子供の頃から育んだ”山雅スピリッツ”。アカデミー出身の二十歳、田中想来がJ3得点王と昇格を狙う【平畠啓史のJ3直撃インタビュー】
“J3ウォッチャー”として知られる平畠啓史さんが、気になるJ3の選手に直撃していくインタビュー連載。今回は松本山雅のアカデミーからトップチームに昇格し、攻撃の中心選手として活躍する田中想来選手。今シーズンは4月から3カ月連続で明治安田J3リーグの月間ヤングプレーヤー賞を受賞するなど、目覚ましい活躍が光る二十歳だ。2024年にシンガポールへ半年間の武者修行を経て松本に復帰し、今シーズンは出番に恵まれなかった序盤を乗り越えて一気にブレイク。新エースとしての地位を確立しつつある。子供の頃からあこがれだったトップチームのメンバーとして抱く想い、そしてここから見据える自身とクラブの未来とは。(※取材は2025年8月19日に実施)

平畠 今シーズンはここまで9ゴールです。昨シーズンはシンガポールリーグに半年間の武者修行に出て、今シーズン開幕当初は出場機会がありませんでしたね。
田中 はい、(初ゴールを決めた第9節のカマタマーレ讃岐戦までは)ゼロでした。最初はメンバーにすら入れなかったです。
平畠 プロ初ゴールを挙げる試合まで出場がなかったわけですけど、逆に言えば、初ゴールを決めてからずっとゴールが続いている感じですよね。心の中では「今年はやれそうだ」とか「やってやろう」みたいな気持ちはあったんですか?
田中 「やれそうだな」というよりも「やらなければいけない」と思っていました。今年いろいろと今までと違うことをいろいろ始めたり、変えたりして、どうにか結果が出るようになった感じです。
平畠 え? 具体的にはどういうことですか?
田中 まず昨年までは寮にいたんですけど、今年から一人暮らしを始めて、今まで以上に食事に気を使うようになりました。例えば食事では揚げ物を食べないとか、シンプルな味付けにするとか。あとは睡眠時間をしっかり確保するとか。とにかく体に良さそうなことをできるだけ採り入れるようにしています。
平畠 そうなんですね。でも、寮生活ってめちゃくちゃ楽しかったでしょ?(笑)
田中 楽しかったです。だから……いまは寂しいですね(苦笑)。
平畠 寮を出るのはルールで決まっているんですか?
田中 高卒選手は2年、大卒は1年というルールがあって、僕はユースから昇格して2年間いたので、今年から出ないといけなかったのはありますね。
平畠 で、今もたまに寮に顔を出している感じで?(笑)
田中 出してますね(笑)。寮母さんが“第二のお母さん”という感じです。ユース時代から合計すると5年間もいたので、もう本当に家ですね。
平畠 田中選手は、長野県上伊那郡宮田村出身ですけど、宮田村ってどういう場所ですか?
田中 “村”って聞くと、森や自然がすごいイメージがあると思いますけど、たぶん、ほかの村よりも結構栄えていて、病院も2つあるし、コンビニもスーパーもあって、コンパクトですごくいい街ですね。僕はめちゃくちゃ好きです。“住みたい田舎ランキング”で1位になったりしているみたいです。
平畠 それ見ました。住みたい場所の村部門で1位なんですってね。空気がいいとか、そういう理由なんですかね?
田中 子育てしやすい制度があるって聞いたことはありますね。
平畠 その宮田村で育って、ジュニアユースから松本山雅に入りました。きっかけはセレクションですか?
田中 最初は記念受験みたいな感じで受けたんですよ。小学生のときは県選抜に選ばれるような選手ではなかったですし、親に「長野県のレベルがどのくらいなのかを見ておいで」って言われて、松本山雅とJFAアカデミー福島を受けました。JFAアカデミーは一次で落ちてしまいましたけど、山雅は一次で手応えがあって、『イケるかも』と思ったら、二次、三次と受って、最終的に合格しました。めちゃくちゃうれしかったですね。
平畠 ちなみに合格通知は郵送で届くんですか?
田中 そうです。大きめの茶色い封筒です。
平畠 それ、いいっすね。だって、開けるまでわかんないわけでしょ?
田中 今はインターネットで見るらしいですけど、僕らの時代は紙が1枚入っていて、そこに大きく『合格』と書いてありました。僕の分岐点はそこですね。
平畠 まだその紙は残してます?
田中 はい、あります(笑)。
平畠 そしてユースに上がるわけですね。
田中 ジュニアユースの1、2年は試合に絡んだり、絡まなかったりして、振れ幅が大きい時期を過ごしていました。正直、ユースに上がれるとは思っていなくて、実際に高校も探していたんです。でも、アカデミーダイレクターの方との面談で「ユースでも一緒に頑張ろう」って言ってもらえて。正直、ボロクソに言われると思っていたので、三者面談だったんですけど、親もびっくりしていました(苦笑)。
平畠 もうそれはドキドキでしたね(笑)。そのままトップチームにも昇格しましたが、そのときはどんな感じでした?
田中 (昇格を伝えるのを)引っ張っていたらしいです。ちょっと前に決まっていたけど、それを伝えて、僕のモチベーションがどうなるかって考えていたみたいで。
平畠 そこは大人の計算があるわけですね(笑)。ユースからトップに上がってレベルはどうでしたか?
田中 高3で練習参加して、試合にも何試合か出させてもらっていたので、そのおかげですんなりと入れました。
平畠 それでもトップチーム昇格後は、いろいろな我慢や悔しさがあったと思います。今シーズンは讃岐戦でついに出番を得て、そこでプロ初ゴールを決めます。試合前はかなり意気込んでいましたか?
田中 やることはやってきているという想いはありましたし、「絶対に今日は結果が出る」と思っていました。昔から自分でも“持っている”とは思っていたので、緊張はしましたけど、讃岐戦はパフォーマンスも良くて、いい感じでした。
平畠 シーズン最初に使われた試合で2ゴールを決めるのはすごいことですよね。そしてその翌節、金沢戦ではホームでもゴールを決めました。
田中 もう最高でしたね。あの日は観客が1万人を越えていましたから。僕がジュニアユースやユースのときはJ2だったし、1万人以上が当たり前だったので、その景色をピッチから見たときはすごく感動しました。
平畠 観客席から見ていた景色をピッチから見たんですね。思っていたとおりでしたか? 驚きはありました?
田中 いや、もう驚きですね。鳥肌が立ちました。
平畠 どの瞬間に?
田中 やっぱりゴールを決めた瞬間ですね。自分のゴールでたくさんのタオルがバサッとなったり、手が上がる感じです。あの瞬間はすごく感動しました。
平畠 そこからゴールを重ねて9ゴールです。ここまで数字に関してはどうですか?
田中 9得点という数字だけを見れば、そんなに悪くないと思います。ただ、個人的には“何試合で点を取ったのか”を気にしているんですよね。1試合で2点取った試合が多くて、固め取りはできていますけど、試合としては少ないなと。
平畠 ここまで6試合で点を取っています。
田中 17試合中6試合でしか点を取れていないとなると、ちょっとFWとしては物足りないですね。
平畠 単純にゴール数を試合数で割れば、2試合で1点という考えもあるけど、出た試合でコンスタントに点を取りたいと。
田中 はい。理想は1試合で1点なのでまだまだですね。
平畠 得点ランキングは見ます?
田中 SNSで流れてくるので(笑)。ただ、正直、すごく“気持ち悪い”んですよね。高知ユナイテッドSCからベガルタ仙台に移籍した小林心選手がずっと上位にいる状態が続いているんで。
平畠 もうこのカテゴリにはいない選手ですもんね。ただ。田中選手はこの活躍もあって、明治安田J3リーグの月間ヤングプレーヤー賞を3カ月連続で受賞しました。
田中 1回目と2回目はめちゃくちゃうれしかったです。でも、よくよく考えたら、月間MVPを取りたいなと。大口を叩くわけではないですけど、MVPは勝っているチームから出ることが多いし、チームを勝たせられていないことは身に染みて感じています。だからこそ、自分がMVPを取ればチームも浮上していくと思っています。


平畠 アルウィンでは何歳くらいから試合を観ていたんですか?
田中 初めて行ったのは、小学校低学年くらいですね。友達のお父さんが練習にも連れて行ってくれていました。今、松本の強化部にいる飯田真輝さんが中心選手だった頃で、堅守速攻で1-0で勝つスタイルにめちゃくちゃ憧れていました。
平畠 じゃあ、松本がJ1に昇格していく流れを全部観ているんですね。
田中 まさにそうです。僕が中3のときにJ1だったと思いますけど、前田大然選手(現セルティック/スコットランド)は当時、めちゃくちゃ観ていました。ワールドカップにも出ていますし、すごいですよね。
平畠 一番最初に憧れた選手は誰でしたか?
田中 石原崇兆選手です。僕も左のウイングをやる時期があって、結構足も速かったんですけど、石原選手は足が速いし、仕掛けるし、点を取るし、アシストもするし、めちゃくちゃ好きでした。
平畠 サインももらいに行ったり?
田中 公開練習の後にサインをもらいに行くことは結構ありましたね。
平畠 みんな優しかったですか?
田中 怖い選手もいました……(笑)
平畠 ははは(爆笑)。「意外とこんな感じなんだ……」みたいな。
田中 思ったよりクールな選手もいましたね。そういうところも含めて楽しかったですよ。
平畠 冷たくされて嫌いになることもあるけど、「プロってこんな感じなんだ」って思うところもありますよね。
田中 逆にそれがカッコイイみたいな(笑)。クールだなって。
平畠 そうそうそう。優しいのもうれしいけど、サラリとかわされるような感じもね。
田中 そうですね。選手はどんどん次に行っちゃって、「写真撮ってください」ってお願いも言えないみたいな(笑)。
平畠 近づきがたさのオーラだよね。分かる。でも、帰り道に友達同士で「カッコ良かったよなー』みたいな会話になったりとか。今はサインをする立場になっていますけど、どんな対応をするんですか?
田中 僕はニコニコ系ですよ(笑)。冷たくするようなキャラじゃないので。写真もサインも完全にウェルカムなスタンスでやらせてもらっています。

平畠 10年後とかに出てくる可能性もあるわけじゃないですか。「あのとき、田中想来選手にサインをもらいました」みたいな選手が。アカデミー出身ってことは、ファン・サポーターの皆さんどんな想いで試合を観ているかが本当に分かりますもんね。
田中 もちろんファン・サポーターの皆さんの期待度は分かります。それだけに何とかしてゴールという形で期待に応えたいと思っています。
平畠 田中選手以外にもアカデミー出身の選手が何人かいますが、何とかしてクラブと同時にホームタウンも盛り上げていこうという思いがあるんじゃないですか?
田中 アカデミーの選手は本当にみんなが山雅のこと好きだし、どうにか松本で活躍したい気持ちが強い選手が多いです。みんなここで勝ちたい、活躍したいと思っているはずです。

平畠 今年で21歳になりますけど、サッカー以外は何をしているんですか?
田中 最近は本当に全部、サッカーのことを考えていますね。
平畠 ちょっと息抜きしようとか、そういうこともあまりない?
田中 朝から練習して、筋トレして、午後に体のケアをして……となると、夕方になっちゃうんですよ。それで食事も体にいいものを食べようって考えるし、寝る時間も早めに設定しているので、自分でも何をしているんだろうってたまに思います(笑)。
平畠 じゃあ、本当にサッカー漬けですね。
田中 今まではそういう感じではなかったですけど、最近はすごく充実していると思います。最近は少し点が取れていないですけど、この間までは結果が出ていたので、それでいいんだなと。だから今は楽しいですよ。これまでは試合に出られなかったので、試合に出て、点が取れないという悩みが出ることもすごく幸せです。
平畠 それは素晴らしいですね。さて、今シーズンの残り試合も少なくなってきました。チームとしてはもちろんJ2昇格を目指していますが、個人としてはいかがですか?
田中 得点王はすごく意識しています。僕が得点王になればチームは絶対上に行けると思うので、チームも個人も結果だけを求めて残り試合を戦って、ファン・サポーターの皆さんといっしょに喜びたいです。
平畠 アルウィンで観ていたということは、チャントとかももう全部頭に入っていますもんね。
田中 そこは完璧です。完璧に覚えてます(笑)。アップ中に結構口ずさんだりしてますし。
平畠 J2昇格が決まって、ファン・サポーターの皆さんと一緒に歌いたいですね。
田中 もうそこはゴール裏に行きたいくらいです(笑)。
平畠 いいですね。そのシーンを楽しみにしていますし、まだまだゴールも期待しています。今日はありがとうございました!
田中 ありがとうございました!

田中 想来(たなか・そら/松本山雅FC/MF 背番号42)
2004年11月11日生まれ。長野県出身。身長174cm、体重71kg。U-15から松本山雅のアカデミーで育ち、U-18時代の2022シーズンに明治安田J3リーグで公式戦デビュー。翌2023年にトップチーム昇格を果たした。自慢のスピードを活かした裏抜けと右足シュート、そして高い守備意識でチームに貢献する。昨シーズンはシンガポールのゲイラン・ユナイテッドFCに半年間の期限付き移籍。今シーズンは明治安田J3第9節カマタマーレ讃岐戦で初出場し、同試合でプロ初ゴールを含む2ゴールと活躍して一気にスタメン定着を果たす。4月から6月にかけて3カ月連続でJ3リーグの月間ヤングプレーヤー賞を受賞するなどブレイク中の二十歳。J3通算31試合出場9得点。
(※データは2025年9月12日現在)
【制作・編集:Blue Star Productions】
平畠啓史さん×田中想来選手の対談動画はこちら
記事提供元:Lemino ニュース
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。