「毒ヘビに自ら200回以上噛まれて命がけで耐性を得た男」を日本メディア初直撃! コブラの毒で4日間生死の境に...
幼い頃から魅了されてきたヘビと触れ合うティム・フリーデ氏
自らヘビに噛まれることで体内にヘビ毒の抗体を獲得したアメリカ人男性がいるという衝撃的なニュースが入った。バイオ企業は彼の血液を用いて、全種類のヘビ毒に対処できる汎用(はんよう)解毒剤の研究を進めているという。いったいこの男は何者なのか? 本人にインタビューした。
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■ヘビ毒耐性を得た男読者の中でヘビに噛まれた経験を持っている方はいるだろうか? WHO(世界保健機関)のデータによると、世界では毎年500万を超える人たちが毒ヘビに噛まれ、10万人以上が亡くなり、40万人以上が手足の切断を余儀なくされたり、後遺症を抱えたりしているという。
アメリカ・ウィスコンシン州在住のティム・フリーデ氏は、ヘビの猛毒を少しずつ体に注入していけば、不死身の肉体を作ることができると考えた。
20年を超える孤独な研究と人体実験の結果、彼は自身の体内にヘビ毒への抗体を作り上げた。そして、独特の使命感のもとになされた彼の孤独な闘いは科学者の目に留まり、画期的な抗毒薬が開発されつつある。
CNNやBBCにも取り上げられ、世界から大きな注目を浴びている彼に、本誌が日本から初めて取材を敢行した。
「初めてヘビに噛まれたのは、5歳のときだったね」
北アメリカ五大湖のひとつミシガン湖のそばの大自然の中で育ったフリーデ氏は、幼い頃地元に生息するガータースネークという無毒のヘビに噛まれた。そのとき彼のヘビ愛に火がついたという。
「小学生から高校生になるまで、いろんなヘビを集めて地下室で飼ったんだ。とにかく年とともに増えていったから母親には叱られたが、人生に欠かせない趣味になっていったんだよ」
建設現場の作業員、工場労働者、ピザの配達人などさまざまな職を転々として、結婚もし子供ももうけたフリーデ氏だが、ヘビ収集をやめることはなかった。
そして、彼は次第にヘビの有する猛毒にも興味を抱いていった。参考文献を頼りに、コブラ、ブラックマンバ、ガラガラヘビなどの猛毒を抽出して、それを体内に注射することを始めたのは、30歳の頃のことだ。
「世界には650種を超える毒ヘビが存在し、毎年500万人以上が噛まれ苦しんでいるという事実は知っていた。ヘビと共に暮らす以上、自分がそのひとりになりたくなかったんだ」
生きているヘビの牙から毒素を抽出し、それを薄めて体内に注射する。最初は体に火照りを感じて、酔ったような状態になったが、危険な状態に陥ることはなかった。
■コブラの毒に倒れるそんな作業を数年続けた後、2001年の11月のある日、彼は誤ってコブラに噛まれてしまう。それまでヘビ毒を注入していたのが功を奏したのか、体に異常は起きなかった。
しかし、その1時間後、今度は別の種類のコブラに噛まれると、彼は気を失い、妻と隣人によって病院に担ぎ込まれた。近所の動物園から取り寄せられた抗毒血清によって一命を取り留めたが、意識が戻るまで、4日間生死の境をさまよったという。
驚くべきことは、彼がそこでヘビの毒に対してトラウマを抱くのではなく、噛まれても血清なしで耐えられる肉体を作り上げようとしたことだ。
「注射もそれなりに怖かったが、ヘビに噛ませるのは、本当に恐怖だった。自分で注入するより何十倍も強力なのだからね」
彼は、死の恐怖を乗り越え、体内への毒素の注入とヘビに噛ませるという作業を繰り返していく。
ヘビに自分の腕を噛ませている瞬間。周囲には「絶対に自分のまねはするな」と呼びかけているそう
彼が冷静沈着に、自分の腕をヘビの毒牙に委ねる模様は、ユーチューブなどの映像で確認できるが、なかなかの緊張感に満ちている。普通に考えたら狂気の沙汰としか言えないわけだから、家族はもちろん心配した。
「妻には、もし失敗したら家を出ていくと言われたよ」
しかし、彼は徹底した体調管理を行ない、注入する毒の量を厳密に計算し、注入する期間を厳格に管理し、実験の経過を綿密に記録した。
「実際に噛ませる前には、準備段階として、毒を体内に入れ、免疫を高める必要があるんだ」
それでも、アナフィラキシーを含むアレルギー反応、ブラックアウト(失神)などを幾度となく経験したが、少しずつ猛毒への耐性と免疫が高まっていったという。
「実験は基本的にひとりで行なった。100%集中して、1000%身をささげる思いだった。とにかく根気よくやるしかない」
対象としたヘビはコブラ、ガラガラヘビ、マムシなど計60種で、最終的には700回以上毒を注射し、自らをヘビに噛ませた回数は、優に200回を超えることになる。
■科学の発展への貢献者として噂を聞きつけた雑誌やテレビなどから取材を受けるようになった彼は、次第に自分の経験を医学の進歩に生かすことができないか考え始めた。馬から作られる血清は、100年以上も同じやり方で製造され、慢性的に不足している状態だという。
「馬やヤギに毒を投与し抗体を作り、そこから血清を作ることはもちろん知っていた。それを人間から作ることができないだろうか。自分にはすでに数十種類のヘビの抗体がある。それを利用すれば、これまでより優れた血清が作れるのではないか」
使命感に燃えたフリーデ氏は、研究者に連絡を取るが、大学の学位もなく専門家でもない彼が真剣に相手にされることはなかった。免疫が高まっているのは実感できたが、研究者が取り上げ、科学的な裏づけを提供してくれなければ、理想は実現できない。
焦りを感じ始めていた2017年のある日、ユーチューブの映像を見たジェイコブ・グランビルという免疫学者から一本の電話が入る。そのとき、フリーデ氏の第一声は、「やっと来たか。待っていたよ」というものだったという。
センティバックスという免疫学研究所を運営し、汎用性の高い抗毒血清の生産を目指していた研究者のグランビルにとって、フリーデ氏はまさに奇跡的な存在だった。
予想にたがわず、彼の血液には非常に強力な抗体が、それも数十種類も宿っていることが判明した。センティバックスは、おそらく医学史上初めての「人間からの抗毒薬」を生産するべく研究に着手した。
リモートでの取材に応じてくれたフリーデ氏。体調が優れないようだったが、取材が殺到して睡眠不足だという
それから足かけ8年の歳月をかけて、グランビルたちは、フリーデ氏の血液に含まれていた19種類の抗体を分離し、それを基にした混合薬を作った。
そして、マウスを使った実験の結果、その混合薬が13種類の毒ヘビに有効で、ほか6種類にも部分的に有効であるということがわかり、その成果が今年の5月、専門誌『セル』で発表された。
これまでの血清は基本的に数種類の毒にしか効果がなかったが、13種類に有効という結果はまさに驚異的なものだった。実用化にはほかの動物での実験を経て最終的には人間に対する治験が必要だが、早ければ5年ほどで可能になるという。人間の血を基に生産するので、副作用が小さいことも期待されている。
■毒を摂取しないと免疫は落ちる2018年12月に毒を体に入れることをやめたフリーデ氏は、現在、爬虫(はちゅう)両生類学ディレクターの肩書で、サンフランシスコのセンティバックス研究所とウィスコンシン州の自宅を行き来する生活を送っている。
自らの血液のサンプルを提供し、自らの経験とデータを科学者たちに伝えるなどして研究に協力している。抗毒薬が完成し、実用化された暁には、多額の報酬が舞い込むことが予想される。
「博士号を持っている一流の研究者たちと仕事ができるのは本当にエキサイティングだ。自分の血液からクローンを作ったりするんだよ。難しくて半分はやっていることがわからないけれどね」
研究所からは定期報酬を受け取っているのかと下世話な質問をすると、「お金のためにやろうと考えたことは一度もない。何千マイルも離れている所に住む人たちがヘビの毒で亡くならないようになるのが私の使命なんだ」と断固たる口調で言った。そして、「もう表で仕事をせずに、これまでの生活を続けられるくらいの報酬はもらっている」とほほ笑みながらつけ加えた。
在野の爬虫両生類学者としてマイペースで研究を続ける彼は、日本を訪れたことはないが、アジアの国々には大きな関心を持っていると語る。
「アジアは毒ヘビによる事故死のホットスポットだ。インドでは、年間5万人が毒牙の犠牲になっている。その状況には常に注目しているよ」
現在は、7年ほど毒を体に入れておらず、血液検査をすると少しずつ免疫が落ちていることが確認されるという。再び毒ヘビに腕を差し出す気があるか、と尋ねてみた。
「医学のために必要だったら、体調を整えて、ヘビたちに噛まれてみるかもしれないよ」
ヘビ毒を飼いならした男の目は不敵に輝いた。
●ティム・フリーデ(Tim FRIEDE)
アメリカ・ウィスコンシン州在住。5歳のときにヘビに興味を持ち、収集を始める。30歳(1998年)頃から、自らヘビの猛毒を体に注入し始める。ユーチューブなどに上げられた自らを毒ヘビに噛ませる動画に注目したサンフランシスコのバイオ企業センティバックスに、自らの血液を提供。ヘビ毒への抗体が含まれたその血液を用い、画期的な抗毒薬が開発されようとしている。現在は同社の爬虫両生類学ディレクターを務めている
取材・文/高波創太
記事提供元:週プレNEWS
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