受刑者が刑務所内で製作する「刑務所作業製品」は、なぜ安くて高品質なのか?
前掛けやブックカバーなど、「獄」印が強烈なインパクトを残す、函館少年刑務所で製作された「マル獄シリーズ」
先日、秋葉原のヨドバシカメラの前に人だかりができているので見てみると、文具や食器から、子供向けのおもちゃ、かばんに靴、アウトドア用品、家具、はてはお神輿までがずらりと展示・販売されていた。数百万円するお神輿はさておき、全体的に価格はかなり良心的で、しっかりとした作り。多くの人がそれらの製品を手に取って買い求めていた。
実はそれらの製品の正体は「刑務所作業製品」と呼ばれる、受刑者が刑務所内で製作した品々。刑務所作業製品とはどんなものなのか? なぜ刑務所で作られたものが高品質で安いのか? 公益財団法人 矯正協会 刑務作業協力事業部の櫻井智さんと新井睦人さんにお話をうかがう。
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●「刑務所作業製品」とは――秋葉原のヨドバシ前での展示・即売会を偶然見かけまして、「刑務所作業製品」に興味を持ちました。そもそも、この刑務所作業製品というのは何なのか教えてください。
櫻井 刑務所の中でもさまざまな刑務作業が行われていますが、その中でも事業部作業という分野があります。我々、刑務作業協力事業部はその原材料を国に提供して、受刑者はその原材料で販売することを目的とした製品を作る。そうして作られた製品を刑務所作業製品と呼んでいます。
――刑務所に入られた方は必ず事業部作業は行うのですか?
櫻井 特に懲役受刑者は何らかの刑務作業を行うことが義務付けられていますが、作業の内容にもいろいろあります。簡単に言えば、刑務所の中で食事を作ったり、清掃したり、そういった作業をすることもあります(自営作業)し、一般企業からの作業を請け負うこともあります(提供作業)。それ以外に、先ほど説明した事業部作業というものがあります。
新井 その3種類の刑務作業のうち、事業部作業でできあがった製品だけが「刑務所作業製品」と呼ばれます。よく「刑務作業製品」と間違われますが、私ども矯正協会 刑務作業協力事業部が依頼して作られたものはすべて、刑務「所」作業製品になります。公益財団法人矯正協会 刑務作業協力事業部の英訳の頭文字をとって通称「キャピック(CAPIC)製品」とも呼称されています。
――刑務所作業製品は、どういったジャンルの製品が、どれくらいの種類ありますか?
新井 まず、現在、私どもの事業部が原材料を提供している施設が全国に60施設ございます。その施設でどういった製品を作るか企画をするのは国になります。ジャンルの捉え方は悩ましいのですが、私どもでは製品を業種ごとに振り分けておりまして、木工、印刷、洋裁、金属、革工、その他という6業種に分類をしています。なので、製品のジャンルがそれに当たるかは分かりませんが、大きく分けて6種類の業種があります。
その中で品目数は、もうすでに生産中止となり在庫のみになっている製品を除き、約3500種類の製品があります。
大阪刑務所や新潟刑務所で作られた箸
――施設ごとに業種は違うのでしょうか?
新井 施設によって取り扱っている業種は様々ですが、施設ごとの特色はあります。例えば府中刑務所ですと1枚板のテーブルやベンチ、椅子といった家具類、箱ものが作られています。甲府刑務所と加古川刑務所ではソファー、岐阜刑務所では比較的可愛い色をした子供向けのタンスなどを作っています。
府中刑務所で作られた一枚板のテーブル
甲府刑務所製のソファー
新井 宮城刑務所では、手の込んだ仏壇とか、整理ダンス、チェスト類、秋田刑務所でもチェスト類が作られています。昔みたいに、洋服箪笥とか彫り箪笥とかはなかなか売れなくなっているので、比較的小型家具が多いです。高松刑務所は民芸の金具を付けたような箪笥を作っていて、あとは、書棚は高知刑務所が製作しています。
どの宗派でも使える宮城刑務所製の仏壇
櫻井 やはり刑務所のある地域の特色が製品に反映されてることが多いですね。秋田刑務所だと木材が豊富なので木の製品が多かったり。
新井 また、伝統的な工芸品とは別に地場産業みたいなものがあって、それを活かした製品もあります。例えば、黒羽刑務所で製作していた日光彫というのがあったんですが、今は閉庁になって、喜連川社会復帰促進センターに生産場所を変えて、そこでも彫刻が施された箱などが作られています。
喜連川社会復帰センターで作られている日光彫の小物タンス
新井 あとは大阪刑務所ですと、堺式手織緞通(だんつう)という、一針一針縫っていくペルシャじゅうたんのような織物があります。製作に3年近くかかっていて、「ミュシャ展」に展示されたりもしました。また、木の宝石と言われる、紫檀・黒檀・花梨で小物入れ、文鎮や箸を作っています。
大阪刑務所製の堺式手織緞通の作品
新井 他にも、三重刑務所だと伊勢木綿を使用した製品、女子刑務所の笠松刑務所は七宝焼で焼き物やブローチなど、富山刑務所ではお御輿、焼き物ですと山口刑務所の萩焼や岡山刑務所の備前焼などがあります。青森刑務所は津軽塗、沖縄刑務所ではかりゆしウェアを作っています。あと、熊本刑務所は剣道の防具を作っていますが、受注生産で5年先まで予約が埋まっている状態です。
櫻井 刑務所によって、刑期が長いところも短いところもありますし、受刑者の特質もあります。そういった部分も製品に反映されているところはありますね。長期受刑者だと、作るのに時間が長くかかるものを作ることがあります。
●どこで購入できるの?――各製品を作っている方は何人いますか?
櫻井 刑務作業の従事者は大体32000人ぐらいで、その中で事業部作業に従事している人は、令和6年度末、今年の3月31日付けで4350人です。その中で実際に製品作りをしているのが何人かいるかまでは、こちらでは把握ができません。
――多くの受刑者の方は、収監された当初はモノづくりの素人であると思いますが、これらの製品の作り方はどのように覚えていくのですか?
櫻井 各施設に作業専門官という名称の職員がおります。それは専門の技術とか資格等を持った職員でして、その職員が「こういった製品を作りたい」という企画提案を我々にしてくるんですね。それを我々のほうで確認してOKが出れば、先ほど言った通り、その分の原材料を提供します。その作業専門官が受刑者に指導して、製品を製作していくという過程になります。
キャピックショップ店頭
――製品を見ていると、中には危険な作業が伴う作業もあるのでは?と思いますが。
櫻井 確かに刃物を使ったりする作業もあります。それは国の方で判断しているので私どものほうでは分かりませんが、受刑者によってこの作業は「適する」「適さない」というのを判断しているのだと思います。
――各商品はどこで購入できますか?
櫻井 ひとつは専用のインターネット販売サイト「e-shop」があります。ここ以外でインターネット上で買えるのは「ヨドバシ・ドット・コム」だけです。ネット上でキャピック製品が買えるのは正確にはこの2種類しかありません。これ以外のショッピングサイトやフリマアプリなどで売っているものは全て転売品ということになります。
もうひとつは「矯正展」と呼ばれるイベントです。刑務所等の施設で毎年1回ほど、矯正展という即売会を実施しています。また、今年の12月6日(土)・7日(日)には全国の刑務所作業製品が集まる「第65回全国矯正展」が東京国際フォーラムで行われます。
また、全国の刑務所のうち、33か所には刑務所作業製品を販売している「常設展示場」という店舗が付設されています。また、この矯正協会のある建物の1階には「キャピックショップなかの」があります。ここでもキャピック製品が販売されています。またキャピック製品が購入できる自動販売機も設置してあります。
この他に、最初にヨドバシカメラのお話がありましたが、刑務所以外の民間の商業施設や公共機関などで即売会が行われることがあります。
東京都中野区新井にある「キャピックショップなかの」
店頭には大ヒット洗剤「ブルースティック」も購入できる自販機が設置されている
――ヨドバシカメラの店頭で即売会が行われたり、ヨドバシ・ドット・コムでキャピック製品が購入できたりするということは、何か提携をされているのでしょうか?
新井 ヨドバシさんの方からアプローチをいただきまして、我々の事業に非常に共感してくださいました。ただ、我々は公益財団法人で、利益を追求しない団体です。さまざまなところからお声がけいただくのですが、製品を卸す場合に「売上の何パーセントかをください」と言われても、我々は利益を上げていないのでそもそもお支払いできないんです。でもヨドバシさんはそういったところも理解していただいて、ご協力をいただけるということなので、売り場をご提供いただいたり、インターネット販売もしていただいたりしています。
櫻井 我々の製品に非常に関心を持っていただいて、ありがたく思っています。

汚れがよく落ちると評判の「ブルースティック」の液体版●刑務所作業製品の魅力
――今のお話にもあったように、矯正協会は利益を追求していないのでキャピック製品は安い、というのが魅力のひとつではありますが、他にキャピック製品のいいところはどこですか?
櫻井 ひとつは先ほどもお話ししたように製品の種類が3500あるというところです。しいたけとかうどんといった食品から、神輿まで幅広く作っているのが魅力です。これも先ほど説明した通り、作業専門官が施設ごとの得意分野や地域の特色等に合わせて製品を作ってるということにも関係しています。
ふたつめは、やはり全製品がメイドインジャパンで、手作りで品質もいいということではないかと思います。「心をこめた手づくりの逸品」というのがウチのキャッチフレーズですが、その通り、受刑者ひとりひとりが手作業で作っています。また原材料も、例えば木材や革も本格的な素材を使用していますので、高品質だと思います。
キャンプ、バーベキュー用品
財布、キーケースなどの革製品
丈夫なつくりの革靴
櫻井 3つめは今お話にあったように、非常に価格設定が良心的ということです。我々が行っているのは公益目的事業なので、利潤を追求していません。なので、販売価格は低く抑えて、たくさんお客さんに買っていただけるようにしています。
最後に、売上の一部を犯罪者支援団体の方に充てています。そういう意味では、製品を購入することで社会貢献に繋がるのではないかと考えています。
――ありがとうございます。今の話と関連しますが、最後に、キャピックの活動内容や、その売上額の使われ方などを教えてください。
櫻井 我々は、受刑者が行う膨大な刑務作業の一端を担っているので、その作業を安定的に確保することが大事だと考えています。また、その作業は1から手作りで行われるので、受刑者の能力を高めたり、勤労意欲を高めることに協力しており、しいては就労支援、社会復帰に貢献していると思っています。
売上については、そのほとんどを原材料の購入費に充てていて、原材料の提供→製品の製作→販売→原材料の提供、ということを回転していることになります。それ以外には、先ほど言った犯罪被害者支援団体に助成していまして、本年度は7団体に助成しております。この助成は平成17年度から始まったんですが、累計で8500万円、これまで助成を行っているので、そういう活動にもご理解いただきたいと思います。
スポーツチームとのコラボも行っている
■キャピックショップなかの
東京都中野区新井3-37-2
営業時間:10時~17時
定休日:日、月、祝日
e-shop:https://www.e-capic.com/
■第65回全国矯正展(全国刑務所作業製品展示即売会)
日時:
2025年12月6日(土)10:00~17:30
2025年12月7日(日)9:30~15:30
場所:東京国際フォーラム(東京都千代田区丸の内3-5-1)
https://www.moj.go.jp/kyousei1/kyousei05_00240.html
取材・文/酒井優考 撮影/山添 太
記事提供元:週プレNEWS
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