を尽くす。その経験が、私をさらに一段階成長させてくれたと思っている。

2016年リオデジャネイロ五輪、4×200mリレーのメンバーと本番前の練習中に撮った1枚。向かって左から、萩野公介、江原騎士、小堀勇氣、松田丈志
銅メダル獲得後にパシャリ。彼らとは公私共にいまだに良い関係が続いています
そしてもう一つ、団体戦がある事の素晴らしさは、機会の創出だ。
私が忘れられないのが、ロンドン五輪の200mバタフライだ。金メダルを目指しながら、0.2秒届かなかった。あの瞬間、悔しさだけが残った。
だが、その後にリレーがあった。半ば強制的に気持ちを切り替えざるを得なかったが、戦う舞台が残っていたことに救われた。仲間とともに銀メダルを手にしたことで、ロンドン五輪は「悔しさだけの大会」ではなくなった。
今回でいえば、フィギュアスケートのアメリカ代表、イリア・マリニンの姿が象徴的だ。誰もが疑わない世界の頂点の実力を持ちながら、個人種目ではミスを重ねた。あの舞台の重圧がどれほどのものか、経験した私には分かる。もし個人戦だけの五輪だったなら、彼も失意だけが残っていたかもしれない。
しかし団体戦があり、仲間とともに戦う機会がある。リベンジできる可能性があること、チャンスが一度だけでないこと、それは、アスリートにもう一度立ち上がる理由を与えてくれる。
五輪種目の変化にはIOCの明確な意志が見える。IOCは近年、ジェンダー平等と持続可能性を掲げ、競技プログラムを見直してきた。男女出場比率の均衡を目指し、女性種目の拡充だけでなく男女混合種目も増やしている。男女が同じチームで戦う姿は、多様性の象徴であり、新しい物語を生み出す仕組みでもある。
そしてこの流れは、2028年の夏に開催されるロサンゼルス五輪でさらに進む。体操の男女混合団体、陸上の4×100m混合リレー、ゴルフや卓球の混合団体など、新たなチーム種目が加わる。
団体戦があることで、悔しさを取り返す機会が生まれる。個人戦があることで、自分自身と真正面から向き合える。挑戦の回数が増えることは、成長の可能性が増えることでもある。
ロサンゼルス五輪では、また新しい物語が生まれるだろう。そこにはきっと、誰かのリベンジも、誰かの成長もある。そして五輪から生まれるヒューマンドラマを、私はまた楽しみにしたい。
文/松田丈志 写真提供/Cloud9
記事提供元:週プレNEWS
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