【潜入ルポ】「ゾンビたばこ」が蔓延する沖縄のリアル
沖縄有数の歓楽街である那覇市松山の様子。米兵が所有するアメリカナンバーの車も多く周辺を走っていた
沖縄で、「ゾンビたばこ」の異名を持つドラッグの蔓延が深刻化している。海外から持ち込まれた麻酔薬由来のニュードラッグ「エトミデート」は、沖縄の若者の間で「笑気麻酔」と呼ばれ、急速に広がっている。
現地を緊急取材すると、行き場を失った少年少女たちを取り巻く闇が浮かび上がってきた。
■動画に映された痙攣する乱用者たちスナックか、キャバクラか、あるいはバーか。背の低いソファとテーブルが並ぶ空間に男女の声がスマホの画面越しに響く。視線の定まらない若い男がふらふらとその空間をさまよう。やがてぶるぶると全身を震わせると、その場に倒れ込んだ。
エトミデートを吸ってふらつく男。取材した15歳の少年「リク」から動画を見せてもらった
別の動画に映るのは、やはり若年の男ふたり。床にへたり込む男の目の焦点は合っていない。恍惚の表情を浮かべて震える手を上げるさまは、まるで介助を求める老人のようだ。
おぼつかない手つきで、白い電子たばこのようなものを隣に座り込む短パン姿の男に手渡すと、受け取った男は〝伝染〟したかのように同じ緩慢な動きを繰り返した――。
2本の動画は、いずれもある少年のスマホに保存されていた。「リク」と名乗るその少年の年齢は15歳、中学3年生だ。疑うような目つきと伸ばした襟足に反抗の痕跡がうかがえるが、表情にはまだあどけなさも残る。筆者に示した動画は、「したとも(親しい友人)」の間で回っているものだという。
「両方、『笑気(しょうき)麻酔』やって、ぶっ飛んでるときの動画です。ふたつとも、友達が面白半分で撮ったもの。SNSの鍵垢で、仲間内でこういうのを回してるんですよ。『面白いやんに(面白いだろう)?』って」
リクが「笑気麻酔」と呼ぶのは、沖縄の若者たちの間で急速に蔓延している合成麻薬「エトミデート」のことである。乱用者がゾンビのような動きを見せることから、多くのメディアは「ゾンビたばこ」と報じている。
麻酔導入薬や鎮静剤として使用される国内未承認の医薬品で、5月16日、厚生労働省が規制対象として新たに「指定薬物」に加えた。
非合法化される直前の5月初旬には、違法薬物の捜査に関わる九州厚生局沖縄麻薬取締支所、いわゆる「マトリ」や沖縄地区税関が、「死亡例を含む健康被害や異常行動を引き起こす場合がある」ドラッグとして、その危険性を訴えていた。
■沖縄県警が大量の〝ブツ〟を押収エトミデートが海外で麻薬として取引されるようになったのは、2023年頃からとみられる。台湾や中国などの中華圏で、エトミデートの成分が混合されたリキッドを「VAPE(ベープ)」などのアトマイザー(加熱装置)で電子たばこのようにして吸引する手法が、10代から20代の若者らに爆発的に広まった。
吸引を繰り返して効果が表れると、記憶がなくなるなどの意識障害に見舞われるほか、全身の自由が利かなくなったり、手が震え、ろれつが回らなくなったりする。
台湾では、その薬理作用から「ハイになるたばこ」「ゾンビカートリッジ」などの名前で流通して社会問題になり、23年8月から規制対象となった。その年の11月からは大麻やコカインと同様の「第2級薬物」に指定され、取り締まりが強化された経緯がある。
目下話題の沖縄での局地的な流行について、ある捜査関係者はこう語る。
「どういうルートで入り込んだのかはわかりませんが、24年の年末から今年の春先にかけて、沖縄でエトミデートが『笑気麻酔』と称して密売されるようになりました。
大麻やMDMA(合成麻薬)、コカインといった非合法ドラッグを扱うプッシャー(密売屋)が、SNSで『合法ドラッグ』と呼びかけて、『パクられるリスクがない』と若者間で大流行することになったのです。その頃から、エトミデートに絡む交通事故や補導事案が目立つようになりました」
マトリ、税関の呼びかけと前後して、沖縄県警も今年2~4月の間、交通事故や薬物事犯などの捜査を通してエトミデート成分が含有された「リキッド」を約150個押収したことを公表した。いずれも、「笑気麻酔」の名称で密売されていたものだったという。
■「あれはヤバい」15歳の少年の告白沖縄県内でのエトミデートの蔓延は、若年層、それも10代の中高生の間での乱用が深刻化していることが特徴だ。
その実態を知るために取材を進める中、関係者を通じてつながったのが前出のリクである。彼が「笑気麻酔」の隠語で取引されるニュードラッグの存在を知るようになったのは、「今年の初め、2月か3月くらい」のことだったという。
「ほかになんて言われてるかって? 知らない。みんな『笑気』とか言ってるかな。友達と遊んでて、『何それ?』って聞いたら『笑気』って。なんかやってんなーって思って、気づいたら周りがみんな吸ってたって感じかな」
「ちなみに君もやったことある?」という筆者の問いかけに、リクは即座に「俺はやらんよ」と若干、怒気をはらんだ声色で言い放った。
違法薬物との接点を容易に持てる環境にいて、ドラッグに対してある種の〝免疫〟があるはずの彼だったが、なぜかエトミデートに対してはひときわ強い拒否反応を示した。これまで何人もの乱用者を目の当たりにしてきた経験が、エトミデートへの忌避感を強める結果になったという。
「あれはヤバい。ヤバすぎて触らないほうがいいって言うヤツもけっこういる。実際、これ見たらわかるでしょ」
「確かにこれはヤバいね」と、ドラッグの影響で前後不覚になるくだんの動画を見せられて同調した筆者の目を見据え、リクは「わかっていない」とでも言いたげな口ぶりで、小さく首を振った。
「キマり方に引いちゃうのは確かだけど、一度ハマっちゃったらなかなかやめられないのが、笑気麻酔のヤバいところ。うちの周りでも完全にジャンキーになっちゃったヤツ、ひとりやふたりじゃないですから。バイク乗るときにやって、事故っちゃったヤツもいるくらいだし」
動画に映るエトミデート。電子たばこと見分けがつかないため、正体を隠して友達に吸わせる遊びもあるという
リクの同級生だというその知人は、「笑気麻酔」を吸い込んだ状態で125㏄バイクを運転し、単独事故を起こしたという話を武勇伝のように語っていたという。
若者ゆえの無軌道さが危険な行動を取らせた面もあろうが、「クサ(大麻)」や「バツ(MDMA)」といったドラッグに耽溺(たんでき)する知人の姿も見ている彼は、そうした旧来のドラッグにはない危うさを感じ取ったという。
「5月に合法じゃなくなったでしょ? それまではカートリッジ1本で1万円から2万円で買えたのに、今じゃ4万円とかするみたい。それでもハマってる友達なんかは買おうとするんですよ。
バイクで事故ったヤツも『面白半分でわざとやってみた』みたいなこと言ってたけど、実際はそうじゃない気がする。『ダメだと思っていても吸わずにいられないだけじゃないば(か)?』とも思うんです」
厚労省が指定薬物として以降、沖縄県内で相次ぐエトミデートの所持や使用での摘発事例を見ても、若年層への浸透ぶりは顕著だ。
県警は7月9日、本島南部の浦添(うらぞえ)市の公園内で成分を含有するリキッドを所持していたとして、20歳の男2人を検挙した。
これが初の摘発事例となったのを皮切りに、翌10日には那覇市内の16歳の無職の少年を所持容疑で逮捕している。
■密売現場には中学生「プッシャー」も捜査関係者が指摘するように、SNSが密売の温床になっているのは、例えばXで、「対面での手渡し」を意味する隠語の「手押し」や、「笑気麻酔」などのワードで検索をかければすぐにわかる。驚くほど簡単に密売屋が見つかるからだ。
Xから、秘匿性の高い通信アプリの「テレグラム」や「シグナル」に誘導してやりとりするのが常道となっているが、それだけでは中高生らにまで浸透する沖縄の「薬物禍」の広がりは説明できない。
エトミデートのプッシャー(密売屋)とみられるX上の投稿。「笑気麻酔」と検索すると、同様の投稿がヒットする
なぜ、エトミデートが沖縄の若者たちに爆発的に流行したのか? その遠因になったとみられるのが、リクが明かす密売現場の構造の一端だ。
「笑気麻酔にハマって買おうと思っても、そんなお金ないじゃないですか。じゃあ、どんなして(どうやって)お金つくるかっていうと、プッシャーやるんですよ。
オレの友達もやってましたけど、クサだと『テン3(0.3g)』で1000~2000円、『テン5(0.5g)』で2500円。バツだと4000円とか5000円で売る。売れたら仕入れ先と折半して小遣いにする。その金でまたクスリを買うんです」
こうした密売グループは組織化されており、違法薬物の「ネタ」を仕入れる「上位者」が、下位の「プッシャー」を束ねる構図となっている。ドラッグの深みにハマった中高生が主客転倒し、「売られる側」から「売る側」に回る〝闇のエコシステム〟に組み込まれているのが実情だ。
ただ、密売グループの背後に、こうした違法ビジネスにはつきものの暴力団の影は薄い。
「プッシャーの元締の人も20歳ぐらいで若いですよ。不良ではあるけど、ヤクザではない。プッシャーのコからもヤクザの名前は聞いたことがないですね」
リクのこの証言を裏づけるのが、取材の過程で接触したあるヤミ金グループの古参幹部の話である。
地元の暴力団と関係を持ちながらも組織の杯は受けず、さまざまな裏のシノギを手がけてきたこの幹部に〝ビジネス〟のオファーが届いたのは、昨年の夏頃のことだったという。
「ある合法ドラッグをさばかないかという誘いだった。話を持ってきたのはシンガポールに拠点を持つマフィア。かなりの量を預けたいという話だったが、もろもろリスクを考えて、結局話は受けなかった。
この手の話は詳しく聞くとトラブルになりがちだから、詳細は聞かなかったが、間違いなくエトミデートの取引だったと思う。名前は出せないけど、実際に話を受けたヤツも知ってる。でも、ヤクザではない。半グレかって? まあそんなところだろうな」
エトミデートは本来、医療用麻酔薬。最初は中国や台湾で麻薬として出回り、乱用者がゾンビのようになる動画も拡散された(写真:Alamy/アフロ)
リクは、プッシャーになった友人と共に、密売の現場に何度も立ち会ったという。月明かりを頼りに、仲間と「ゆんたく(おしゃべり)」する地元の公園、コンビニエンスストアの駐車場、団地の一角、そして、たまり場にしている友達の家。手を伸ばせばすぐ届く所にドラッグがあるのが、リクと、その仲間たちの日常の風景だ。
彼らがエトミデートをはじめとする違法薬物と接点を持つ場所は、ほかにもある。それが、地元の人間が「未成年バー」と呼ぶ遊び場である。
■「未成年バー」が蔓延の温床に那覇市随一の繁華街、松山を筆者が訪れたのは、旧暦の7月14日にあたる9月5日。
いつもは酔客でごった返すこの通りも、沖縄の人々が親族と共に祖先に思いをはせる「旧盆」の2日目、「ナカビ」にあたるとあって、客足はまばらだった。
客引きの声がけをいなしながらたどり着いたのは、目抜き通りから外れ、一本入った路地に立つ雑居ビル。屈託のない笑顔で出迎えてくれたのが、「サキ」と名乗る16歳の少女だった。
「定時制高校に通いながら店でバイトしている」というサキ。長い髪を金色に染め上げ、派手なネイルとメイクを施したその姿は、松山の夜に完全に溶け込んでいる。
「あしたはウークイ(旧盆の最終日)だから親戚回りをしますよ」
と語る彼女には、夜の世界ではありがちな〝駆け引き〟の気配を感じさせない、少女の無邪気さがあった。しかし、取材の目的を告げると、あっけらかんとその目で見た容赦のない現実を話した。
「『笑気麻酔』はみんな、めっちゃやってる。だいたい未成年バーでやってるコが多いですね」
「未成年バー」とはその名のとおり、18歳未満の未成年が集う酒場のことを指す。もちろん、風俗営業法の埒外にある「違法店」で、普段は施錠され、顔見知りしか出入りできないようになっている。
何度か知人と共に未成年バーを訪れたサキは、そこでエトミデートに耽溺する少年少女と遭遇したことが複数回あったという。
「うちも誘われることがあったけど、やってるコの話聞くと、ちょっと無理かなって。なんかちゃー吸いして(たくさん吸って)手が震えてたりするのもヤバいし、やったコが言うには、頭がほわーんってするらしいんですよ。要は、記憶が飛んじゃうってこと。
やってると耳が遠くなって、ろれつも回らなくなる。赤ちゃんと会話してるみたくなっちゃうから、一発でわかる。あ、こいつジャンキーだって。あんなふうにはなりたくないって正直思いますね」
「未成年バー」が入居するとみられるビルは、本島南部の海岸沿いの街にあった。同じようなバーは沖縄県内に点在しているという
前出のリクが示した動画も、まさにその「未成年バー」での供宴の一幕だったという。
少年少女が集う、こうした無法地帯さながらのバーは県内各所に点在しているとサキは明かした。教えられた店名を頼りに車を走らせてたどり着いたのは、東海岸沿いにある本島南部のある街。
目当ての店が入居するビルに入ろうとすると、ふたり組の男が「どこか飲み屋、お探しです?」と声をかけてきた。店名を告げると、にこやかな表情を一変させてはっきりとこう告げた。
「若いコが出入りする店なんで、お客さんじゃ入れないでしょうし、入ったら浮いちゃいますよ」
ふと傍らに目をやると、いつの間にかガードレールに男が腰かけ、こちらに警戒するようなまなざしを向けていることに気がついた。
この店に間違いない――。そう確信した筆者の脳裏には、スマホの画面越しに見た少年少女たちの破滅的なうたげの光景が浮かんでいた。
取材・文・撮影/安藤海南男
記事提供元:週プレNEWS
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