【那須川天心vs井上拓真】夢の一戦が遂に目前! 公開練習で見えたすべてが対立するふたりの共通項とは?
イチオシスト

出会うはずのなかったふたりがいよいよその拳を交えるときが来た。最後に立っているのはどっちだ!
那須川天心(帝拳)と井上拓真(大橋)のWBC世界バンタム級王座決定戦(11月24日・トヨタアリーナ東京)が決戦前から空前の盛り上がりを見せている。
ボクシングの世界タイトルマッチでは恒例となっている公開練習も12日(天心)と18日(拓真)が行なわれたが、それぞれの対戦相手陣営が視察に訪れ、いつもとはちょっと違うピリピリとしたムードが漂っていた。
天心は、赤いジャージを着て公開スパーの場に現れた拓真の従兄弟・井上浩樹を含む大橋″レッド″軍団を目の当たりにして新鮮だったと打ち明けた。
「キック時代にこういうことはなかったので、スパーリングでも『どこまでやっていいのか?』とちょっと考えてしまいましたね」
そう悩みつつも、天心は結局出し惜しみすることなく、予定通りステップワーク1ラウンド、シャドーボクシング2ラウンドを行なった後、WBO世界スーパーバンタム級14位のセレックス・カストロ(メキシコ)を相手に2ラウンドのスパーリングを披露。カストロの攻撃をかわしながら、右フックと左ストレートで圧倒。好調ぶりをアピールした。
目を見張ったのは天心のステップワークで、過去7戦では見せたことがないような独特の動きを見せた。

カウンターの天才と呼ばれた元2階級王者栗生トレーナーとの二人三脚
キックから転向して8戦目で世界戦。練習の端々にボクシングらしからぬ動きを見せる
"スッスッスッ"。イメージ的にはそんな表現が正しいか。間違っても、ボクシングにありがちな″シュッシュッシュッ″ではない。かといって、キックボクサー時代に戻ったわけでもない。どちらかといえば、武道の達人の足や体さばきを見ているような錯覚に陥った。以前からその傾向はあったが、今回はより色濃く出ていたように思えた。
なぜか。それは天心がドジャースの山本由伸も師事している柔道整復師でトレーナーの矢田修氏の指導を受けていることと無関係ではあるまい。以前から公開練習前、天心は口にストローのようなものを咥(くわ)えながらヨガのような準備運動をしており、記者の間で「あれは何?」と話題になっていた。
これは矢田氏が考案したBC(バイオメカニクス・コーディネーション)エクササイズ。今回同行したカメラマンのヤナガワゴー!氏は天心のブリッジなどの動きを見て、「山本由伸と同じ練習をしている」と興奮気味に語っていた。口にくわえていたのはBチューブというBCエクササイズで使われる練習用具と思われる。その効果を天心は絶賛した。
「ボクシングを始めてから2年半以上ずっと学んでいるけど、このトレーニングはやっていることの本質を極めている。世の中、データとか科学的にといった部分をいろいろ見るじゃないですか。僕の解釈の中では、自分はそれをやっていない(頼っていない)というのがある。必然的に(山本に続いて)世界一になると思います」
具体的にいうと、それは引き算のボクシングだ。世界初挑戦ともなれば、どうしても新たに取り入れたテクニックや練習メニューが気になるが、天心は全く正反対のことを考えていた。
「どちらかといえば、引いていく作業をずっとしてきた感じがする。何か新しいものを取り入れたというより、できないところを修正する。ボクシングを始めたときからそういうことをずっとやってきた。そこの完成形が今回なのかなと思ってます」
どんどん引き算をしていくうちに、もともと備わっている格闘家としてのベースをボクシングにも応用できるようになったということか。
「ボクシング業界に入ると、パンチの打ち方にしろ、ステップにしろ、まず(オーソドックスな)ボクシングを習うじゃないですか。僕もしっかりと量をやって、基本は得ることができた。そこから取捨選択して、いまの形になったと思いますね」
その形を天心は"シン・ボクシング"と表現する。標的は、拓真と彼の兄で″モンスター″と形容される現在のボクシングブームの牽引者でもある井上尚弥の井上兄弟だ。
「世間の人がボクシングといったら、真っ先に井上兄弟を連想すると思う。そういった(固定)概念を壊していきたい」

コアなファンに守られてきたボクシング界にエンタメを持ち込んで、独自の世界観を確立した天心
ジョー小泉氏のギャグにも動じない浜田剛帝拳ジム代表(写真左)にもこんな顔をさせる天心と栗生トレーナー(写真右)
天心がボクシングに転向して以来、ずっと指導している帝拳ジムの粟生隆寛トレーナーは思わせぶりに注意点と勝利の方程式を示唆した。
「井上拓真選手はボクシングのレベルが全体的に高く、天心が経験したことのないこともしている。そこに誤魔化されないようにしないといけない。逆に天心は拓真選手が知らないボクシングができると思っている。そこの部分で上回って勝てればいい」
拓真の知らないボクシング。それは決戦当日に明かされることになるのか。
一方、拓真の公開練習は″顔見せ″に終始した。公開練習には粟生トレーナーも顔を見せたが、拓真はシャドーボクシングと長い距離を保ったままのミット打ちを披露しただけだった。あけすけに全てを披露した天心とは好対照ながら、これも作戦の一環。どちらが正しかったかは、勝敗によって判断されるべきだろう。勝った方が全て正しいのだ。
もっとも、公開練習前に行なった会見で拓真はポロリと本音を漏らした。世界チャンピオンに返り咲くことと天心に勝つことのどちらが重要かという質問が飛んだときのことだ。拓真は迷うことなく、「世界王者に返り咲くというより、天心選手に勝って初黒星をつける、ここが一番のモチベーションです」と答えたのだ。
父である井上真吾トレーナーも「拓真がプロになってから初めてというくらい(自分と)同じ思い、気持ち、温度でトレーニングができました。本当にしっかりついてきてくれました」と息子の成長ぶりに目を細めた。空位の王座を争うのは何もかも規格外の天心。ゆえに、いつになく厳しいトレーニングを積み重ねてきたが、拓真は最後まで音を上げなかったという。「今まで(の拓真)は自分でリミッターをつけて落としちゃうんですよ。今回はもう全部リミッターを外してきましたから」

今やボクシング界を象徴する3ショット。父親にしてトレーナーの井上真吾(写真右)、兄・尚弥(写真左)と弟・拓真(写真中央)。天心はこの牙城を崩すことが出来るか
周囲をお祭り気分にさせる天心とは対照的に、孤高の戦士然としたオーラをまとう拓真
キックでもMMAでも無敗のままプロボクシングに転向。キャリア8戦目で世界挑戦までこぎ着けた神童は、幼少の頃からボクシング一筋の拓真にとってインベーダー(侵略者)にほかならない。決戦の日、我々はかつて見たことがないほど、闘争本能を燃やす拓真を見ることができるのか。
そんなふたりにも共通項がある。
「今回は(拓真がどんな作戦で来ても)対応できるように、いろいろなタイプのパートナーを(5名ほど海外から)呼んで練習をすることができました」(帝拳ジム・浜田剛史会長)、「試合は始まってみないとわからない。そのとき起こったことに全て対応できるように自分を作っていくだけ」(拓真)と、ありとあらゆる試合展開を想定している点だ。
第1ラウンド開始前、リング中央でふたりが向かい合うだけでも場内の興奮はMAXに達するだろう。勢いVSキャリア、ボクシングでも無敗VS敗北を知った者の強さ、シン・ボクシングVS王道のボクシング。全ての要素が対立している。この日本人同士による世界王座決定戦は、世間の想像を遥かに超えた激闘になりそうだ。
接近戦もアウトボクシングも相手次第で対応できる拓真のテクニックは、兄・尚弥も認めている
フルラウンドの判定勝利が多いが、撃ち合いからの強烈なKOパンチも拓真は持っている
天心のスピードと当て感は、キックの王者だったことを忘れさせるほどになっている
取材・文/布施鋼治 撮影/ヤナガワゴーッ!
記事提供元:週プレNEWS
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