全席無料なのに売り上げは過去最高の1.8億円! 海外からも注目される団体の裏側に密着! 業界の異端児「九州プロレス」が熱すぎる!!
イチオシスト

リングを体験して笑顔の子供たちとばってん×ぶらぶら選手(中央)。未来のチャンピオンがここから生まれるかも?
プロレス界の常識を揺るがす団体が九州を席巻している。「九州ば元気にするバイ!」という理念を掲げ、全席無料の興行を続けながら、過去最高の売り上げ1.8億円を達成。
世界一の団体WWEの元スーパースター・TAJIRIも所属選手として活躍し、海外ファンの耳目も集めている。「力道山時代」を理想としてプロレスの枠を再び広げようと奮闘する異色の団体の裏側に密着した!
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【郷愁を誘う会場風景】その日、福岡県の飯塚市総合体育館には老若男女を巻き込む熱気が渦巻いていた。
その中心にいたのはプロレス団体としては日本唯一、NPO法人として活動する団体・九州プロレス(以後、九プロ)の選手たち。
会場では子供たちが走り回り、レスラーたちの一挙手一投足に歓声を上げる。反則をする悪役には思い切りブーイングを浴びせ、激しい技を食らっても立ち上がるチャンピオンたちの名前を叫ぶ......。
コアなファンが多い都心のプロレス会場ではあまり見られなくなった、どこか懐かしい光景だ。
「九州ば元気にするバイ!」という理念を掲げ、九州で年間50試合ほどの興行を開催する九プロはチケット代がなんと全席無料。だが、2024年度には売上高1億8474万円という、過去最高額を叩き出している。
その収益において大きいのが、地元九州の約1000社にも及ぶ企業からの協賛金だ。大小さまざまな規模の会社が団体の理念に賛同し、その活動を支持しているのだ。
団体の活動はリング内に収まらない。保育施設や高齢者施設などに選手が訪問する活動を行なっており、昨年度は約200回の訪問実績を誇る。

イギリスから武者修行でやって来たリアム・ジョーンズ選手(右)。TAJIRI選手を慕って海外から参戦する選手も増えた
こうした従来のプロレス団体の枠を超える活動に加え、23年には世界一の規模を誇る米プロレス団体・WWEの元スーパースター・TAJIRI選手が所属したことでプロレス界での知名度も急上昇。現在、TAJIRI選手を慕い、世界中から九プロに若手レスラーたちが集まってくるようにもなった。
その勢いを示すように、この日は飯塚市に福岡県内外から1000人超もの観衆が集まった。人口が約12万人の飯塚では驚異的な数字である。

大会終了後に売店で選手と交流ができるのも魅力のひとつ。最後まで会場には笑顔が絶えなかった

この日、王者ベルトを防衛した佐々木日田丸選手。入退場時、花道に子供たちが駆け寄ってくる

台湾出身のジェット・ウィー選手。当日は彼の試合を観戦するため、台湾からも団体客が来ていた

入場中は「自称・福岡の有名人」ばってん×ぶらぶら選手によるちびっこプロレス教室が開催される
この異色のプロレス団体の代表を務めるのが理事長の筑前りょう太氏だ。団体創設のきっかけはレスラーとしての挫折から始まったと語る。
「レスラーとしては本場メキシコでデビューしたんです。現地で厳しい修行を積み、日本に凱旋してスーパースターになる計画でした(笑)。
ところが、凱旋試合でしょっぱい試合をしてしまって......、そこからも思うようにチャンスをつかめないまま挫折してしまった。それで27歳の頃、地元の九州に帰ってきたんです。
バイトをしながらインディペンデントのプロレス団体の試合に出る生活で、当時はまさにフリーターのようでした」

花道を歩く代表の筑前りょう太氏。営業部の熊谷氏は「プロレス大好き少年がそのまま大人になったような人」と評する
自分の現状に情けなさが募る日々。だが、地元の人たちの反応は温かかった。
「故郷を捨てるように出ていったのに、戻ってきたら何事もなかったかのように優しく接してくれる。そんな地元に対して自分は何を返せるのかという思いが湧き上がってきたんですよ。
それで『今までもらった元気を返せる組織をつくろう』と思って始めたのが九州プロレスだったんです。NPO法人にしたのは地域への恩返しがしたい一心で、当時はそこまで深い意味はありませんでした(笑)」
ひとりで始めた団体も今年で設立17年目を迎え、所属するレスラー・スタッフ合わせて25人の組織となった。事業が軌道に乗る無料興行を開催し始めたのは8年前の17年からだ。なぜこのような思い切った方針にかじを切ったのか。
「九州に元気を与えるという目標を実現するにはどうしたらいいか。それを考えているうち、チケットを売ってさまざまな場所で試合を開催しても、活力を届けられる範囲がプロレスの魅力をすでに知っている人たち中心になっていることに気がつきました。
私の理想は1954年頃に街頭テレビで力道山先生の試合が流れていた当時の風景。あの頃、お金がなくても街頭テレビの前に集まりさえすれば、みんなが元気をもらえた。それをヒントに無料開催を始めたんです」
こうして無料開催を始めたことで入場者数が増加。中でも子供の姿が目立つようになった。限られた人にしか届いていなかったプロレスが広がり始めたのだ。
こうした新しい取り組みについて、ほかの団体はどう見ているのか。宮城県を拠点に活動する女子プロレス団体・センダイガールズプロレスリングで社長を務める里村明衣子氏は「簡単にまねできるものではない」と断言する。
「興行において無料開催は一番難しいんです。まずあるのが、当日にならないと集客数がわからない怖さ。興行当日の天候などにも簡単に左右されてしまいます。
有料だったら悪天候でも『チケット代を払ったから』と来てくれますが、無料の場合『行かなくてもいい』となる人も多い。無料にすれば簡単に集客できるわけではありません」
プロでも難しいと断言する無料開催を毎回成功させている秘訣とはなんだろうか。
「毎大会きちんと集客が成り立っているのは、営業陣の相当な努力があるはず。協賛企業だけでなく、地域の学校や施設にも相当足を運んでいるのではないでしょうか。
もちろん、興行の面白さや選手の質も高くなければ観客は来ない。団体としてのレベルが高くなければ、この結果には結びつかない。本当に素晴らしいことだと思います」
【投資としてフロントを強化】そんな九プロの骨格を支えているのが営業部門だ。前出の筑前氏は「20年に転機のひとつがあった」と語る。
「そのときに大型の借り入れをしてフロントを8人雇いました。それまで『低賃金でもいいからプロレスの仕事をしてみたい』というファンに近い人を中心に雇っていましたが、プロレス愛があっても業績にはなかなか結びつかないジレンマがあった。
そこでプロレスへの関心は低くてもビジネス目線で考えられる人材を、テレビやサッカー関係など他業種から積極採用しました。人件費は上がりましたが、投資と割り切りましたね」
通販会社のマーケティング部門を経験後、20年に九プロの営業として採用された熊谷 亮氏は当時を「完全に無法地帯だった」と振り返る。
「試行錯誤の跡は見られましたが、まだまだ営業体制が整っていなかった。それまでは選手が直接営業に赴き、そこからまた知り合いを紹介してもらうような、ひと昔前のプロレス業界の慣習に倣った営業をしていました。ただ、それではマンパワーや再現性に限度がある。
そこで電話でアポイントを取る専業スタッフを設置し、実際に取引先に赴くのは営業という形にすることで取引社数を一気に増やしました。ある意味、何も整っていなかったので筋道をつくりやすかったとも言えます」
営業から見た九プロの強みは「やはり地道な福祉活動を行なっていること」だと熊谷氏は語る。
「保育施設や高齢者施設などへの訪問によって共感が得られやすいのは確かです。福祉活動に興味を持ちつつも、具体的にどう貢献できるか考えあぐねている経営者は多い。そこにうまくフィットしているんですね。
また、九プロはファミリー層がターゲットです。通常、プロレスといえばコアなファンが通うイメージですが、実際に九プロの会場に足を運ぶと、景色がまったく違う。
協賛企業の経営者の方々は、家族連れで子供から老人までが地元で楽しむ姿に胸を打たれるようです」
一方、冒頭で挙げたように業績は好調だが課題も見えてきたという。
「売り上げを一気に伸ばした分、全体的に頭打ちの状況になってきました。例えば、興行は週末開催ですが、週末の数は限られているわけです。
さらに同じ地域で何度も開催すれば、さすがに協賛企業の伸びも鈍くなる。そもそも開催日数を増やして観客数が増加しても無料開催なので売り上げが増えるわけではない。
そうなるとグッズ売り上げや協賛額などをいかに上げていくかが重要になってきます。まだまだ課題は山積みですが、知恵を絞って乗り越えていきたいと思います」
【初心者にも伝わるプロレス】営業努力で成り立っている無料開催だが、それをきっかけに会場に訪れた観客が夢中になって楽しめる理由はもちろんリングの上にある。
WWEの元スーパースター・TAJIRI選手は九プロの魅力を「わかりやすさにある」と語る。

「現代のプロレス界で数少ない、初見の家族連れが楽しめる団体だと思えたのが入団理由のひとつ」とTAJIRI選手
「マニア向けのプロレスではストーリーにこだわるあまり、複雑な因縁をリングに持ち込んで見せようとしてしまう。そうすると子供はもちろん、初見の観客は理解できなくなってしまうわけです。
もうひとつありがちなのが、複雑な技が中心になり、リングで何が起きているのか観客がわからなかったり、過激な技が増えてどんどん感覚がマヒしていったりする状況です。
九プロの選手はシンプルかつ説得力のある技が中心。少ない技数でも会場を盛り上げられるよう配慮しています。
キャラクター性もわかりやすいですよね。阿蘇山選手や桜島なおき選手など、名前を聞くだけで九州モチーフだとすぐわかるキャラクターのレスラーたちが出てくる。興行団体として、こうした基礎的なことに重きを置いているのが成功の秘訣のひとつだと思います」
【地方創生2.0の実践者】九プロでは九州の自治体とホームタウン協定を結んでタッグで街を盛り上げる試みも行なわれている。
具体的には自治体が九プロに対して、興行用の会場を無料で貸し出す、協賛企業や訪問先施設の候補を紹介するといった取り組みだ。
24年に協定を結んだ福岡県古賀市の田辺一城市長は年に1度、市内で開催される興行を楽しみにしていると熱く語る。
「九州という冠をつけたところがカッコいいよね。九プロを見ると選手たちの個性や物語が伝わってくる。それらが観客それぞれの心に深く刺さるから多くの人に見てもらえるんだと思います。
今、盛んに叫ばれている地方創生2.0とは、地方に人の流れをつくるということ。言葉はいいが、現実としてはなかなか厳しい。
実践者が増えない中、九プロは地方への人の流れを生み出す存在として先鞭をつけてくれているという認識です。こうした有望な団体とタッグを組めるというのはすごくありがたいことです」

会場には協賛企業を応援する選手の等身大パネルが展示され、フォトスポットとしても活用されている
プロレスの枠を広げつつ、成長する九州プロレス。前出の筑前氏はさらに大きな目標があるという。
「自分が大好きなプロレスを、出合ったとき以上の盛り上がりにして次世代に受け継がせたいんです。この産業をつくってくれた先人たちから『プロレスを預かっている』という意識を忘れず、1954年のプロレス界の夜明けを超える盛り上がりを、2054年のプロレス100周年時に生み出していたい。
そして次の世代に渡すのが僕の究極の目標です。なんというか......ひとつの命のつながりとしての役割だと思うんです。九プロはプロレス発展のためのひとつのツールに過ぎない。プロレスという文化産業の発展を願っています」
「九州ば元気にするバイ!」の理念を胸にプロレス業界の発展を目指す九州プロレス。その闘いは、まだ始まったばかりだ。
取材・文/南ハトバ 撮影/宮下祐介
記事提供元:週プレNEWS
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