大の里優勝に見た日本スポーツ発展のヒントは「推し活」にあり【松田丈志の手ぶらでは帰さない!~日本スポーツ<健康経営>論~ 第17回】
大相撲五月場所で優勝を果たした大の里(左)が所属する、二所ノ関部屋の千秋楽祝賀会に松田が参加。今回は大相撲における力士とタニマチの関係性から、日本スポーツ界の目指すべき姿について語る
大相撲の大の里関がふた場所連続優勝を決め、横綱昇進を確実にしたその日。私は茨城県で開かれた二所ノ関部屋の祝賀会に参加していました。
このご縁は、二所ノ関親方(元横綱・稀勢の里関)との交友から始まっています。まだお互いが現役だった頃、共通の行きつけだった寿司屋の女将さんが紹介してくれたことをきっかけに、二人の縁が生まれました。
競技は違えど、同じ時代に頂点を目指すアスリート同士自然と会話が生まれ、お互いに自分の競技以外のスポーツにも関心が高く、交流が深まりました。現役引退後の今でも、親方とは時折食事をご一緒したり、ゴルフをしたりする関係が続いています。
思い出のエピソードとしては、2017年、私の結婚式に稀勢の里関が参列してくださったことがあります。
彼はその直前の一月場所で劇的な優勝を果たし、見事横綱昇進を決めたばかり。結婚式の席次表には当初「大関」と印刷していましたが、急きょ「横綱」に書き換え、その時の嬉しさは今でも鮮明に覚えています。新横綱として立派にスピーチをしてくださり、私たちの結婚式に大きな花を添えてくれました。
松田と二所ノ関部屋とのつながりは、現・二所ノ関親方(元・横綱稀勢の里)の現役時代にさかのぼる。写真は2017年、松田の結婚式で親方がスピーチをしたときのもの。直前の一月場所で優勝し、「新横綱」として会場に駆けつけた
それから時を経て、今度は親方として部屋を率いる姿を見届けることができたのは、感慨深いものがありました。自身が横綱に昇進してから8年、指導者として新たな日本人横綱を育て上げたという事実は、並大抵のことではありません。現役時代に頂点を極め、そして指導者としても頂点に立つ力士を育てた姿は、アスリートとしても人としても尊敬に値します。
祝賀会の会場には多くの支援者や後援会の方々が集まり、大の里関の偉業を心から祝福していました。夜の20時半頃、本場所と優勝パレードを終えたばかりの大の里関が到着。疲れているはずなのに、ひとりひとりに丁寧に挨拶し、笑顔を絶やさない姿は、まさに「推されるべくして推される」力士そのものでした。
宴もたけなわとなった頃、カラオケが始まりました。何人かの力士が順にステージに立ち、緊張しながらも歌声を披露し、場を盛り上げていきます。そして大トリでは、なんと二所ノ関親方自らがマイクを握り、堂々と一曲歌い上げました。
どこか昭和的ともいえる演出ではありますが、力士たちが自ら会を盛り上げ、支援者と一緒になって楽しむこのスタイルは、競泳出身の自分からするととても新鮮で、心に残るものでした。競技によって文化は違いますが、こうしたファンサービスの在り方は、スポーツと社会をつなぐ上で大きなヒントになると感じました。
会の最後には、私もご挨拶の機会をいただき、スピーチをさせていただきました。稀勢の里関とのご縁、そして二所ノ関部屋と大の里関のさらなる活躍への期待を込めて、心からの祝福をお伝えしました。
千秋楽祝賀会で支援者に挨拶をする二所ノ関親方。松田はこのときの力士たちと支援者との交流に、昨年のパリ五輪の取材を経て強く意識するようになった「スポーツホスピタリティ」の源流を見た
この祝賀会で目の当たりにしたのは、「スポーツにおける推し活文化」の本質です。会場には、力士を、部屋を、そして伝統そのものを推す人々の熱量が溢れていました。
二所ノ関部屋では、後援会の仕組みも非常にしっかり整えられており、支援者の貢献度に応じて提供されるサービスや機会も変わっていきます。これは、相撲界に古くから根づく伝統的な後援文化のかたちであると同時に、現代で盛り上がる"推し活"の強化版とも言えるスタイルです。単なる「応援」ではなく、力士や部屋と関係性を築きながら、ともに歩み、ともに育てていく構造は、スポーツとファンの理想的な在り方の一つだと感じました。
いま、バスケ、野球、バレーボールなどの人気スポーツでは、"推し活"が文化として根付いています。選手の発信、イベントの設計、ファンとの距離感??それらが整っていて、観客動員や競技人気にも直結しています。
一方で、そうした取り組みが進んでいない競技もあります。私のルーツである水泳界もその一つです。競技としての面白さや奥深さ、アスリートの努力やドラマは十分にあるのに、それをファンに届ける仕掛けが圧倒的に足りていません。
水泳をやっている子どもたち、水泳をやったことのある人たちは日本中にたくさんいるはずなのに、彼らが「応援したい」「また観たい」と思える体験が用意されていない。これは本当にもったいないことだと感じています。
実は以前の回でも、パリ五輪を観客として体験したことで「スポーツホスピタリティ」の重要性に触れました。今回は相撲界の現場を間近に体感し、改めて"推し活文化"の成熟度の違い、そしてそれがスポーツの盛り上がりと価値を左右していることを痛感しました。
スポーツ界の未来は、アスリートの挑戦だけでなく、それを支える人々の「推す力」によって形づくられる時代です。
今やメディアは多様化し、情報もエンタメも無限にある。すべてを追いかけるのは不可能に近い。だからこそ、人は自分の"推し"を選び、その人やスポーツを応援し、一喜一憂することで喜びやつながりを得ていくのだと思います。
競技が「推される存在」になるかどうかは、偶然ではなく、設計と発信と姿勢によって決まる。この推し活文化の中で、選ばれるスポーツになるかどうかが、今まさに試されている。
そのことを、私は大の里関と二所ノ関部屋の皆さん、そしてその支援者たちの姿から強く感じました。
文/松田丈志 写真提供/cloud9
記事提供元:週プレNEWS
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