ウェス・アンダーソン監督最新作「ザ・ザ・コルダのフェニキア計画」の撮影現場は「制約の中で自由に演じることができる場所だった」
『キネマ旬報』10月号の巻頭特集は、題して「ウェス・アンダーソンの冒険また冒険」。最新作「ザ・ザ・コルダのフェニキア計画」と映画監督ウェス・アンダーソンを徹底的に掘り下げていく。
海洋、インド北西部、近未来の日本のメガ崎市、アメリカ南西部に位置する砂漠の街……時空間を行き来しての冒険また冒険の連続だった、これまでのウェスのフィルモグラフィ。その中でも「ザ・ザ・コルダのフェニキア計画」のそれは壮大だ。
1950年代のヨーロッパ、“現代の大独立国フェニキア”。6度の暗殺未遂から生き延びた大富豪ザ・ザ・コルダ(ベニシオ・デル・トロ)は、フェニキア全域に及ぶ陸海3つのインフラを整備する大規模プロジェクト「フェニキア計画」実現を目指している。だが冷酷非道、手段を選ばないそのやり口から、ザ・ザは敵だらけ。ライバル企業どころか各国政府にまで命を狙われている。王子、海運王、鉄道王、ギャングのボス……といった面々が、ザ・ザの行く手に立ちふさがる。そんななか、修道女見習いの一人娘リーズル(ミア・スレアプレトン)、昆虫学者で家庭教師のビョルン(マイケル・セラ)と共にザ・ザは、旅に出るのだった。

この新作でさらにスケールアップした、ウェス・アンダーソンの冒険。それは長大なセリフ、隙のない美術設計、厳格な構図・カメラワーク……ウェスの頭の中に緻密に組み立てられた‟シネマ計画”に則っている、ように思える。しかし予想に反してその撮影現場は俳優たちにとって、「その瞬間を生きている」と感じられる、創造的な場所だった。
『キネマ旬報』10月号ではウェス・アンダーソン監督にベニシオ・デル・トロ、ミア・スレアプレトン、マイケル・セラ、スカーレット・ジョハンソンといった主要キャストが揃って開かれた、ニューヨークでの記者会見のQAを採録。ここではその一部を抜粋・引用する。

──ウェス監督の作品には、「演者が完璧に立ち位置や目線、セリフのタイミングを守らなければならない」という、まるで時計仕掛けのようなイメージがあります。ところが、カンヌでの記者会見でベネディクト・カンバーバッチさんが「制約があったからこそ自由が感じられた」とお話しされていて、とても印象的でした。ウェスご自身も、「むしろ遊び心に満ちた現場で、童心に戻ったような感覚だった」と。そこで、皆さんにお伺いしたいのですが、ウェス作品に出演されるにあたり、厳密に構成された構図と自由な演技のあいだで、どのようにバランスを取っていらっしゃるのでしょうか? 精密さの中にも、遊びや試行錯誤、即興の余地があるということのようですが、その点についてぜひお聞かせください。
ベニシオ・デル・トロ(以下ベニシオ):アプローチの仕方は、他の監督の作品と大きくは変わらないと思います。ウェスは、役者に「その瞬間を生きてほしい」と願っているはずなんです。その瞬間の「真実」を表現することを求めてきます。もちろん、ブロッキング(役者の位置や、カメラ位置、動線などを決めること)やセリフはすごく精密に組み立てられています。でも、その中でも自分自身のリアリティを注ぎ込む余地はちゃんとある。つまり、想像力を使った「あそび」は確かに存在していて、それを楽しむことが大事なんです。たとえ溺れそうになっても、とにかく楽しむこと!です。
──セリフが大量にあってもですか。
ベニシオ: はい。実際そうしました。
ウェス・アンダーソン:僕は別に、「このタイミングでこう動いて、こっちを向いて」みたいに細かく演出するタイプじゃありません。そういうのは、あまりうまくいかないですからね。たとえば、スカーレット(・ジョハンソン)も長回しのシーンがありました。長い長い階段を降りてきて、カメラの前にたどり着くまで、延々とセリフを話し続ける場面。あのときも、僕は「こうして、ああして」と細かく指示したわけではなかったですよね?
スカーレット・ジョハンソン:そう。もちろん、ブロッキングは決められているけど、それでも演じていて楽しくなってきます。そうすると、ウェスもすごく楽しそうにしているのが伝わってくるので、それに励まされて、「もっと新しいことを試してみよう!」という気持ちになんです。制約の中で自由に演じることができますし、ウェスもこちらの試行錯誤を歓迎してくれます。インタビューでよく、「ウェスの映画はすごく計算されているから、大変じゃないですか?」と聞かれることがあります。確かにカメラワークや編集が非常にシャープだから、計算し尽くされた作品に見えるかもしれません。でも、現場で実際に演じているときには、そんなふうには感じないんです。もし演技までガチガチに決められていたら、それはもう単なる「仕掛け」に見えてしまうと思います。
厳しい制約の中だからこそ俳優たちは、自分自身のリアリティを注ぎ込む余地がある。そこには逆説的な自由があって、「確かにあそびが存在する」「それをたのしむことが大事」──貴重な証言が満載の記者会見のロングバージョンは、『キネマ旬報』10月号でお楽しみください!「ザ・ザ・コルダ」とウェス・アンダーソン監督特集は、全34ページ。「ザ・ザ・コルダ」に関する記事と併せて、『キネマ旬報』のバックナンバーに掲載された過去のインタビューも再録。さらに盟友・野村訓一からの手紙、ウェス展訪問記、キーワード&キーパーソンで辿るウェス映画、ウェスをつくった偉大な映画作家、ハイブランドとの幸福な関係、ウェスの音楽、ウェス本までも紹介する。
制作=キネマ旬報社
「ザ・ザ・コルダのフェニキア計画」
The Phoenician Scheme
2025 年・アメリカ=ドイツ・1時間41分
監督・脚本:ウェス・アンダーソン
出演:ベニシオ・デル・トロ、ミア・スレアプレトン、マイケル・セラ、リズ・アーメッド、トム・ハンクス、ブライアン・クランストン、マチュー・アマルリック、リチャード・アイオアディ、ジェフリー・ライト、スカーレット・ヨハンソン、ベネディクト・カンバーバッチ、パート・フレンド、ホープ・デイヴィス
配給:パルコ ユニバーサル映画
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■舞台は、1950年代のヨーロッパ、“現代の大独立国フェニキア”。6度の暗殺未遂から生き延びた大富豪ザ・ザ・コルダ(ベニシオ・デル・トロ)は、フェニキア全域に及ぶ陸海3つのインフラを整備する大規模プロジェクト「フェニキア計画」の実現を目指していた。だが、冷酷で手段を選ばないやり口から、ライバル企業だけでなく各国の政府までが彼の命を狙う。そんな中、とある妨害によって赤字が拡大、財政難に陥り、計画が脅かされることに。ザ・ザは離れて暮らす修道女見習いの一人娘リーズル(ミア・スレアプレトン)を後継者に指名し、彼女を連れて旅に出る。
◎9月19日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、渋谷ホワイトシネクイントほか全国にて
記事提供元:キネマ旬報WEB
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