復活Vまでの苦悩を告白「ゴルフ場に行くのも嫌だった」 菅沼菜々が危機的状況で魅せた“超絶アプローチ”
<パナソニックオープンレディース 最終日◇4日◇浜野ゴルフクラブ(千葉県)◇6751ヤード・パー72>
ゴルフの神様は、復活を期す25歳に最後まで試練を与え続けた。1打リードで迎えた最終18番パー3。菅沼菜々が5番UTで放ったティショットはグリーンを越え、奥のラフに飛んだ。そこはスタンド前の“剛ラフ”地点。同じような位置から打った蛭田みな美が寄せに失敗した、難しいアプローチが残った。
「ボードを見て、パーなら優勝ということは分かってました。とにかく寄せたい。ドロップした時に(ラフにボールが)埋まってしまったんですけど、しっかり(フェースを)開いて打ちました」
狙ったのは23ヤード先のピン。「勝っても負けても後悔しないように。練習してきたアプローチでゆるむのが一番悔いが残る。やってきたことを信じて打ちました」。強い気持ちで56度のウェッジを振り抜くと、フワリと浮いたボールはきれいにラインに乗り、40センチまで寄った。直前の17番で3パットのボギーを叩いた直後の危機的状況。最後は自らの技で、約1年7カ月ぶりとなる優勝への道を切り開いた。
2023年に2勝を挙げたが、一転、昨年は苦しいシーズンを過ごした。29試合に出場し、16試合で予選落ち。メルセデス・ランキングは79位に終わり、シードを喪失した。「春先から調子は悪かったけど、後半戦も出られるしなんとかなるかなと思っていたら、なんともならなかった。終わりが近づくにつれ苦しくなりました」。追い打ちをかけるように、QTも102位と惨敗。優勝会見の席では、この時のことを思い出して「どん底」という言葉を何度も口にし、「ゴルフ場に行くのも嫌だった」と話した。
絶望のオフに突入。この時、一度ゴルフから離れる決断をした。「もう一度ゴルフが好きと思えるようになるまで、1カ月半くらいは練習をしませんでした。クラブを握らない間に悪いクセが抜けたのかな」。さらにQT前から、本格的に堀琴音らを指導する森守洋コーチに師事。「ほめて伸ばしてくれる。『天才なんだから頑張って』とか。それを自分に言い聞かせてました。言葉でなく動きで教えてくれるのも分かりやすい。チェックポイントも少なくシンプルにしてくれました」。最終日前にもスイング動画を送り、『これなら曲がらない』という言葉を信じた。
不振の原因になった右ヒザの故障も、昨年10月には完治。違和感なくクラブを振れるようになっていた。今季も開幕から3戦で2度の予選落ちがあったが、「ショットの状態はずっと良かった」と前を向いてプレーすることができていたという。復活の予兆はあった。
最後のパーパットを打つ前。自分の順番を待つ間、こみ上げてくる涙をこらえるので必死だった。「信じられない。ここまで早く復活できるとは思っていなかったので、不思議な感覚です。(パットの直前は)今までのことを思い出して泣きそうになりました」。ウィニングパットを流し込むと両手を挙げて、笑顔を浮かべる。だが、涙を抑えきることはできなかった。
この勝利で、来季終了までの出場権も確保した。何よりうれしいのが、来週のメジャー大会「ワールドレディスチャンピオンシップ サロンパスカップ」に出られること。苦しんだ昨年、唯一トップ10入りしたのがこの大会。菅沼は「奇跡の9位です」と言って笑う。「日本女子オープンの地区予選に申し込みもしていました。来週の茨城は好きなコースなので、めっちゃうれしい」。この日一番の笑顔を見せた。
不振でも大きな声で応援し続けてくれたファンには、感謝しかない。練習再開を決めたのは、今年のオフに開催したファンミーティングの翌日だった。「たくさんのファンの方にパワーをいただいた。今年も頑張ろうと思って、練習に打ち込みました」。競技の魅力を伝えるのも使命と感じている“ゴルフ界のアイドル”は、本職の舞台でひさしぶりにスポットライトを浴びた。(文・間宮輝憲)
<ゴルフ情報ALBA Net>
記事提供元:ゴルフ情報ALBA Net
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。