松尾芭蕉の書状に800万円の衝撃値!「15万円で買った」歴史を塗り替える大発見:開運!なんでも鑑定団
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イチオシスト
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2月24日(火)に放送した「開運!なんでも鑑定団」(毎週火曜 夜8時54分) 。松尾芭蕉の書状に衝撃の鑑定額がついた。
【動画】「15万円で買った」松尾芭蕉の書状に800万円の衝撃値!歴史を塗り替える大発見

お宝は「松尾芭蕉の書状」。
依頼人は、戦国武将・古田織部が創始した武家茶道の師範。昨年、解体業を営む知人から「仕事で引き取ったものだが、お茶をやっているなら茶掛として使わないか」と譲り受けたという。

真贋が分からなかったため、知人は「30万円と言いたいところだが、君なら半額の15万円でどうだ」と提案。依頼人は一目見て価値を感じ、その場で購入を決めた。
松尾芭蕉は、わずか17文字の世界を文学へと高めた俳人で、俳聖と称される存在。伊賀国に生まれ、29歳で江戸へ出ると、それまでの伝統的な俳諧とは異なる軽妙洒脱な句を詠み、江戸屈指の人気師匠となった。
転機となったのは41歳のとき。大和・近江・美濃を巡った「野ざらし紀行」を経て、目の前の情景を平易な言葉で詠みながら、深い余韻を残す作風へと到達する。以後も各地を旅して句作を重ね、「漂泊の俳人」と呼ばれた。
中でも名高いのが、1689年に門弟・曾良とともに奥羽北陸路2400kmを巡った「おくのほそ道」。美濃国・大垣で5カ月に及ぶ旅を終え、その後5年の推敲を経て完成。完成から半年後の1694年、芭蕉は51歳で世を去った。

今回の依頼品は、その芭蕉が記した書状。宛名の「如水」は、大垣藩次席家老・戸田如水を指す。如水は俳諧を嗜み、「おくのほそ道」の旅を終えた芭蕉を自宅でもてなした人物。書状前半には、先の手紙への返書とみられる内容が綴られている。

注目は後半部分。「もの書いて 扇引きさく なごりかな」「む可し聞け 秩父殿さえ 相撲とり」の二句が書き添えられている。調べたところ、「もの書いて」は「おくのほそ道」に、「むかし聞け」は門弟が刊行した「芭蕉庵小文庫」に掲載されていることが確認された。
依頼人の本人評価額は、期待を込めて300万円。
本物であれば大発見だが、芭蕉に関する遺墨は贋作も多いため、MCの今田耕司は「15万円で買えるわけがない」と半信半疑。

鑑定結果は…なんと800万円!
鑑定を担当した愛知東邦大学客員教授・増田孝氏は「真筆に間違いございません」と断言し、スタジオは騒然となった。

評価の決め手は、これまで世に出ていない新出の真筆だった点。芭蕉は1689年8月半ばに大垣で旅を終え、9月4日から如水と交流を始めた。如水は翌年10月に死去しており、書状はその約1年間に書かれたものと特定できる。
「二つの句が添えられているのは、宛先への素晴らしい贈り物。受け取った側も嬉しかったはず。これまで『む可し聞け 秩父殿さえ 相撲とり』の制作年は不明でしたが、この手紙によって年代が確定した。俳句史においても極めて貴重な資料」(増田氏)
歴史を塗り替える大発見に、依頼人はMC陣と手を取り合い、喜びを爆発させた。
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お宝は「松尾芭蕉の書状」。
依頼人は、戦国武将・古田織部が創始した武家茶道の師範。昨年、解体業を営む知人から「仕事で引き取ったものだが、お茶をやっているなら茶掛として使わないか」と譲り受けたという。

真贋が分からなかったため、知人は「30万円と言いたいところだが、君なら半額の15万円でどうだ」と提案。依頼人は一目見て価値を感じ、その場で購入を決めた。
松尾芭蕉は、わずか17文字の世界を文学へと高めた俳人で、俳聖と称される存在。伊賀国に生まれ、29歳で江戸へ出ると、それまでの伝統的な俳諧とは異なる軽妙洒脱な句を詠み、江戸屈指の人気師匠となった。
転機となったのは41歳のとき。大和・近江・美濃を巡った「野ざらし紀行」を経て、目の前の情景を平易な言葉で詠みながら、深い余韻を残す作風へと到達する。以後も各地を旅して句作を重ね、「漂泊の俳人」と呼ばれた。
中でも名高いのが、1689年に門弟・曾良とともに奥羽北陸路2400kmを巡った「おくのほそ道」。美濃国・大垣で5カ月に及ぶ旅を終え、その後5年の推敲を経て完成。完成から半年後の1694年、芭蕉は51歳で世を去った。

今回の依頼品は、その芭蕉が記した書状。宛名の「如水」は、大垣藩次席家老・戸田如水を指す。如水は俳諧を嗜み、「おくのほそ道」の旅を終えた芭蕉を自宅でもてなした人物。書状前半には、先の手紙への返書とみられる内容が綴られている。

注目は後半部分。「もの書いて 扇引きさく なごりかな」「む可し聞け 秩父殿さえ 相撲とり」の二句が書き添えられている。調べたところ、「もの書いて」は「おくのほそ道」に、「むかし聞け」は門弟が刊行した「芭蕉庵小文庫」に掲載されていることが確認された。
依頼人の本人評価額は、期待を込めて300万円。
本物であれば大発見だが、芭蕉に関する遺墨は贋作も多いため、MCの今田耕司は「15万円で買えるわけがない」と半信半疑。

鑑定結果は…なんと800万円!
鑑定を担当した愛知東邦大学客員教授・増田孝氏は「真筆に間違いございません」と断言し、スタジオは騒然となった。

評価の決め手は、これまで世に出ていない新出の真筆だった点。芭蕉は1689年8月半ばに大垣で旅を終え、9月4日から如水と交流を始めた。如水は翌年10月に死去しており、書状はその約1年間に書かれたものと特定できる。
「二つの句が添えられているのは、宛先への素晴らしい贈り物。受け取った側も嬉しかったはず。これまで『む可し聞け 秩父殿さえ 相撲とり』の制作年は不明でしたが、この手紙によって年代が確定した。俳句史においても極めて貴重な資料」(増田氏)
歴史を塗り替える大発見に、依頼人はMC陣と手を取り合い、喜びを爆発させた。
記事提供元:テレ東プラス
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