日本人の親友のために“究極のおせち作り”ニッポンを代表する料理人に学ぶ:世界!ニッポン行きたい人応援団
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イチオシスト
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ニッポンに行きたくてたまらない外国人を世界で大捜索! ニッポン愛がスゴすぎる外国人をご招待する「世界!ニッポン行きたい人応援団」(毎週月曜夜8時54分 1月15日(木)は夜6時25分放送)。
今回は、「お正月直前!ドド〜ンと3人、ニッポンにご招待しちゃったSP」をお送りします。
【動画】ニッポンを代表する料理人に学ぶ“究極おせち”
紹介するのは、カナダ在住の「おせち」を愛するマットさん。

ニッポンの新年を祝う正月料理「おせち」。平安時代、季節の節目に神様に供えた料理「御節供」が原型ともいわれ、江戸時代に家庭で食べる正月料理として定着したそう。
5年前、インターネットでニッポンのおせち文化を知ったマットさんは、自家製のおせちで正月を迎えています。
マットさんは「本場ニッポンの職人さんから習って、おせち作りの腕を上げたいんです」と話しますが、経済的な余裕はなく、その願いを果たせていません。
そんなマットさんを、ニッポンにご招待!
向かったのは、東京・板橋区にある「日本料理 よし邑」。総料理長の冨澤浩一さんは、黄綬褒章を受章したニッポンを代表する料理人。冨澤さんのおせちは百貨店のカタログでもトップページに掲載され、7万円以上のおせちが毎年すぐに完売してしまうそう。

特別に冨澤さんのおせちをいただいたマットさんは、「こんなに素晴らしいおせちに出会えるのは一生に一度です!」と感動。早速、作り方を教えていただくことに。
まずは「煮しめ」から。昆布と鰹節で取った二番出汁に加えるのは、大量の日本酒。さらに、どんこ椎茸の戻し汁も加え、具材ごとに別々の鍋へ。野菜ごとに炊き時間を変え、ベストな食感に調整しています。
炊き上がるまでニンジンの飾り切りを教えていただき、いよいよ煮しめの仕上げ工程へ。別々に炊いた具材を1つの鍋に入れ、炊いていた出汁も加えます。ここまでは日本酒メインで味に深みが足りないため、各具材から出たうまみを加えるのです。
最後に砂糖とたまり醤油で照りを出し、煮汁がなくなる寸前までうまみを凝縮していけば「煮しめ」の完成。
続いては、マットさんが一度も作ったことがない「伊達巻き」。愛媛県宇和島産の真鯛とエビを包丁で細かく叩き、あたり鉢で丁寧にすりつぶします。そこへ山芋、卵、出汁などを加えてのばし、熱した卵焼き器へ。さらにオーブンで10分間焼き上げます。
濃いめの焼き色が「伊達巻き」特有の渦を描くのに大切だそう。
焼き上がったら、特徴的なギザギザの形をつけるため、鬼すだれで巻いていきます。たこ糸で縛り、1時間寝かせて形を定着させたら完成です。

マットさんも、伊達巻き作りに初挑戦! ちょっと焦げてしまいましたが、渦の模様がくっきり出て、綺麗な出来栄えになりました。
続いて「昆布巻き」。中に巻いてあるのは、北海道のブランド鮭「雄宝」です。日本酒を入れた湯で鮭の臭みを抜き、真昆布で巻いていきます。
煮る工程で使うのは、番茶。さらに水と大量の日本酒を加え、3日間かけて炊き含めます。
「3日!?」と驚くマットさんに、「手間暇を惜しんだら美味しいものはできない」と冨澤さん。冷める過程でさらに味がしみこむため、地道に3日間、炊いては冷ます作業を繰り返します。
煮詰まったところに、砂糖とたまり醤油を入れると照りが。崩れないよう鍋を揺らし、全体に味を回せば完成。

続いては「栗きんとん」。茨城県笠間産「銀寄栗」とサツマイモの「べにはるか」を使います。茹でる時、色付けにクチナシの実を入れると、綺麗な黄金色に。栗きんとんの色の薄さが悩みだったマットさんは、驚きのあまり鍋に釘付け!
熱いうちに裏漉しして、本蜜と呼ばれるシロップと、前もって作っておいた栗の甘露煮を加えます。30分練り続け、独特のねっとり感を引き出せば完成です。
マットさんは、出来立ての味に感動! 最後は伊達巻き作りに使う鬼すだれをいただきました。
「日本料理 よし邑」の皆さん、本当にありがとうございました!
実はマットさんがおせちにハマったのは、当時カナダに留学していた日本人の親友・徹さんがきっかけ。1人寂しくお正月を過ごす徹さんに、サプライズでおせちを作ったそう。
今回の来日には、ニッポンに帰国した徹さんにもう一度おせちを作り、「美味しい」と言ってもらえるか試したいという目的がありました。
そこで、昆布巻きに使う鮭を求めて新潟・村上市へ。村上は、古くから川を遡上する鮭の漁が盛んな街。三面川で、海から遡上してきた鮭を獲る仕掛けを見せていただきます。

生きた鮭を見るのは初めてのマットさん。ずっしりと重たい鮭に感動! 受精作業や稚魚の放流など、鮭が帰ってくるための取り組みについても教えていただき、獲れたばかりの村上の鮭をいただきました。
「三面川漁協」の皆さん、本当にありがとうございました!
続いて「煮しめ」に使うレンコンを求め、収穫量日本一の茨城・土浦市へ。
そんなレンコンの名産地が開催するコンテストで2年連続最優秀賞に輝いたのが、レンコン農家「市川蓮根」。こちらの蓮田で、レンコン掘りをさせていただきます。
レンコンは土の中に横たわるように生えているため、水圧で泥を退かしながら探しますが、最初は強引に引っ張ってしまい折れてしまいました。三代目社長・市川誉庸さんのアドバイスで、上側と下側に水をかけると…泥が退いてレンコンが浮き、節を折らずに収穫成功! このレンコンをプレゼントしていただきました。
「市川蓮根」の皆さん、本当にありがとうございました!
そしていよいよ、最高の食材を使い、ニッポンで学んだ作り方でおせちを作ります。帰国まで時間がないため、1日で仕上げることに。「煮しめ」と「昆布巻き」…他の料理も黙々と作り続け、最高のおせちが完成しました!
そしておせちのことは内緒で、親友・徹さんのもとへ。留学していた当時、徹さんはマットさんがおせちを作ってくれたことに驚き、嬉しさのあまりイラストにしたそう。

今回の旅の集大成となるおせちを披露すると、徹さんは「僕のために?」とびっくり。
「おせちとの出会いをくれた徹に、感謝の気持ちを込めて作ったよ!」とマットさん。
おせちを味わった徹さんは、「美味しい!」ととても喜んでくれました。
「いつも応援しているし、友達でいたいと思います」と徹さん。マットさんも「僕も同じ気持ちです」と伝えました。
マットさんをニッポンにご招待したら、おせち作りの技術が上がり、親友との友情をさらに深めることができました!
続いて紹介するのは、アメリカ在住、ニッポンのりんご「ふじ」を愛するケイトさん。

世界に1万5000以上あるりんごの品種の中で、ニッポンで63年前に生まれたのが「ふじ」。甘味と酸味のバランスが良く、蜜が豊富なのが特徴で、世界で栽培されるりんごの3分の1を占めています。
去年大学を卒業し、実家の農園を継ぐため修業中のケイトさん。1980年から農園で栽培しているふじを市場に卸す以外に、出張販売もしています。
その理由は、業者に渡すと、他の農園のりんごと一緒にされてしまうから。ニッポンの農家のように、自分が作ったりんごを、自信と責任をもってお客さんに届けたいそう。
ニッポンには、まだ一度も行ったことがないケイトさん。ここまで熱心になるのは、農園を豊かにして父・ジェフさんに親孝行するためでもあり、ニッポンで「ふじ」の美味しい育て方を学ぶのが夢だと話します。
そんなケイトさんを、ニッポンにご招待!
向かったのは、「ふじ」発祥の地、青森・南津軽郡藤崎町。この地で100年以上りんごを育ててきた「安田農園」の三代目、ジィジこと安田修明さん一家が受け入れてくださることに。

早速、農園でもぎたての「ふじ」を食べさせていただくと、蜜がたっぷりで「スーパージューシー」と感動!
「ふじ」の栽培には、ニッポンならではの知恵と工夫が。りんごの寿命は剪定に大きく左右されるといわれており、古い枝を落として光や風を入れることで新しく力強い枝が育ち、たくさんの実がなるそう。
さらに、りんごは太陽の光に当たった部分だけ赤くなるため、木の下に白いシートを敷いて反射させ、お尻の部分まで真っ赤な美しいりんごにしています。
そして、ケイトさんが一番聞きたかったという、蜜入りの「ふじ」の育て方も。
雪が溶け、木や環境を整えてから7カ月程度で収穫できる状態になりますが、そこから1〜2週間、樹上で完熟させることで、蜜が入ったりんごになりやすいそう。
「じっくり待つことが大事なんですね」とケイトさん。その後も、蜜入りの実を作るために間引きする「摘果」などの栽培方法を教えていただきました。

ケイトさんは、収穫もお手伝い。4000本の木から全て手積みで行います。収穫時にツルを取ると、販売する際に見栄えが悪くなり、商品価値がなくなるため、注意しているそう。
収穫後は、約5000個の「ふじ」の選別作業。大きさや色づきで値段が変わるため、傷がつかないよう、手作業で8種類に選別し、1日に200箱を箱詰め。収穫時期の3カ月間は、毎日3トン分の作業をするとか。
そして夕方、選別を終え、りんごを積んだトラックで向かった先は、「弘果 弘前中央青果」。りんごの取扱量が日本一の青果市場です。
こちらで2日後、「ふじ」の初競りがあるとのこと。「安田農園」の「ふじ」は、果たしていくらの値がつくのでしょうか?
次にケイトさんが向かったのは、青森・平川市にある「釈迦のりんご園」。青森県りんご品評会で40年連続金賞を獲得、全国りんごコンクールでも最高賞に輝いている日本一のりんご農家です。こちらで、四代目の工藤峰之さんに高級りんごの作り方を教えていただきます。
りんご畑があるのは、南向きの緩やかな傾斜地。水はけがよく、太陽もたっぷり当たるため、りんごにとって最適な立地です。

「ふじ」の木を見せていただくと、葉があまりついていません。工藤さんによると、日光を満遍なく当てて赤く色づかせるため、葉を多めに取っているそう。葉には、光合成でできた甘みのもととなる養分を果実に届ける役割もあるため、収穫が近づいてから摘み取っています。
さらに、日光が隅々まで当たるよう、少しずつりんごを回転させる「玉回し」も、毎日1個ずつ手作業で。その数、なんと10万個! この手間が、最高の色づきとツヤを出す秘密なのです。
続いて、美味しいりんごに育つ秘密を教えていただきます。
「釈迦のりんご園」があるのは、標高150mの丘陵地。寒暖差が大きいため、実が引き締まり、糖度が高く蜜が入りやすいりんごに。
さらに、土にも秘密がありました。雨水が地中深くに浸透しやすく、養分を蓄える能力が高いため、ふかふかして柔らかいのが特徴です。りんごの養分となる微生物の量を山に近づけるため、肥料も研究したそう。
手間も費用もかけて作られる「釈迦のりんご園」の中でも、わずか5%の「特撰ふじ」になると、一般的な「ふじ」の10倍の値段に。試食させていただき、「食感も甘みと酸味のバランスも最高です!」と感動するケイトさんでした。
「釈迦のりんご園」の皆さん、本当にありがとうございました!

そしていよいよ、「ふじ」の初競りの日。「仲買人の皆さんも真剣にりんごを品定めしていて、作り手としても誇りが持てますね」とケイトさん。
前年度のりんご1箱20kgあたりの平均単価は6820円。気になる落札額は…15kg8500円の高値がつきました!
りんごについて「自分の一生をかけた仕事」と語る修明さん。ケイトさんは「ジィジを見て、スゴく情熱を感じました。父にも皆さんの素晴らしさを伝えたい」と話します。
そして別れの時。お土産に、剪定ノコギリをいただきました。アメリカではハサミで枝を整えていたため、太い枝も切り落とせるノコギリに、ケイトさんは大感激!
ケイトさんをニッポンにご招待したら、「ふじ」の栽培のコツを習得し、「安田農園」の皆さんとかけがえのない絆を結ぶことができました!
続いて紹介するのは、イタリア在住、「凧」を愛するフランコさん。

お正月の風物詩「凧揚げ」。江戸時代、年の初めに運気を上げるなどの縁起物として広まり、昭和になると、正月の代表的な遊びとして定着しました。
イタリアで、世界のカイトを趣味で作っていたフランコさんは、20年前にイタリアで開かれたカイトのイベントで、ニッポンの凧に一目惚れ。それ以来、独学でニッポンの凧をメインに作り続けています。
ニッポンにはまだ一度も行ったことがなく、「ニッポンで凧作りを学び、ニッポンの空に飛ばしてみたい」と願っています。
そんなフランコさんを、ニッポンにご招待!
向かったのは、新潟・南区にある「しろね大凧と歴史の館」。世界各国の凧を約500点展示しています。

館長の笠井正信さんに案内していただき、「白根大凧」のエリアへ。新潟県の白根地区で、江戸から300年続く凧合戦に使用される巨大な凧です。
来日前、満足のいく凧絵が描けないと悩んでいたフランコさん。そこで今回は、白根大凧を代表する凧絵師・荏原正雄さんが凧絵を教えてくださることに。教わりたいポイントは、ぼかしと、髪やヒゲの躍動感の出し方です。
まずは、下絵に筆で墨を入れ、続いて色入れ。ぼかしたい場所に水を塗り、その上から顔料を載せると、自然な濃淡に。綺麗なぼかしに「すごい!」とフランコさん。
髪を描くのに使うのは、先端が丸く広がったボタン刷毛。絶妙にこすれさせるハケ捌きは、長年の経験がなせる匠の技です。ヒゲを描くときも、このボタン刷毛を使うそう。
色とりどりの顔料を塗り重ね、色彩に深みをつけたら完成! 勢いよく引かれた線が気迫を際立たせ、髪は絶妙なこすれで荒ぶる躍動感を表現した勇壮な凧絵に。

早速、フランコさんも達磨の絵柄に挑戦。学んだ技を活かして描いた凧絵は、ハケで描いた毛並みが繊細に立ち上がり、ぼかしの表現も見事。荏原さんから100点満点をいただきました。
最後に、荏原さんからプレゼントが。フランコさんの名前が入った、地元の武将・上杉謙信の凧絵に加え、ボタン刷毛まで! 大感激のフランコさんは「技を磨きます」と伝えました。
荏原さん、笠井館長、本当にありがとうございました!
続いて訪れたのは、名古屋。実はフランコさん、名古屋古流凧に夢中だそう。
江戸初期から400年の歴史があり、アブやセミなどの姿を模した形が特徴で、ニッポンに数多ある凧の中で最も作るのが難しいといいます。
実はフランコさん、イタリアで開かれた凧のイベントで、名古屋古流凧の専門家・永田賢吾さんと交流。今回その永田さんと2年ぶりに再会し、早速、イタリアから持ってきた自作の名古屋古流凧を飛ばしてみることに。
名古屋古流凧は重いため、風速5m以上の風がないと飛び立ちません。状況によっては、リールで糸を巻き上げて飛ばします。

今回もリールを使いましたが、凧は回転して落下。原因を探ると、凧の端がわずかにねじれていました。さらに、永田さんは骨組みに使われている竹ひごが気になる様子。
使っているのはイタリアの竹ですが、永田さんによると「煤竹を使わないとダメ」とのこと。煤竹とは、茅葺き屋根で100年以上燻された竹材。強度が増し、強い風を受けてもねじれにくいのです。
ここで、永田さんから提案が。名古屋古流凧の中でも難易度の高い「福助」を作り、静岡県の「全国凧揚げ浜松大会」でお披露目することに。
永田さんのご自宅にある工房で、骨組みとなる竹ひご作りから始めます。
名古屋古流凧の骨組みは、中心の竹ひごを基準に各パーツを左右対称に配置。左右対称となるパーツの竹ひごは、必ず、割って分けた2本を使います。同じ竹でも、太陽の当たり具合によって硬さなどに違いが出るのです。
割った煤竹は1本ずつカンナで削り、真っすぐに形を整えます。この作業を怠ると、全体のねじれの原因に。仕上げに再度カンナをかけ、竹ひごが完成。ここまでで約5時間!

続いて、骨組み作り。竹ひごをパーツごと、左右対称で同じ形になるように曲げていきます。イタリアではキャンプ用品のヒーターを使って曲げていましたが、今回はフランコさんが使いたかったという、永田さん手作りの専用機を使用。福助の設計図に合わせながら曲がり方を調整し、丸をかたどる骨組みのパーツが完成しました。
次は、骨組みで最も小さな耳の部分。ハンダゴテを固定させた専用台で、コテ先を利用して曲げていきます。最初は折れてしまいましたが、竹ひごから作り直して再度挑戦。見事、OKをいただくことができました。
休憩を挟んで、福助の骨組み作り。左右対称になっているか確認しながら、パーツごとに糸で縛り付けていきます。
竹ひごが交差する場所には、組子加工を。1.8㎜幅の竹ひごにホゾを施すことで、重なりによって生じる反りを防ぎ、骨組みの強度を落とさず飛ばすことができるそう。
さらに、左右対称のズレが出た際には、竹ひごの歪みを細かく調整。骨組みのバランスが取れているか、尖ったキリの先端に置いて最終チェックをします。
続いて、凧絵の制作。墨を使い、表と裏に色入れをします。名古屋古流凧は骨組みの技術力を披露するため、裏面までしっかり凧絵が。

凧絵を貼り付け、裏面に細かな装飾を施し、最後に音を出す「うなり」という弦を装着。
こうして、名古屋古流凧の中でも最も難しい、福助が完成しました。
翌日、静岡・浜松市へ。今回参加する大会は、順位や賞を争う場ではなく、思い思いの凧を揚げる集い。風が弱いため、発射台に福助を設置し、糸をリールで一気に巻き上げると…見事、フランコさんの福助が空へ! 無事に揚げることができました。
そして別れの時。永田さんに「あなたの技と心に触れられたことは、私の大きな宝物です」と伝えると、永田さん特製の竹ひごを曲げる専用機と、大量の煤竹のプレゼントが! 大感激のフランコさんは、永田さんとハグを交わしました。
フランコさんをニッポンにご招待したら、名古屋古流凧を天高く揚げ、永田さんとの友情をより深めることができました!
1月15日(木)夜6時25分からは「世界!ニッポン行きたい人応援団」を放送。
▼日本に来たことがないメキシコ人夫婦は、4代続くニッポンの大衆食堂「三勝屋」の雰囲気と味に感動!メキシコに戻ると、驚きの進化を遂げることになる。サプライズをするためにメキシコに訪れたはずの三勝屋の大将と女将は逆に衝撃を受けることに。
さらに、メキシコと日本で同じ夢を追い続ける2組の夫婦に、筋書きのないドラマティックな展開が待ち受けていた!
▼母親の果たせなかった夢をかなえるため、学校や孤児院で数学と折り紙を教えているオットーさん。折り紙の技術を向上させるべく、おりがみ会館へ!素晴らしい職人技に感銘を受けた彼にさらなるサプライズ!憧れの折り紙作家のもとで、芸術的な作品の数々を目の当たりにする。
そして、日本大使館をも動かした衝撃の報告が!10年にわたる長期取材の結末とは?
今回は、「お正月直前!ドド〜ンと3人、ニッポンにご招待しちゃったSP」をお送りします。
【動画】ニッポンを代表する料理人に学ぶ“究極おせち”
日本最高峰の和食料理人が「おせち」を伝授
紹介するのは、カナダ在住の「おせち」を愛するマットさん。

ニッポンの新年を祝う正月料理「おせち」。平安時代、季節の節目に神様に供えた料理「御節供」が原型ともいわれ、江戸時代に家庭で食べる正月料理として定着したそう。
5年前、インターネットでニッポンのおせち文化を知ったマットさんは、自家製のおせちで正月を迎えています。
マットさんは「本場ニッポンの職人さんから習って、おせち作りの腕を上げたいんです」と話しますが、経済的な余裕はなく、その願いを果たせていません。
そんなマットさんを、ニッポンにご招待!
向かったのは、東京・板橋区にある「日本料理 よし邑」。総料理長の冨澤浩一さんは、黄綬褒章を受章したニッポンを代表する料理人。冨澤さんのおせちは百貨店のカタログでもトップページに掲載され、7万円以上のおせちが毎年すぐに完売してしまうそう。

特別に冨澤さんのおせちをいただいたマットさんは、「こんなに素晴らしいおせちに出会えるのは一生に一度です!」と感動。早速、作り方を教えていただくことに。
まずは「煮しめ」から。昆布と鰹節で取った二番出汁に加えるのは、大量の日本酒。さらに、どんこ椎茸の戻し汁も加え、具材ごとに別々の鍋へ。野菜ごとに炊き時間を変え、ベストな食感に調整しています。
炊き上がるまでニンジンの飾り切りを教えていただき、いよいよ煮しめの仕上げ工程へ。別々に炊いた具材を1つの鍋に入れ、炊いていた出汁も加えます。ここまでは日本酒メインで味に深みが足りないため、各具材から出たうまみを加えるのです。
最後に砂糖とたまり醤油で照りを出し、煮汁がなくなる寸前までうまみを凝縮していけば「煮しめ」の完成。
続いては、マットさんが一度も作ったことがない「伊達巻き」。愛媛県宇和島産の真鯛とエビを包丁で細かく叩き、あたり鉢で丁寧にすりつぶします。そこへ山芋、卵、出汁などを加えてのばし、熱した卵焼き器へ。さらにオーブンで10分間焼き上げます。
濃いめの焼き色が「伊達巻き」特有の渦を描くのに大切だそう。
焼き上がったら、特徴的なギザギザの形をつけるため、鬼すだれで巻いていきます。たこ糸で縛り、1時間寝かせて形を定着させたら完成です。

マットさんも、伊達巻き作りに初挑戦! ちょっと焦げてしまいましたが、渦の模様がくっきり出て、綺麗な出来栄えになりました。
続いて「昆布巻き」。中に巻いてあるのは、北海道のブランド鮭「雄宝」です。日本酒を入れた湯で鮭の臭みを抜き、真昆布で巻いていきます。
煮る工程で使うのは、番茶。さらに水と大量の日本酒を加え、3日間かけて炊き含めます。
「3日!?」と驚くマットさんに、「手間暇を惜しんだら美味しいものはできない」と冨澤さん。冷める過程でさらに味がしみこむため、地道に3日間、炊いては冷ます作業を繰り返します。
煮詰まったところに、砂糖とたまり醤油を入れると照りが。崩れないよう鍋を揺らし、全体に味を回せば完成。

続いては「栗きんとん」。茨城県笠間産「銀寄栗」とサツマイモの「べにはるか」を使います。茹でる時、色付けにクチナシの実を入れると、綺麗な黄金色に。栗きんとんの色の薄さが悩みだったマットさんは、驚きのあまり鍋に釘付け!
熱いうちに裏漉しして、本蜜と呼ばれるシロップと、前もって作っておいた栗の甘露煮を加えます。30分練り続け、独特のねっとり感を引き出せば完成です。
マットさんは、出来立ての味に感動! 最後は伊達巻き作りに使う鬼すだれをいただきました。
「日本料理 よし邑」の皆さん、本当にありがとうございました!
実はマットさんがおせちにハマったのは、当時カナダに留学していた日本人の親友・徹さんがきっかけ。1人寂しくお正月を過ごす徹さんに、サプライズでおせちを作ったそう。
今回の来日には、ニッポンに帰国した徹さんにもう一度おせちを作り、「美味しい」と言ってもらえるか試したいという目的がありました。
そこで、昆布巻きに使う鮭を求めて新潟・村上市へ。村上は、古くから川を遡上する鮭の漁が盛んな街。三面川で、海から遡上してきた鮭を獲る仕掛けを見せていただきます。

生きた鮭を見るのは初めてのマットさん。ずっしりと重たい鮭に感動! 受精作業や稚魚の放流など、鮭が帰ってくるための取り組みについても教えていただき、獲れたばかりの村上の鮭をいただきました。
「三面川漁協」の皆さん、本当にありがとうございました!
続いて「煮しめ」に使うレンコンを求め、収穫量日本一の茨城・土浦市へ。
そんなレンコンの名産地が開催するコンテストで2年連続最優秀賞に輝いたのが、レンコン農家「市川蓮根」。こちらの蓮田で、レンコン掘りをさせていただきます。
レンコンは土の中に横たわるように生えているため、水圧で泥を退かしながら探しますが、最初は強引に引っ張ってしまい折れてしまいました。三代目社長・市川誉庸さんのアドバイスで、上側と下側に水をかけると…泥が退いてレンコンが浮き、節を折らずに収穫成功! このレンコンをプレゼントしていただきました。
「市川蓮根」の皆さん、本当にありがとうございました!
そしていよいよ、最高の食材を使い、ニッポンで学んだ作り方でおせちを作ります。帰国まで時間がないため、1日で仕上げることに。「煮しめ」と「昆布巻き」…他の料理も黙々と作り続け、最高のおせちが完成しました!
そしておせちのことは内緒で、親友・徹さんのもとへ。留学していた当時、徹さんはマットさんがおせちを作ってくれたことに驚き、嬉しさのあまりイラストにしたそう。

今回の旅の集大成となるおせちを披露すると、徹さんは「僕のために?」とびっくり。
「おせちとの出会いをくれた徹に、感謝の気持ちを込めて作ったよ!」とマットさん。
おせちを味わった徹さんは、「美味しい!」ととても喜んでくれました。
「いつも応援しているし、友達でいたいと思います」と徹さん。マットさんも「僕も同じ気持ちです」と伝えました。
マットさんをニッポンにご招待したら、おせち作りの技術が上がり、親友との友情をさらに深めることができました!
ニッポンのりんご「ふじ」を学びたい
続いて紹介するのは、アメリカ在住、ニッポンのりんご「ふじ」を愛するケイトさん。

世界に1万5000以上あるりんごの品種の中で、ニッポンで63年前に生まれたのが「ふじ」。甘味と酸味のバランスが良く、蜜が豊富なのが特徴で、世界で栽培されるりんごの3分の1を占めています。
去年大学を卒業し、実家の農園を継ぐため修業中のケイトさん。1980年から農園で栽培しているふじを市場に卸す以外に、出張販売もしています。
その理由は、業者に渡すと、他の農園のりんごと一緒にされてしまうから。ニッポンの農家のように、自分が作ったりんごを、自信と責任をもってお客さんに届けたいそう。
ニッポンには、まだ一度も行ったことがないケイトさん。ここまで熱心になるのは、農園を豊かにして父・ジェフさんに親孝行するためでもあり、ニッポンで「ふじ」の美味しい育て方を学ぶのが夢だと話します。
そんなケイトさんを、ニッポンにご招待!
向かったのは、「ふじ」発祥の地、青森・南津軽郡藤崎町。この地で100年以上りんごを育ててきた「安田農園」の三代目、ジィジこと安田修明さん一家が受け入れてくださることに。

早速、農園でもぎたての「ふじ」を食べさせていただくと、蜜がたっぷりで「スーパージューシー」と感動!
「ふじ」の栽培には、ニッポンならではの知恵と工夫が。りんごの寿命は剪定に大きく左右されるといわれており、古い枝を落として光や風を入れることで新しく力強い枝が育ち、たくさんの実がなるそう。
さらに、りんごは太陽の光に当たった部分だけ赤くなるため、木の下に白いシートを敷いて反射させ、お尻の部分まで真っ赤な美しいりんごにしています。
そして、ケイトさんが一番聞きたかったという、蜜入りの「ふじ」の育て方も。
雪が溶け、木や環境を整えてから7カ月程度で収穫できる状態になりますが、そこから1〜2週間、樹上で完熟させることで、蜜が入ったりんごになりやすいそう。
「じっくり待つことが大事なんですね」とケイトさん。その後も、蜜入りの実を作るために間引きする「摘果」などの栽培方法を教えていただきました。

ケイトさんは、収穫もお手伝い。4000本の木から全て手積みで行います。収穫時にツルを取ると、販売する際に見栄えが悪くなり、商品価値がなくなるため、注意しているそう。
収穫後は、約5000個の「ふじ」の選別作業。大きさや色づきで値段が変わるため、傷がつかないよう、手作業で8種類に選別し、1日に200箱を箱詰め。収穫時期の3カ月間は、毎日3トン分の作業をするとか。
そして夕方、選別を終え、りんごを積んだトラックで向かった先は、「弘果 弘前中央青果」。りんごの取扱量が日本一の青果市場です。
こちらで2日後、「ふじ」の初競りがあるとのこと。「安田農園」の「ふじ」は、果たしていくらの値がつくのでしょうか?
次にケイトさんが向かったのは、青森・平川市にある「釈迦のりんご園」。青森県りんご品評会で40年連続金賞を獲得、全国りんごコンクールでも最高賞に輝いている日本一のりんご農家です。こちらで、四代目の工藤峰之さんに高級りんごの作り方を教えていただきます。
りんご畑があるのは、南向きの緩やかな傾斜地。水はけがよく、太陽もたっぷり当たるため、りんごにとって最適な立地です。

「ふじ」の木を見せていただくと、葉があまりついていません。工藤さんによると、日光を満遍なく当てて赤く色づかせるため、葉を多めに取っているそう。葉には、光合成でできた甘みのもととなる養分を果実に届ける役割もあるため、収穫が近づいてから摘み取っています。
さらに、日光が隅々まで当たるよう、少しずつりんごを回転させる「玉回し」も、毎日1個ずつ手作業で。その数、なんと10万個! この手間が、最高の色づきとツヤを出す秘密なのです。
続いて、美味しいりんごに育つ秘密を教えていただきます。
「釈迦のりんご園」があるのは、標高150mの丘陵地。寒暖差が大きいため、実が引き締まり、糖度が高く蜜が入りやすいりんごに。
さらに、土にも秘密がありました。雨水が地中深くに浸透しやすく、養分を蓄える能力が高いため、ふかふかして柔らかいのが特徴です。りんごの養分となる微生物の量を山に近づけるため、肥料も研究したそう。
手間も費用もかけて作られる「釈迦のりんご園」の中でも、わずか5%の「特撰ふじ」になると、一般的な「ふじ」の10倍の値段に。試食させていただき、「食感も甘みと酸味のバランスも最高です!」と感動するケイトさんでした。
「釈迦のりんご園」の皆さん、本当にありがとうございました!

そしていよいよ、「ふじ」の初競りの日。「仲買人の皆さんも真剣にりんごを品定めしていて、作り手としても誇りが持てますね」とケイトさん。
前年度のりんご1箱20kgあたりの平均単価は6820円。気になる落札額は…15kg8500円の高値がつきました!
りんごについて「自分の一生をかけた仕事」と語る修明さん。ケイトさんは「ジィジを見て、スゴく情熱を感じました。父にも皆さんの素晴らしさを伝えたい」と話します。
そして別れの時。お土産に、剪定ノコギリをいただきました。アメリカではハサミで枝を整えていたため、太い枝も切り落とせるノコギリに、ケイトさんは大感激!
ケイトさんをニッポンにご招待したら、「ふじ」の栽培のコツを習得し、「安田農園」の皆さんとかけがえのない絆を結ぶことができました!
日本一難しい名古屋古流凧作りに挑戦
続いて紹介するのは、イタリア在住、「凧」を愛するフランコさん。

お正月の風物詩「凧揚げ」。江戸時代、年の初めに運気を上げるなどの縁起物として広まり、昭和になると、正月の代表的な遊びとして定着しました。
イタリアで、世界のカイトを趣味で作っていたフランコさんは、20年前にイタリアで開かれたカイトのイベントで、ニッポンの凧に一目惚れ。それ以来、独学でニッポンの凧をメインに作り続けています。
ニッポンにはまだ一度も行ったことがなく、「ニッポンで凧作りを学び、ニッポンの空に飛ばしてみたい」と願っています。
そんなフランコさんを、ニッポンにご招待!
向かったのは、新潟・南区にある「しろね大凧と歴史の館」。世界各国の凧を約500点展示しています。

館長の笠井正信さんに案内していただき、「白根大凧」のエリアへ。新潟県の白根地区で、江戸から300年続く凧合戦に使用される巨大な凧です。
来日前、満足のいく凧絵が描けないと悩んでいたフランコさん。そこで今回は、白根大凧を代表する凧絵師・荏原正雄さんが凧絵を教えてくださることに。教わりたいポイントは、ぼかしと、髪やヒゲの躍動感の出し方です。
まずは、下絵に筆で墨を入れ、続いて色入れ。ぼかしたい場所に水を塗り、その上から顔料を載せると、自然な濃淡に。綺麗なぼかしに「すごい!」とフランコさん。
髪を描くのに使うのは、先端が丸く広がったボタン刷毛。絶妙にこすれさせるハケ捌きは、長年の経験がなせる匠の技です。ヒゲを描くときも、このボタン刷毛を使うそう。
色とりどりの顔料を塗り重ね、色彩に深みをつけたら完成! 勢いよく引かれた線が気迫を際立たせ、髪は絶妙なこすれで荒ぶる躍動感を表現した勇壮な凧絵に。

早速、フランコさんも達磨の絵柄に挑戦。学んだ技を活かして描いた凧絵は、ハケで描いた毛並みが繊細に立ち上がり、ぼかしの表現も見事。荏原さんから100点満点をいただきました。
最後に、荏原さんからプレゼントが。フランコさんの名前が入った、地元の武将・上杉謙信の凧絵に加え、ボタン刷毛まで! 大感激のフランコさんは「技を磨きます」と伝えました。
荏原さん、笠井館長、本当にありがとうございました!
続いて訪れたのは、名古屋。実はフランコさん、名古屋古流凧に夢中だそう。
江戸初期から400年の歴史があり、アブやセミなどの姿を模した形が特徴で、ニッポンに数多ある凧の中で最も作るのが難しいといいます。
実はフランコさん、イタリアで開かれた凧のイベントで、名古屋古流凧の専門家・永田賢吾さんと交流。今回その永田さんと2年ぶりに再会し、早速、イタリアから持ってきた自作の名古屋古流凧を飛ばしてみることに。
名古屋古流凧は重いため、風速5m以上の風がないと飛び立ちません。状況によっては、リールで糸を巻き上げて飛ばします。

今回もリールを使いましたが、凧は回転して落下。原因を探ると、凧の端がわずかにねじれていました。さらに、永田さんは骨組みに使われている竹ひごが気になる様子。
使っているのはイタリアの竹ですが、永田さんによると「煤竹を使わないとダメ」とのこと。煤竹とは、茅葺き屋根で100年以上燻された竹材。強度が増し、強い風を受けてもねじれにくいのです。
ここで、永田さんから提案が。名古屋古流凧の中でも難易度の高い「福助」を作り、静岡県の「全国凧揚げ浜松大会」でお披露目することに。
永田さんのご自宅にある工房で、骨組みとなる竹ひご作りから始めます。
名古屋古流凧の骨組みは、中心の竹ひごを基準に各パーツを左右対称に配置。左右対称となるパーツの竹ひごは、必ず、割って分けた2本を使います。同じ竹でも、太陽の当たり具合によって硬さなどに違いが出るのです。
割った煤竹は1本ずつカンナで削り、真っすぐに形を整えます。この作業を怠ると、全体のねじれの原因に。仕上げに再度カンナをかけ、竹ひごが完成。ここまでで約5時間!

続いて、骨組み作り。竹ひごをパーツごと、左右対称で同じ形になるように曲げていきます。イタリアではキャンプ用品のヒーターを使って曲げていましたが、今回はフランコさんが使いたかったという、永田さん手作りの専用機を使用。福助の設計図に合わせながら曲がり方を調整し、丸をかたどる骨組みのパーツが完成しました。
次は、骨組みで最も小さな耳の部分。ハンダゴテを固定させた専用台で、コテ先を利用して曲げていきます。最初は折れてしまいましたが、竹ひごから作り直して再度挑戦。見事、OKをいただくことができました。
休憩を挟んで、福助の骨組み作り。左右対称になっているか確認しながら、パーツごとに糸で縛り付けていきます。
竹ひごが交差する場所には、組子加工を。1.8㎜幅の竹ひごにホゾを施すことで、重なりによって生じる反りを防ぎ、骨組みの強度を落とさず飛ばすことができるそう。
さらに、左右対称のズレが出た際には、竹ひごの歪みを細かく調整。骨組みのバランスが取れているか、尖ったキリの先端に置いて最終チェックをします。
続いて、凧絵の制作。墨を使い、表と裏に色入れをします。名古屋古流凧は骨組みの技術力を披露するため、裏面までしっかり凧絵が。

凧絵を貼り付け、裏面に細かな装飾を施し、最後に音を出す「うなり」という弦を装着。
こうして、名古屋古流凧の中でも最も難しい、福助が完成しました。
翌日、静岡・浜松市へ。今回参加する大会は、順位や賞を争う場ではなく、思い思いの凧を揚げる集い。風が弱いため、発射台に福助を設置し、糸をリールで一気に巻き上げると…見事、フランコさんの福助が空へ! 無事に揚げることができました。
そして別れの時。永田さんに「あなたの技と心に触れられたことは、私の大きな宝物です」と伝えると、永田さん特製の竹ひごを曲げる専用機と、大量の煤竹のプレゼントが! 大感激のフランコさんは、永田さんとハグを交わしました。
フランコさんをニッポンにご招待したら、名古屋古流凧を天高く揚げ、永田さんとの友情をより深めることができました!
1月15日(木)夜6時25分からは「世界!ニッポン行きたい人応援団」を放送。
▼日本に来たことがないメキシコ人夫婦は、4代続くニッポンの大衆食堂「三勝屋」の雰囲気と味に感動!メキシコに戻ると、驚きの進化を遂げることになる。サプライズをするためにメキシコに訪れたはずの三勝屋の大将と女将は逆に衝撃を受けることに。
さらに、メキシコと日本で同じ夢を追い続ける2組の夫婦に、筋書きのないドラマティックな展開が待ち受けていた!
▼母親の果たせなかった夢をかなえるため、学校や孤児院で数学と折り紙を教えているオットーさん。折り紙の技術を向上させるべく、おりがみ会館へ!素晴らしい職人技に感銘を受けた彼にさらなるサプライズ!憧れの折り紙作家のもとで、芸術的な作品の数々を目の当たりにする。
そして、日本大使館をも動かした衝撃の報告が!10年にわたる長期取材の結末とは?
記事提供元:テレ東プラス
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