【短期集中連載】伝説の野球漫画『どぐされ球団』の圧倒的魅力を掘り起こす!<第1回>
イチオシスト

夏の甲子園大会、準決勝、0対0の7回裏、両校エース同士の投打対決--。第一球を振りにいった打者の右手人差し指にボールが直撃する。球審は死球と判定したが、打者はファウルとアピールし、あえて勝負に挑む。指は第二関節付近で完全骨折していた。
もう投げられないと悟った打者=エースは、二番手が相手打線を抑えるのは難しいと判断。ここで勝負を懸けるしかないと第二球を強振すると、スイングの衝撃で人差し指は切断されてしまう。
肉片となった指先が黒土のグラウンド上に飛び、左翼ポール際へのホームラン性の飛球は場外ファウルとなった。打者は再び打席に立とうとするのだが、駆け寄った監督の前で倒れ込む--。

強烈なシュートが右人差し指に直撃、指がプランプランになるも打席に立ち、次のストレートをフルスイングすると指がちぎれてしまった鳴海真介。球を投げられなくなった驚異的な飛距離を持つ天才バッターは、「どぐされ」ばかりの明王アタックスへと入団する ©竜崎遼児/集英社
そんなショッキングな場面とともに始まる野球マンガが、昭和の時代にあった。タイトルは『どくされ球団』(竜崎遼児)。今はなき月刊少年ジャンプ(集英社)で1976年から82年にかけ、当時のプロ野球と同時進行する形で連載された。甲子園の場面は回想であり、高校野球ではなくプロの世界を描いた作品だ。
筆者は高校生の頃に初めて読み、まず指がちぎれる描写に驚かされた。ちぎれる前の、「ブラリ」と垂れ下がる指先に慄(おのの)いた。大学生になって、古本屋を巡っていたとき、単行本全19巻セット売りを発見。即購入して一気に読破したきには、現実のプロ野球に限りなく近いマンガなんじゃないか、と感じた。
主人公は指がちぎれた鳴海真介。野球生命を絶たれたかと思いきや、遠くへ飛ばす力を評価され、代打専門で生きる道を球団スカウトから提示される。球団はセ・リーグの明王アタックス。作品においては巨人、阪神、中日、ヤクルト、広島、大洋(現DeNA)に明王が加わり7球団のリーグという設定だ。
鳴海は野球をあきらめ、故郷の長崎・五島市で家業の漁師になるつもりだった。甲子園大会から1ヵ月後、砂浜で海に向かってボールを投げ、まさに野球を捨てようとしていた。が、人差し指の指先がない右手では投げられず、勢い余ってよろめく。そこにスカウトの根津甚六が現れ、こんな話を切り出す。

明王アタックスのスカウト・根津甚六が鳴海を口説く名場面。160m飛ばせる逸材なら、代打専門でも喉から手が出るほどほしいのは間違いない ©竜崎遼児/集英社
「球を投げられない野球選手というのもおかしな話じゃが......。うちのアタックス...いや、どぐされ球団といったほうがわかりが早いかな......。うちにはそういった、いっぷうかわった連中がゴロゴロいるんじゃよ......」
いざ入団すると、元バスケットボール選手で身長210センチの一塁手は隻眼。アクロバット守備が売り物の二塁手はサーカス団出身で、4番を打つ巨漢の正捕手は元力士。かと思えば、顔面いっぱいに十字型の傷跡があるエースは「殺し屋」と呼ばれていたり、遊撃手は元スリグループの一員だったりする。
体のハンデを持つ者、他競技出身者、犯罪歴がある者、だが、いずれも野球に懸ける情熱は半端ではない。そして、選手各々の過去を、何も知らない新人の鳴海が知っていくプロセスそのものが、当初は作品の基本ストーリーになる。
過去の極めつけは、5番を打つ外野手の出自だろう。何しろ、アタックスのホーム球場に捨てられていた"捨て子"である。球場住み込みの支配人に拾われて育てられたため、土から風までグラウンドのあらゆる特性を熟知している。
「いっぷうかわった連中」は選手だけではない。大リーグ仕込みの野球頭脳を持つ隻腕のヘッドコーチ、左右両方で投げられる打撃投手、超人的な嗅覚を持つ盲目のトレーナー等々、首脳陣もチームスタッフも独特だ。

驚くほど手が早い明王アタックス監督・牛島虎雄が鳴海に右ストレートを放った。令和のコンプライアンス的には一発退場だが、昭和の「どぐされ球団」では日常の光景だった ©竜崎遼児/集英社
そういうなかで監督の牛島虎雄、スコアラー兼任の根津は比較的、"どぐされ度"が低い。が、熱血漢の牛島はよく殴る。選手どころか、球団オーナーまで殴る。トレードの案件をめぐって衝突し、現場に介入したからなのだが、それでも監督がクビにならないところが、どぐされ球団たる所以だろう。
では、牛島率いるアタックスは強いのか、弱いのか。連載第1回で「8連敗の責任をとって頭を丸めた」と牛島自身が言うとおり、決して強くはないと想像がつく。守備には定評がある反面、高校出の新人投手にノーヒットノーランを達成されかかるほどの貧打が原因で、下位に低迷し続けている。
貧打解消を目指すべく、代打専門ながら、球団は強打の鳴海を獲得したわけだ。必然的に、チャンスで鳴海が起用される場面が各回のハイライトになることが多い。当然、打撃好調のときもあれば、スランプのときもある。

シュートで指を失ったトラウマで、アウトステップする癖がある鳴海。臨時コーチとしてやってきた明王OBの百地はその悪癖を修正すべく、ビルの屋上から突き出た幅30cmの鉄板の上で鳴海にスイングさせ、矯正させるという荒療治を始めた。正気の沙汰ではない ©竜崎遼児/集英社
スランプ脱出に向け、鳴海の練習相手となる打撃投手、ブルペン捕手の実像が描かれ、球団OBも登場する。鳴海の前に背番号3を付けた元三塁手で、ステップの悪癖を直すために命懸けの特訓を課す。マンガとはいえ常軌を逸している...と思うのだが、つまり、そうツッコミたくなるほど、基本、原則、リアルなのだ。
リアルという意味では、当時の現役選手が実名で登場するなか、他球団の大打者が鳴海に技術的なアドバイスをするシーン。この選手は実際こんなふうに言いそう、と思わせる。また、巨人が優勝した年に連載が始まったからか、当時の監督=長嶋茂雄の登場回数が多い。鳴海と面会する場面もある。

優勝を逃した責任を取り辞任した巨人・長嶋監督が、現役時代に使っていたバットを鳴海にプレゼントしにきたという一コマ。実在のスターが鳴海に会いに来るという展開も、読者をうならせた ©竜崎遼児/集英社
現役選手のみならず、球史に残る先達の技術がフィーチャーされ、ストーリーに生かされるケースもある。それもプロ野球草創期の伝説的プレーヤー=沢村栄治が語る「剛球投手の素質の条件」だったり、"名人"と呼ばれた内野手・苅田久徳の空タッチでアウトにする裏技だったり。
もう27年も前だが、筆者は生前の苅田に取材したことがある。そういう立場になって、あらためて全19巻を読み返すと、そこまで技術の世界を深く掘り下げているからリアルなんだな、と思える。極私的な見解だが、プロ野球のグラウンド内、グラウンド外、どちらの面白さも教えてくれる作品だ。
ゆえにマンガの歴史に残る、と思い込み、『戦後野球マンガ史 手塚治虫のいない風景』(米沢嘉博著/平凡社新書)なる一冊を手に取った。どれほどページを割いているかと思いきや、わずか2行......。しかも〈「どぐされ球団」(『別冊少年チャンピオン』〉と完全に間違っているではないか!
微かな憤りを感じつつ、こんな間違いが二度と発生しないよう、少しでも多くの野球好きに知らしめたいと思った。幸いなことに、取材の場などで「どぐされ--」と発した途端、即「読んでましたよ」と返ってくる機会が二度、三度。心強い味方を得たところで、作品世界を掘り下げていきたい。(文中敬称略)
『どぐされ球団』はこちらより。
Kindle Unlimitedでも閲覧可能!
文/髙橋安幸
記事提供元:週プレNEWS
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