『国宝』に感動した「ミリしら勢」に送る歌舞伎鑑賞ガイド
上映時間3時間弱&とっつきにくい舞台設定ながら、メガヒットを記録中の映画『国宝』
歌舞伎役者を主人公にした映画『国宝』が、興行収入60億円超えのヒットとなっている。吉沢亮や横浜流星の熱演に魅了され、歌舞伎を見に行きたくなった人も多いはずだ。
そこで伝統芸能に詳しいライターの九龍(クーロン)ジョー氏に『国宝』の所感、そして歌舞伎の基礎知識をQ&A形式で聞いた!
■歌舞伎ファンが見た『国宝』【Q】まず九龍さんから見て、『国宝』の評価は?
【A】素晴らしかったです。物語の核を歌舞伎の舞台シーンが担っているのですが、吉沢亮と横浜流星が歌舞伎役者役として実際に演じており、それが歌舞伎ファンの目にも説得力がありました。
何より「映画」として見応えがあった。正直、ドラマとしては図式的な印象もありましたが、歌舞伎の場面を筆頭に、画面に映るものすべてが面白く、魅入られているうちに3時間が過ぎてしまいます。
九龍ジョー氏
【Q】『国宝』がヒットした要因をどう見ますか?
【A】監督やキャストが発表された段階からいい映画になる予感はありましたが、正直ここまで大ヒットするとは思いませんでした。歌舞伎という題材もニッチですし、昭和な世界観もどうなんだろうと。でも、むしろそこが新鮮に受け止められている気がします。
【Q】歌舞伎ファンならではの『国宝』の魅力は?
【A】うれしいカメラアングルが多いんですよ。舞台袖から見た上演中の舞台や、舞台上から見た客席のカットはレアだと思います。『娘道成寺(むすめどうじょうじ)』という演目に出てくる大きな鐘の裏側だったり、楽屋の化粧前での役者同士の雰囲気、舞台への導線―特にセリで上がっていく場面なんかも目を凝らしてしまいます。
【Q】『国宝』には『鷺娘(さぎむすめ)』『曾根崎心中(そねざきしんじゅう)』などいくつかの演目が登場しますが、それぞれ歌舞伎においてどういう位置づけなんですか。
【A】まず、喜久雄(吉沢亮)や俊介(横浜流星)は女形(おんながた)なので、『藤娘』『娘道成寺』『鷺娘』など女形の踊りが選ばれています。さらにふたりが所属する「丹波屋」は関西の家という設定なので、上方歌舞伎を代表する近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)作の『曾根崎心中』が重要な演目となっています。
一般的に歌舞伎というと派手な見得(みえ)などをイメージする人も多いと思いますが、しなやかさや、心中に向かう男女の情感などを通じて、歌舞伎の「美」を伝える演目が多い印象でした。
■チケットは1000円程度から【Q】『国宝』を見て感動した歌舞伎初心者にはどの演目がオススメ?
【A】『国宝』に出てきた演目を歌舞伎で見る、というのももちろんアリだと思います。一方で、歌舞伎は役者を見る芸能でもあるので、演目にはこだわらず、まずは知っている歌舞伎役者が出演している舞台を見に行くのもいいんじゃないでしょうか。
特にオススメは襲名披露興行です。その役者のお家芸となる有名演目がプログラムに並びますし、『国宝』にも出てきた「口上(こうじょう)」も見られます。
【Q】具体的にオススメの公演はありますか?
【A】まさに今、尾上(おのえ)菊五郎・菊之助の襲名披露興行をやっています。ぜひチェックしてみてください。さらに今年は歌舞伎の興行主である松竹の創業130周年として、歌舞伎三大名作の一挙上演をやっています。
すでに一作は終わっていますが、まだ9月に『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』、10月に『義経千本桜』という名作の上演があります。どちらも長い物語でして、普段は有名な場面だけを抜き出して上演するのですが、この企画では昼夜通して、ある程度、通しで見ることができます。しかも、役者も歌舞伎オールスターともいえる布陣です。
【Q】『スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース』を代表とする現代のエンタメを原作とした新作歌舞伎はハードルが低い印象ですが、初心者向きでしょうか?
【A】原作が好きであれば、絶対にいいと思います。新作といっても、いろんな古典歌舞伎の要素がちりばめられているのが常です。ただし、原作ファンというわけではない場合は、むしろ新作は玄人向けな気がします。
例えば私であれば、原作をどのように歌舞伎として料理したのか、というのが面白がるポイントになります。もし『国宝』で歌舞伎に興味を持ったのであれば、古典歌舞伎の名作から入ったほうがストレートな気がしますね。
【Q】歌舞伎はチケットの値段が高いという印象がありますが?
【A】歌舞伎座ですと、一番高い席が2万円ぐらいです。洋楽のライブなどに比べたら安いですよね。また3階席となれば、5000円程度。オペラグラス推奨ですが、肉眼でもギリ楽しめるぐらいの距離感です。興行時間は3時間を超え、プログラムもてんこ盛りです。
さらに、「幕見(まくみ)席」といって、前日予約もしくは当日券で一幕だけ見られるチケットもあります。こちらは1000~2000円程度。つまり、現在のライブエンタメの相場からすると、歌舞伎って意外とリーズナブルなんじゃないかと。
東京・銀座の歌舞伎座。一年を通じて歌舞伎を見ることができるという点で、世界で唯一の劇場である
【Q】初心者が歌舞伎を見るときの注意点などはありますか?
【A】服装は自由です。あと、最初はイヤホンガイドを借りるといいと思います。どんな演目で、役者は誰で、注目ポイントはどこか、などをリアルタイムで的確に教えてくれます。
これさえあれば、事前の予習も、パンフもいりません。自転車の補助輪みたいなものですね。いつか必要なくなったとき、あなたは立派な歌舞伎ファンになっているでしょう、みたいな(笑)。
【Q】最後に、今の時代だからこその歌舞伎の魅力を教えてください。
【A】歌舞伎はとにかくテンションが上がるんですよね。ここまで高揚感に振り切った芸能も珍しいというか。しかも、『国宝』でも描かれていましたが、きらびやかな衣装とか、それを早替わりするとか、どでかい鐘に上るとか、とてもアナログな手触りなんです。
そして、それを可能にする歌舞伎役者の磨き抜かれた芸のすごみ。スマホネイティブな時代だからこそ、かえって歌舞伎のダイナミックさや、手の込んだ美が求められている気がします。『国宝』のヒットも、そのことを裏づけているんじゃないでしょうか。
●九龍ジョー(Joe KOWLOON)
ライター、編集者。伝統芸能からポップカルチャーまで幅広く執筆。『かずたろう歌舞伎クリエイション』などYouTubeチャンネルの監修も。著書に『伝統芸能の革命児たち』(文藝春秋)など
取材・文/茂木響平 写真/産経ビジュアル iStock
記事提供元:週プレNEWS
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。