日本シード放棄、過酷な米下部挑戦… 原英莉花はいざ米1年目へ「そんなに重い決断でなかった」【2026年米女子開幕直前インタビュー・前編】
イチオシスト
まさしく“挑戦”という2文字にふさわしい1年を過ごした2025年。原英莉花は、通算5勝を挙げた日本ツアーのシード権を放棄してまで、米女子下部エプソン・ツアーに主戦場を移した。いばらの道に身を投じたようにも見えたが、そこで年間のポイントランキングで5位に入り、26年の米女子ツアー出場権を獲得。想いを実らせた。今季から挑む最高峰舞台開幕を前に、挑戦までの心境、そしてこれからを語る。(取材/構成・笠井あかり)
■渡米し下部ツアー挑戦へ…その決意
はじめて米予選会に挑戦したのは2023年。この時は2次からの出場で、最終予選会進出圏内にいながら、スコア誤記の確認ミスによりまさかの失格に終わるという苦い思い出を残した。それでも翌24年に、再び2次予選から出場してQシリーズ(最終予選会)に進出。だが、予選落ちで72ホールを完走すらできず、トップカテゴリーの出場権を得ることはできなかった。
そこで得られたものは、エプソン・ツアーの出場資格。原は、1年間を米国の下部ツアーで戦い、ポイントランキングトップ15に入って米ツアーに昇格する、というルートに挑むことを決断した。そのために、出場義務試合数が課される日本ツアーのシード権も放棄(※トップカテゴリーではないため、原に国際ツアー登録選手制度は適用されず)。背水の陣を敷いた。
「落ちた瞬間、私はそういうふうに(下部ツアーに挑もうと)思っていました。(日本のシード権は)最後まで協会の方とどうにかならないかと話していたけれど、やっぱり難しいということで。Qシリーズは寒い中で5日間やらなきゃいけない。もう1年待ってもというのはあったし、年齢的にもちょっと…ね。また落ちて下部で戦うことになっても、もうそういう年齢でもないなと思ったし、今年だな、と。それでも応援してくださったスポンサーさんは本当にありがたかったし、背中を押してくださったのも、大きな決断の一部になりました」
1月中旬には決断し、転戦の準備を進めた。3月の開幕戦を皮切りに、10月の最終戦まで18試合に出場。優勝した8月の「ワイルドホース女子ゴルフクラシック」を含むトップ10入り9回でランキング5位に入り、ツアーカードを獲得した。
1年前の自分に声をかけるとしたら…。「まあ、よかったんじゃない?」とさっぱり。「そんなに重い決断でもなかったです。行きたいように行かせてもらった感じ。周りが大変だったと思います。本当に、みなさんに感謝します」。
■15試合目での初優勝
下部ツアーは過酷だ。観客はまったく来ず、米ツアーに比べ装飾も簡易的。練習環境が整備されていないところもあるし、賞金は日本ツアーよりも少ない。ちなみに原が1年間で獲得した賞金は14万6582ドル(約2200万円)だった。
「新鮮でした。州ごとに試合が(連戦で)かたまっていたりして、車移動もけっこうしやすかったかな」
日本での転戦がルーティン化してしまっているように感じていたのも、海外挑戦への想いを加速させた理由のひとつだった。
「自分の得意なコース、苦手なコースが、はっきりしちゃうタイプ。そう思っちゃいけないんですけど、5年もやると、自分に期待できないと感じて、それがモチベーションダウンにつながっていた部分があった。新しい環境で新しいコースを回ってみて、コースに向き合うことがすごく楽しかったです」
そして2度の2位など上位争いをし続けるなか、ついに優勝を飾る。この勝利で米ツアーへの昇格が確定した。出場15試合目、夏のできごとだった
「思ったより勝てないなと(笑)。(昇格を早く確定させて)日本ツアーに出られたらなとかも思っていたんですけど、これはもう、全試合に出ないと厳しいだろうと。最後までしびれるなか、(最終戦で唯一)予選落ちに終わってしまったので、ちょっとモヤモヤしていたけれど、“あのカード”を受け取ったときは、ホントにホッとしました」
■原英莉花
1999年2月15日生まれ、神奈川県出身。10歳でゴルフをはじめ、湘南学院高時代の2015年からジャンボこと尾崎将司に師事する。18年に下部ツアーで2勝すると、JLPGAプロテストに2度目の受験で合格。19年にツアー初優勝を飾って通算5勝、うち「日本女子オープン」を2度制するなどメジャー3勝を誇る。25年は米下部ツアーに主戦場を移し、優勝を果たすなどの活躍で、26年の米ツアー昇格を決めた。NIPPON EXPRESSホールディングス所属。
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