東京開催の世界陸上は成功だった? 日本勢の強化面からプレイバック
9月13~21日に開催された「東京2025世界陸上」。東京では34年ぶりとなった超人たちの〝大運動会〟は、大熱狂のうちに幕を閉じた。4年前の東京五輪は無観客開催だったが、今回は国立競技場に合計61万9288人もの大観衆が押し寄せた。チケットが完売となった日も多く、最終日には最多の5万8723人が来場した。
スタジアムの雰囲気も素晴らしかった。今大会3本のレースに出場した田中希実(ニューバランス)は、女子5000mの決勝後に「予選も歓声がすごいと思ったんですけど、それ以上。自分の集中を突き破るぐらいでした」と大声援を表現している。
さらに、何度も世界大会を経験してきた桐生祥秀(日本生命)も「これだけの大歓声の中を今後走ることはほぼないと思う」と話したほどだ。
大会をライブ中継したTBSは、大会全日程を通じた視聴人数が7977万人を突破したと発表している。大会最終日の平均世帯視聴率は19.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)、瞬間最高視聴率は個人21.6%、世帯31.7%に到達した。
大会が盛り上がった一方で、ウオーミングアップなどで使用するサブトラックが国立競技場から約3km離れた代々木公園陸上競技場に設けられたことが問題視された。
専用バスで約15分の移動を余儀なくされたことに不満を漏らす選手もいたが、男子棒高跳びではアルマンド・デュプランティス(スウェーデン)が6m30の世界記録を樹立。そのほか、今回は大会記録が9つ、エリアレコードも9つ更新された。
一昨年のブダペスト世界陸上(ハンガリー)では大会記録が7つだったことを考えると、記録水準は上々だったと言えるだろう。
世界陸連のセバスチャン・コー会長は、「東京五輪が無観客開催になると決まった後、東京で世界陸上を開催すると約束しました。私たちがその約束を守り、東京都がスタジアムを熱狂的なファンで満員にするという約束を守ってくれたことをうれしく思います」と感謝の言葉を述べている。
では、開催国となった日本勢の活躍はどうだったのか。メダル2つ、メダルを含めた入賞は11とブダペスト大会に並ぶ〝過去最多タイ〟の好成績となった。
日本陸連の有森裕子会長は、「まだアスリート気分が抜けなくて、34年前に出場した自分と照らし合わせながら見ていて、とにかく毎日が感動しかなかった」と大会を振り返った。そして日本代表の活躍には、「自分たちが世界に近づける、というパフォーマンスを感じました」と評価している。
1991年の東京世界陸上は男子マラソンで谷口浩美が金メダル、女子マラソンで山下佐知子が銀メダルを獲得したが、入賞は6つ。トラック&フィールドでは男子400m7位の高野進だけだった。山崎一彦強化委員長も日本勢の戦いをこう総括した。
「プレッシャーのかかる中で結果を出せない弱い日本人、という印象を脱却できたかなと思います。ダイヤモンドアスリートを中心に、日本の宝が生まれ、ダイヤモンドリーグ転戦や海外を拠点にし、メダルや入賞の再現性という流れをつくってくれました」
日本勢のメダルは、競歩の藤井菜々子(写真)と勝木隼人の銅メダル2つ。入賞選手は多かったが、結果をどうとらえるか
ただ、数字の上では過去最高タイの活躍だが、インパクトにはやや欠ける印象だ。メダル獲得は銅のみで、男子35km競歩の勝木隼人(自衛隊体育学校)と女子20km競歩の藤井菜々子(エディオン)。一方で金メダルを期待された種目での〝取りこぼし〟が目立った。
男子35km競歩でトップを独歩していた川野将虎(旭化成)、女子やり投げでブダペスト世界陸上とパリ五輪を制した北口榛花(JAL)、男子20km競歩の世界記録保持者・山西利和(愛知製鋼)はメダルを逃しただけでなく、入賞にも届かなかった。
かつて日本のお家芸だった4×100mリレーは6位。バトンパスのうまさで世界との差を埋めるのは困難になってきた
注目度が高かった男子100mと同4×100mリレーも振るわなかった。100mは3人全員が予選で敗退。4×100mリレーはジャマイカ、英国、南アフリカという上位候補が予選で自滅したにもかかわらず6位に終わった。
アンカーで好走した鵜澤飛羽(JAL)が「シンプルに足の速さが必要かな」と話したように、バトンパスの巧みさだけでは勝負できなくなっている。男子100mは最低でも9秒80台の自己ベストを持っていないと決勝進出が難しい時代になっていることを認識しなくてはいけない。
34年前の東京世界陸上といえば、「マラソンで谷口浩美が金メダルを獲得して、400mで高野進が初めてファイナリストになった大会」と即座に出てくるが、今大会はどうなのか。日本勢のMVPと言える決定的な活躍がなかったような気がしている。
一方で山崎強化委員長が「最終到達点はロサンゼルス五輪」と話したように、五輪を見据えた強化としては今年が1年目。3年後のロス五輪に向けては明るい材料もたくさんあった。
レース前のポーズも話題になった、110mハードルで5位に入った村竹ラシッド。ロサンゼルス五輪への希望を抱かせた
中でも期待が高いのは、男子110mハードルで5位に入りながら号泣した村竹ラシッド(JAL)や男子400mで日本人最高の6位入賞を果たした中島佑気ジョセフ(富士通)、男子3000m障害でメダルを争いながら、ケニア人選手と接触して8位に終わった三浦龍司(SUBARU)だろう。
3人は2002年の早生まれ。現在23歳で、北京世界陸上を25歳、ロス五輪を26歳で迎えることになる。今大会の経験を糧にできれば、ロス五輪ではメダルに手が届くかもしれない。
それから、男子100mでは高校2年生ながら7月のインターハイで10秒00をマークした清水空跳(星稜高)という新たな才能も。初入賞した男女混合4×400mを含めて、戦略次第では各リレー種目でも上位入賞が期待できる。
日本陸上界の課題は、国立競技場に集まった〝熱〟をどこまで維持できるか。まずは来年6月に名古屋で開催される日本選手権につなげたい。
取材・文/酒井政人 写真/アフロ
記事提供元:週プレNEWS
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