新型コロナ流行から6年。"次のパンデミック"への備えはできているのか? 押谷 仁×五箇公一×佐藤 佳【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常 番外編】
イチオシスト

日本科学未来館(東京都江東区)で、公衆衛生学、ウイルス学、生物多様性の専門家が、次のパンデミックをどう防ぐのかについて語り合った
2019年の終わり、中国の武漢で出現した「未知のウイルス」が瞬く間に世界へと広がり、世界保健機関(WHO)が「国際的な公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」を宣言したのは2020年の1月30日。その後、世界中で猛威を振るい、多くの犠牲者と社会の深刻な混乱をもたらした新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的大流行)。
その始まりからすでに6年、そして2023年5月4日にWHOが出した事実上の終息宣言である「PHEICの解除(日本では5月8日に5類移行)」から数えても、2年半余りが過ぎた。あの「コロナ禍」が嘘だったかのように、2026年を迎えた私たちは普通の日常を取り戻している。
だが時折、ふと不安になることがある。近い将来、新型コロナのような未知のウイルスが出現し、再びパンデミックを引き起こさないとは限らない。そのときわれわれは、あの経験から得た教訓を本当に活かせるのだろうか? と。
今回は番外編として、昨年11月に日本科学未来館(東京都江東区)で行なわれた、2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)流行時にWHOで陣頭指揮をとり、封じ込めに成功した東北大学大学院医学系研究科の押谷 仁教授、ヒアリをはじめとする外来種対策などに従事する国立環境研究所の五箇公一特命研究員、この連載コラムの筆者である東京大学医科学研究所の佐藤 佳教授によるトークイベント「研究者と考えよう 次のパンデミックをどう防ぐ?」の内容をもとに、われわれが知っておくべきポイントを紹介する。
* * *
【パンデミックはより短いスパンで起きる】最初に、公衆衛生学が専門の押谷氏が語る。
WHOの報告では死者約700万人、しかし実際の死亡者数は2500万人超ともいわれている新型コロナの流行が、今から100年以上前に発生し、5000万人近い命を奪ったスペイン・インフルエンザ(通称:スペイン風邪)以来の深刻な被害をもたらしたパンデミックであること。
そして、新型インフルエンザや新型コロナなど、新興感染症の原因となるウイルスの多くが、もともとは野生動物や家畜の中に存在し、それがまれに人間に感染、人から人への感染力を獲得することでパンデミックを引き起こすことを解説した。

2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)流行時に陣頭指揮をとった東北大学大学院医学系研究科の押谷仁教授
その上で、「世界の人口は80億人を超え、家畜の飼育頭数も増えている。加えて、途上国での森林開発が進み、これまでは人が住まなかったような所にも人が住むようになれば、これまでは接触することがなかった病原体に接触するリスクも高まります。
『次のパンデミック』はいつ起きてもおかしくないのです。これまでは100年に一度ぐらいの頻度で起きていた深刻な被害をもたらすパンデミックが、今後はより短いスパンで起きるようになるではないかといわれています」と警鐘を鳴らした。
また、SARSが発生した2003年と新型コロナの2020年では、中国経済の拡大など、グローバル化が急速に進み、それが新興感染症の世界的な拡散に大きく関係している点を指摘した。
「ですから、次のパンデミックを防ぐには『初期消火』が重要で、新興感染症の発生をいち早く捕らえてボヤのあいだに食い止める必要がある」と、世界各国が緊密に情報を共有し、連携して対応することの重要性を強調した。
「また医療資源が十分ではない途上国を含めて、医薬品やワクチンを一種の共有財産として考える必要がある」「今の世界がそれとは反対に『自分の国さえ良ければいい』という方向に向かっているのは非常に残念なこと」と、WHOからの脱退を宣言したアメリカ・トランプ政権の動きも念頭に現状への危機感を示した。
【「未知のウイルス」を平時から調べておく】続いて佐藤氏は、ウイルス学者の立場から「パンデミックを起こすポテンシャルを持っているウイルスの特徴を「先回り」して探ることも、重要な課題のひとつです」と話す。
ここ数年、佐藤氏らの研究グループは、タイやベトナムなど東南アジア地域を中心に、コウモリを宿主とした、新型コロナに類似するウイルスに関する国際共同研究を進めている。
「新型コロナウイルスに似たウイルスは、アジア諸国の野生動物、特にコウモリの中に数多く存在することが明らかになってきました。その中には、すでに人間に感染する能力を持っているウイルスも確認されています。

新型コロナウイルスの研究でさまざまな成果を上げ、未知のウイルスに関する研究を続けている東京大学医科学研究所の佐藤佳教授
こうしたウイルスがどのような特徴を持つのかをあらかじめ調べておいて、どのようなメカニズムで人間の世界にパンデミックを引き起こすように変異するのか。そういったことを平時のうちに解明することは、次のパンデミックに備える上で重要な意味を持ちます」。
自然界に潜む「未知のウイルス」に関する研究を、平時から進めておくことの意義を佐藤氏は強調。そこで得た知見をデータベース化するなどしておけば、次のパンデミックに備える上で、日本が主導的な役割を果たせるかもしれない。
【人間社会が生き残るための「ワンヘルス」】最後に、ヒアリをはじめとする外来種対策などの専門家である五箇氏が語る。
「新型コロナのような野生動物由来の新興感染症と、それが引き起こすパンデミックには、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。ウイルスの宿主となる野生動物の生息環境はもちろん、われわれ人間と自然環境の関わり、グローバル化に象徴される経済活動などです。
気候変動や生物多様性とも密接につながる感染症の問題は、『ワンヘルス』の視点で考える必要があるのです」
ワンヘルスとは、「人間」「動物」「環境」それぞれの健康をバラバラにではなく、相互に複雑に関係し合う「ひとつのつながったもの」として捉えようという考え方だ。
「私たち人類は、生物多様性なくしてこの地球では生きていけません。多くの人が誤解しているのですが、実は人間ほど環境の変化に対して脆弱な生き物はいません。生物多様性や気候変動への取り組みは、かわいそうな動物たちを救うためではなく、人間社会が生き残るための行動なのだということを理解する必要があるのです」

ヒアリをはじめとする外来種対策などに従事する国立環境研究所の五箇公一特命研究員
新型コロナパンデミックの経験や教訓を、いつか必ず訪れる「次のパンデミック」に活かすためには、今回紹介した3人の専門家が取り組む「公衆衛生学」「ウイルス学」「生物・生態学」をはじめ、さらに幅広い分野の知見を集めた「総合知」を、国や地域を超えたグローバルな課題として考えることが欠かせない。
パンデミックの教訓を次に活かすという意識を持ち続け、「ワンヘルス」の視点で考えることが、次のパンデミックへ備えるために必要なことなのかもしれない。

トークイベントで話し合われた内容を、その場ですぐにボードに描いてイラストとともに解説。パンデミックを考える上で重要な視点をわかりやすく伝えていた
取材・文/川喜田 研 撮影/村上宗一郎 協力/日本科学未来館
記事提供元:週プレNEWS
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。
