ノスタルジーと創造力を呼び覚ます「アイスの棒」 市川紗椰がその魅力を語る
完食の余韻。木工へのいざない。小さな希望のくじ。食べ終わった後に主役の座をしれっと奪うアイスの棒
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は「アイスの棒」について語る。
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暑い日に食べたくなるものといえばアイス。先日、パルムを食べ終え、残った棒を口にくわえながら考えました。
この木の質感、ほんのりとしたミルクの香りと素朴な木の香りのデュエット。アイスがなくなった後の〝第二の時間〟。さらに、人生を左右するかもしれない「当たり」の可能性が同居する一本の棒。ここで、「アイスの棒」を見つめ直してみます。
アイスの棒。それは、アイスという冷たい誘惑を支えてるけど名前すらない。「アイスの棒」とだけ呼ばれる。
でも、あの棒、よく見ると完璧なデザインなんですよ。まず、角がない。どこまでも丸い。仏かと思うほど。人はこの丸みを、無意識に「口に入れてもいいもの」と認識する。実際に小学生がガリガリかじっても口の中が切れないですし。スプーンでもフォークでもない棒だけど、もはや食器の一種として成立しているのは何げにすごいですよね。ただの棒なのに、きちんと「食事の一部」として認識される。これはもう、デザインの勝利と言うしかない。
しかも、長さも絶妙。持つ部分があれ以上長いと、アイスが遠すぎて顔に刺さるリスク大。かといって短いと、手が冷えて戦意喪失。つまり、冷たさと幸福感の黄金比が詰まっているのだ。誰が設計したのか知らないが、〝ノーベル木材賞〟的な何かを贈るべきです。
そして、あの手触り。ツルッとしてるのに、わずかにザラついている。あれがまた絶妙。口にくわえたとき、「私、自然と触れ合ってるな......」っていう、謎のヒューマンネイチャー感があります。バニラの香りと木の香り。嗅覚は森にいるのに、舌はパフェ!? これぞ真のフュージョン。
これほどまでにシンプルな木のスティックが、こんなにも存在感を放つとは、誰が予想しただろうか。食べ終わった後なのに、主役の座をしれっと奪う。まるで、映画のエンドロールで突然登場する謎のカメオ俳優のように。
あと、忘れてはいけないのが「当たり付き」設計。棒の上のほう、短いスペースに「当たり」「もう一本」と書かれてる。なんというミニマリズム。しかも、見えないように絶妙に隠れてる。サスペンスの極み。そして棒に当たりの文字が刻まれている場合、これほどまでに庶民の心を一瞬で狂喜乱舞させる言葉が果たしてほかにもあるのか? 日本に遊びに来てた小学生時代の夏休みに、当たり棒を手に駄菓子屋さんに走ったときのあの誇らしい気持ち。たとえ兄が、私よりなんでもうまくできたとしても、あのとき私は当たり棒を持っていた。
棒が主役になる食べ物って、ほかにあるだろうか? 焼き鳥の串? いや、あれは串がなければ成り立たないけど、アイスの棒は存在感を爆発させることがない。味の余韻はもちろん、捨てられる直前まで「あっ、この棒......工作に使えるかも......」と人類の創作魂をくすぐってくる力。真夏の午後に口にくわえて、考えてるふうの顔を演出してくれる魔法もいい。
あらためて、アイスの棒は単なる〝支え〟ではないと言いたいです。デザインと偶然と記憶が、予想外にギュッと詰まっていることを次にアイスを食べるときに思い出してみてください。
●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。理想のクッキー&クリームアイスバーを探している。公式Instagram【@sayaichikawa.official】
記事提供元:週プレNEWS
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