【サッカー日本代表 板倉 滉の「やるよ、俺は!」】第48回 新環境へのフィットの難しさ
イチオシスト

板倉が語る新環境へのフィット
2019年に言葉もまったくできぬまま海外へ。以来、ドイツの古豪チームを渡り歩き、今現在はオランダの名門アヤックスで存在感を見せている板倉。さまざまな障壁を乗り越えて、いかにチームに溶け込み、愛されるようになったのか。
【初の海外移籍。合流初日の失敗】8月にアヤックス・アムステルダムへ移籍してから、はや3ヵ月。国内リーグでは4位(11月10日現在)だが、自分はチームにだいぶフィットしてきている実感がある。
思い返してみると、最初にプレーした海外のクラブは同じオランダのフローニンゲン(2019年1月にレンタルで移籍)。まったく言葉ができない僕は、少しでもチームに溶け込もうと必死だった。契約書へのサインなど、いろんな手続きを済ませて、ようやくチームに合流した最初の日の記憶は今でも鮮明に残っている。
「さあ、行っていいぞ」。スタッフにそう告げられた僕は、皆が食事をしている場所にいきなり入っていくことになった。
長いテーブルがずらりと並んだ広い空間。一斉に皆の刺すような視線が僕に向けられる。(MF堂安)律がチームメイトだったのだが、あいにく代表に招集されており不在だった。頼る人はいない。
なんだか微妙な空気。取りあえずひとりずつ握手していって、一番奥のテーブルの隅っこに座った。そこでも時折刺すような視線。ヘンな間というか、沈黙がずっと続く。僕はこういうのがめっちゃ苦手だ。思わず目の前に座る選手に話しかけた。
「Do you like an apple?」
しかし、そこにリンゴはなかった。後で知ったのだが、話しかけた選手はチームでもとりわけおとなしい性格の持ち主。沈黙は破られなかった。そこで初めて気づいたのだった。ああ、何も考えずに海外へ来ちゃったなぁ......。
フローニンゲンに来て、半年間はまったく試合に出られない日々が続いた。差別意識はないにしても、"日本人選手にいったい何ができるっていうんだ"といった気持ちは皆あったはずだ。プレーでなんとかいいところを見せようとしたが、やればやるほど空回り。今まで普通にできていたことができなくなった。環境の変化は大いに影響した。
できることといえば、とにかくチームメイトからちょっとでも話しかけられたり、何か誘われたりしたら、すべて食らいついていった。もちろん、英語の辞書を片手に。しばらくすると、「コウは溶け込もうとしているんだな」と皆が理解してくれて、徐々に中へ入っていけるようになった。ここまで、およそ1年が経過していた。
【A代表で新入りの僕に優しかった"兄貴"】日本代表での溶け込み方は、海外のクラブとは雲泥の差だ。何せ、同じ日本語を話す者同士。この上なく楽だ。
僕が初めて代表入りしたのは、14~15年のU-18ロシア遠征。アンダー世代というのは、当然同年代が集まるので、ほとんど顔なじみだったり友達だといってもいいぐらい。だから無駄にナーバスになることはなかった。
ただ、A代表となれば話は別だ。僕が初めて招集を受けたのは19年のコパ・アメリカだが、最初に練習に合流した際、それまでのレベルとは段違いに高度だったことを強烈に覚えている。
しかも、アンダー世代の試合のように多くのメンバーに出場機会が与えられるシステムとは違って、本当の実力主義。試合に出られるチャンスが順番に訪れるわけではない。メンバー全員が初めましてというわけではなかったものの、常に緊張を感じずにはいられなかった。
そんな中でも、とりわけ面倒見が良く、大変お世話になったのが、GKの川島永嗣さんだ。代表での経験が豊富だし、いろんなことを教えてくれた。僕が川崎フロンターレの下部組織出身ということもあって、フロンターレで活躍した永嗣さんからすれば、親近感が湧いていたのかもしれない。
もうひとり、永嗣さんと並んで僕にとっての兄貴的な存在だったのが、DFの酒井宏樹君。4バックシステムで宏樹君が右サイドバック、僕が右センターバックを担う試合が多く、2021年に開催された東京五輪2020でも一緒だったから、すごくかわいがってもらった。
というわけで、自分で言うのもなんだが、もともと僕は人懐っこい性格なので、こんな感じで溶け込めたけれど、誰しもそういう性格なわけではない。引っ込み思案な選手だっているだろう。自分からアプローチするのが苦手だという人は、無理して頑張る必要はない。かえって、自分がいっぱいいっぱいになってしまうからだ。
素のままでいいと思う。必ず誰かしらが話しかけてくる機会に出合うはずだ。そのときに自分を出して応えてみるところから始めればいいと思う。会社員やバイト先であれば、食事会の誘いとかもあるかもしれない。そこで一回誘いに乗ってみる。ゆっくりゆっくりで全然OK。チームだろうが、勤務先だろうが、学校だろうが、きっと溶け込めることだろう。

板倉 滉
構成・文/高橋史門 写真/アフロ
記事提供元:週プレNEWS
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