余命宣告から1年半…献身介護で夫婦が見つけた「最高の喜び」5年後に再訪:家、ついて行ってイイですか?
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イチオシスト
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10月12日(日)に放送した「家、ついて行ってイイですか?」(毎週日曜夜8時50分)では、山口・防府市で出会った孝さん(83)の家について行きました。
【動画】余命宣告から1年半…献身介護で夫婦が見つけた「最高の喜び」5年後に再訪

移動販売車で買い物をしている男性を発見! ポテトサラダやカボチャの煮付けを買いに来たそう。「家、ついて行ってイイですか?」と聞くと、「いいですよ!」と快諾してくれました。ありがとうございます!

孝さんは83歳! 若々しい見た目に、取材Dは驚きを隠せません。
築80年のお家に到着すると、妻の愛子さん(80)が優しく迎えてくれました。
「親父が家を建てた。僕は2代目」と孝さん。5LDKの広々した間取りに加え、離れも。
孝さんと愛子さんは3人のお子さんに恵まれ、長女は山口県、長男は東京、次女は兵庫県で暮らしています。孫は2人、半年前にひ孫も誕生したそうで、孝さんは「時々ビデオを送ってくれる」と笑顔に。

孝さんの勉強部屋も見せてくれました。落ち着いた雰囲気で、「県の職員を退職した日に知事からもらった」という表彰状が飾られています。
孝さんは放射線技師として、45年間、職を全う。高校卒業後は自衛隊に8年いましたが、その間、放射線技師の学校に通わせてもらい、県立病院の放射線科に入職。「(急患の呼び出しで)寝たと思ったら、すぐに飛び起きたこともある」と孝さん。そのため「(当時は)家のことを一切したことがない」と話します。

「今は僕が主夫」と話しながら台所へ。以前は愛子さんが料理をしていましたが、体調を崩したのを機に、孝さんが料理するように。80歳を過ぎて初めて台所に立ちました。

冷蔵庫の中はきれい整理されており、愛子さんのために常備したフルーツを発見!
タッパーに入った自家製の「キュウリのピクルス」は、ポン酢とキムチの素を使った独自のレシピ。味見をした取材Dは「美味しい!」と感想を。

野菜を育てている畑も見せてくれました。広々としており、「ちょこっと使うにはちょうどいい広さ」と孝さん。シソ、ナス、キュウリ、アシタバ、ウメなどを育てており、愛子さんが好きな梅酒も漬けています。

夫婦でもらった勲章「瑞宝双光章」を見せてくれた愛子さん。14年前、天皇陛下から授与されたそうで、2人は帝国ホテルで着付けをしてもらった時のことを回想します。
「夫婦で遠出をしたのは、これが最後」(孝さん)。

ご夫婦はお見合い結婚。孝さんが27歳、愛子さんが24歳の時でしたが、周りに「もう歳だから結婚しなさいよ」と急かされそう。
新婚当初、2人は離れで暮らしていたそうで、愛子さんが元気な時に読んでいた本がずらり。ここで、愛子さんが直腸がんを患っていることが分かります。

病院に行った翌々日に緊急手術を行い、人工肛門をつくりましたが、すでに手遅れで腫瘍を取ることはできませんでした。孝さんは「徐々に進行していると思う」と打ち明けます。
「余命半年と言われた時は、さすがにショックだった。『去年の暮れまで、半年以内でしょう』ちゅうことを言われていたが、もう1年半になる」(孝さん)。
愛子さんは医師の宣告よりも長生きしており、孝さんは「生きようとする意欲。それがすごい」と話します。

愛子さんいわく、孝さんは亭主関白で、家事は全て愛子さんに任せきり。手伝うこともせず、声もかけなかったといいます。
しかし、病気になってからの孝さんは「まるで違う」そう。愛子さんは「夜中も起こして助けてもらわなきゃいけんことがある。夫はその世話をずっとしていかにゃいけん。私は『死んだ方がいいよ』と言ったが、夫が『いや、生きなきゃ!』と励ましてくれて、美味しいものを食べさせてくれる。庭で珍しい花が咲いたら、花瓶に挿してくれる」と感謝します。

以前とは別人のように献身的になった孝さんの優しさに触れ、「本当にびっくりした。これだけの親切があるんだって」と、愛子さんの目から涙がポロリ。「私としては、今、最高の喜び」と孝さんへの感謝を口にします。

孝さんは畑のアシタバを見ながら「葉っぱを取ると、明日には次の葉が出るっちゅう植物。(アシタバのように)どんどん妻の足腰が元気になってくれたらいい」と話します。
この取材から5年後、再び孝さんのお家を訪ねました。続きは「TVer」で。
日曜夜8時50分からは、「家、ついて行ってイイですか?」を放送!
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移動販売車で買い物をしている男性を発見! ポテトサラダやカボチャの煮付けを買いに来たそう。「家、ついて行ってイイですか?」と聞くと、「いいですよ!」と快諾してくれました。ありがとうございます!

孝さんは83歳! 若々しい見た目に、取材Dは驚きを隠せません。
築80年のお家に到着すると、妻の愛子さん(80)が優しく迎えてくれました。
「親父が家を建てた。僕は2代目」と孝さん。5LDKの広々した間取りに加え、離れも。
孝さんと愛子さんは3人のお子さんに恵まれ、長女は山口県、長男は東京、次女は兵庫県で暮らしています。孫は2人、半年前にひ孫も誕生したそうで、孝さんは「時々ビデオを送ってくれる」と笑顔に。

孝さんの勉強部屋も見せてくれました。落ち着いた雰囲気で、「県の職員を退職した日に知事からもらった」という表彰状が飾られています。
孝さんは放射線技師として、45年間、職を全う。高校卒業後は自衛隊に8年いましたが、その間、放射線技師の学校に通わせてもらい、県立病院の放射線科に入職。「(急患の呼び出しで)寝たと思ったら、すぐに飛び起きたこともある」と孝さん。そのため「(当時は)家のことを一切したことがない」と話します。

「今は僕が主夫」と話しながら台所へ。以前は愛子さんが料理をしていましたが、体調を崩したのを機に、孝さんが料理するように。80歳を過ぎて初めて台所に立ちました。

冷蔵庫の中はきれい整理されており、愛子さんのために常備したフルーツを発見!
タッパーに入った自家製の「キュウリのピクルス」は、ポン酢とキムチの素を使った独自のレシピ。味見をした取材Dは「美味しい!」と感想を。

野菜を育てている畑も見せてくれました。広々としており、「ちょこっと使うにはちょうどいい広さ」と孝さん。シソ、ナス、キュウリ、アシタバ、ウメなどを育てており、愛子さんが好きな梅酒も漬けています。

夫婦でもらった勲章「瑞宝双光章」を見せてくれた愛子さん。14年前、天皇陛下から授与されたそうで、2人は帝国ホテルで着付けをしてもらった時のことを回想します。
「夫婦で遠出をしたのは、これが最後」(孝さん)。

ご夫婦はお見合い結婚。孝さんが27歳、愛子さんが24歳の時でしたが、周りに「もう歳だから結婚しなさいよ」と急かされそう。
新婚当初、2人は離れで暮らしていたそうで、愛子さんが元気な時に読んでいた本がずらり。ここで、愛子さんが直腸がんを患っていることが分かります。

病院に行った翌々日に緊急手術を行い、人工肛門をつくりましたが、すでに手遅れで腫瘍を取ることはできませんでした。孝さんは「徐々に進行していると思う」と打ち明けます。
「余命半年と言われた時は、さすがにショックだった。『去年の暮れまで、半年以内でしょう』ちゅうことを言われていたが、もう1年半になる」(孝さん)。
愛子さんは医師の宣告よりも長生きしており、孝さんは「生きようとする意欲。それがすごい」と話します。

愛子さんいわく、孝さんは亭主関白で、家事は全て愛子さんに任せきり。手伝うこともせず、声もかけなかったといいます。
しかし、病気になってからの孝さんは「まるで違う」そう。愛子さんは「夜中も起こして助けてもらわなきゃいけんことがある。夫はその世話をずっとしていかにゃいけん。私は『死んだ方がいいよ』と言ったが、夫が『いや、生きなきゃ!』と励ましてくれて、美味しいものを食べさせてくれる。庭で珍しい花が咲いたら、花瓶に挿してくれる」と感謝します。

以前とは別人のように献身的になった孝さんの優しさに触れ、「本当にびっくりした。これだけの親切があるんだって」と、愛子さんの目から涙がポロリ。「私としては、今、最高の喜び」と孝さんへの感謝を口にします。

孝さんは畑のアシタバを見ながら「葉っぱを取ると、明日には次の葉が出るっちゅう植物。(アシタバのように)どんどん妻の足腰が元気になってくれたらいい」と話します。
この取材から5年後、再び孝さんのお家を訪ねました。続きは「TVer」で。
日曜夜8時50分からは、「家、ついて行ってイイですか?」を放送!
▼北海道の青春…男子寮の衝撃ザリガニ飯!
▼離島と二拠点生活…でも夫婦円満の秘訣
▼親孝行3兄妹…母想う感謝の言葉に涙
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記事提供元:テレ東プラス
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。
