M&Aや障がい者支援に活用が期待されるAI 後継者・聴導犬の不足に対応

生成人工知能(AI)の活用が各分野に広がっているが、画像生成AIを悪用した、わいせつ物販売事件が先日摘発された。「手軽に稼げてコスパが良かった」との容疑者の弁は、AIが悪事をも効率化する“裏面”を物語っている。
▽AIの倫理指針
AI悪用の危険性については専門家がつとに指摘してきた。AI研究者らでつくる人工知能学会(事務局・東京都新宿区)は「(AIが)人間社会に深く浸透することで、人々の生活が格段に豊かになることが期待される」とする一方、「悪用や濫用(らんよう)で公共の利益を損なう可能性も否定できない」として学会員が順守すべき倫理指針を2017年2月に策定した。
指針には「(AIが)社会の構成員またはそれに準じるものとなるためには……学会員と同等に倫理指針を遵守(じゅんしゅ)できなければならない」とする規定も設け、人間の倫理をわきまえた“良きAI”を社会の構成員(準構成員)とする視点を示す。人間と同じ倫理を共有する良きAIは、より良き社会をつくる仲間として一つの人格のようなものとしてイメージされている。現在急速な進化を続けるAIは今後、倫理面でも同時に深化しなければならない。
AIが人間社会の切実な課題に向き合い頼りになる仲間として活用される事例は徐々に増えつつある。
▽事業承継促進のAI
例えば中小企業の後継者不在問題。中小企業庁の発表では、中小企業経営者の高齢化が進み「経営者年齢のピークはこの20年間で50代から60~70代へと大きく上昇している」という。日本の企業の99%は中小企業だ。ものづくり日本の「貴重な技術の担い手」としてはもちろん、地域の雇用や伝統文化をも支える存在。単なる経済問題だけでなく、地域の持続可能性に関わる問題として、中小企業の「事業承継」は重要な社会課題となっている。
早急な対応が求められる中、この事業承継を促進する可能性があるAIがこのほど開発された。開発したのは、各業種に特化した専門AIの開発・運営を得意とするメタリアル(東京都千代田区)。同社によると、今回開発したAI「メタリアルデューデリジェンス」は、企業の合併・買収(M&A)対象企業を調査する「デューデリジェンス」業務の作業時間を大幅に短縮することができるという。
デューデリジェンス業務は協業・出資やM&Aに付帯するリスク評価や買収先企業の資産価値・成長性などを査定するため、事前に買収先企業の経営実態、財務内容、事業環境などを精査すること。対象企業の財務関係資料や契約書類など膨大な情報を精査・分析して文書にまとめなければならず、多大な労力と作業時間がかかる。
メタリアルの調べでは、デューデリジェンス業務の作業時間は、投資関係の規模にもよるが、おおよそ2週間~2カ月ほどを要するのが通常。一方、開発したAI「メタリアルデューデリジェンス」を使えば、この作業時間を大幅に短縮することが可能になるという。
このAIを開発したメタリアルの米倉豪志・最高技術責任者 (CTO)は「圧倒的なデューデリジェンス業務の作業時間の短縮、スピードを主眼に開発した。正確さはいうまでもないが、このAIに求めたのはとにかく迅速さだ。事前調査業務の遅れで、将来有望な企業への投資やM&Aの適切な機会が失われてはならない」と話す。
同社では、投資会社やコンサル会社のほか、中小企業の事業承継に取り組む、地方の金融機関・経済団体・自治体などの利用を想定しているという。
▽聴覚障がい者助けるAI
耳が聞こえない、聞こえにくい聴覚障害者の日常生活を支援する技術としてのAI活用も進む。すでにいくつかの自治体の各種行政手続きの窓口では、会話や手話を瞬時に文章として電子端末に表示するAIを活用し、聴覚障害者が自治体担当者とやり取りする際の便宜を図っている。
今年11月15~26日、聴覚障害者の国際スポーツ大会「デフリンピック」が東京で開かれる。約70~80カ国・地域から選手約3千人をはじめ関係者約6千人が来日し、陸上やサッカーなど21競技を繰り広げる。
身体障害者の国際スポーツ大会「パラリンピック」は冬季大会含め過去3回日本で開かれ、おなじみだが、デフリンピックは日本では初開催。大会は「手話言語の理解・普及・拡大など従来からの情報保障の推進・強化に加え、デジタル技術を活用した新しいコミュニケーションツールの開発、社会への普及促進」などを大会ビジョンの一つに掲げる。大会運営に関わる東京都がAIの音声認識技術を活用した「字幕システム」などを都の施設に導入するなど、聴覚障害者が使いやすいAIなどを使った新しいコミュニケーションツールの普及が促進されている。
▽聴導犬とAIの協力
AI進化の一方、もちろん手話など聴覚障害者のための「従来からの情報保障の推進・強化」も欠かせない。障害者権利条約で「言語の一つ」と定義された手話言語を使う機会を確保するためには、手話通訳者の不足などさまざまな課題が指摘されている。
また視覚障害者が利用する盲導犬に比べて社会の認知度が低い「聴導犬」の不足も深刻という。聴導犬は聴覚障害者の頼りになるパートナー。自動車・自転車の警告音やお湯が沸いたやかんのピーピー音、インターホンの呼び出し音、赤ちゃんの泣き声、火災報知器・非常ベルの警報音、スマホの電話・メールの着信音、地震警報音など生活上配慮すべき多様な音の存在を聴覚障害者の体にタッチするなどの方法で教えてくれる。
日本聴導犬推進協会の水越みゆき事務局長によると、日本の聴導犬は今年2月時点で約50頭という。2月27日に東京都豊島区のAI音声認識事業を展開するアドバンスト・メディア本社で記者会見した水越さんは、デフリンピックをきっかけに、聴覚障害者が使いやすいAI音声認識技術がさらに進化することを期待するとともに、必要な頭数の育成に向けて聴導犬の認知度を今後高めたいと述べた。
その上で「AIの音声認識技術と聴導犬の活用が組み合わさることで、ろうあ者・難聴者が能力を最大限発揮できる社会の革新と進歩を願っている」と話した。
AIは聴導犬とともに、聴覚障害者が活躍できるより良き社会をつくる仲間となることが期待されている。
記事提供元:オーヴォ(OvO)
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