ひろゆきが睡眠学者・柳沢正史に聞く、眠りについての本当の話⑧「日本の科学力が低下している原因は?」【この件について】
柳沢正史先生が言うには「若手研究者には『研究だけに集中してほかのことはしなくていい』と言ってあげるべき」とのこと
ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。睡眠学者の柳沢正史先生を迎えての8回目です。日本の科学技術力は世界でもトップクラスだと思っていたら、最近は低下しているというニュースもあります。どうしちゃったんでしょうか。睡眠学の世界的権威である柳沢先生に聞いてみました。
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ひろゆき(以下、ひろ) 最近、日本の科学力の低下がニュースになることがありますが、柳沢さんは何が原因だと思いますか?
柳沢正史(以下、柳沢) 私は原因のひとつに予算配分があると思います。つまり国のお金の使い方がうまくない。私は国の研究費を分配する際は〝ボトムアップ〟(現場の専門家の意見をすくい上げる)でやっていくことが非常に重要だと思います。研究の現場を知らない方々が適切に予算配分することはほぼ不可能だと考えます。
ひろ 官僚とか政治家の考えではなく、現場の研究者の意見を大事にすると。
柳沢 はい。専門知識を持たない人が「これからはこの時代だから」というような素人判断でお金を配分してもうまくいかないと思います。それよりも研究者の意見を信用して任せたほうがいい。例えば「ピアレビュー」と言いますが、研究者同士で評価し合って「これはいいアイデアだ」と専門家たちがお互いに思うところにお金を投じる。つまり、研究者同士の評価に基づいて予算配分を決めたほうがいいと思います。
ひろ 専門知識のない人たちに任せても、結局はただのギャンブルですからね。
柳沢 例えばアメリカのNIH(国立衛生研究所)のような研究資金を配分する機関の幹部たちは、ほぼ全員が第一線でガンガン研究活動をやってきた人たちです。つまり、彼らは玄人です。研究の本質的な価値を見極めることができる〝目利き〟です。一方で、日本では文系出身の方が予算を決める権限を持っていたりします。
ひろ 予算は財務省が握っているといわれますが、彼らの多くは東大法学部卒などの文系エリートですよね。彼らは「明確な正解がある問題に対して最適な答えを導き出すこと」に非常に長けている人たちです。一方で、研究者は「正解がない世界」あるいは「まだ誰も知らない正解」を探求する仕事。そもそも「解くべき問い」を見つけること自体が非常に難しい。
柳沢 まさにそのとおりです。私の座右の銘のひとつが、「良い問いを見つけることは、その問いを解くことよりも難しい」です。研究の本質はそこにあるんです。また、アメリカではノーベル賞を受賞したら、その分野は国としては放っておきます。なぜなら、産業界からの投資や寄付が多くなり、研究資金が自然と集まってくるからです。でも、日本はノーベル賞を取った分野に長期にわたり予算が注ぎ込まれます。
ひろ 日本ではITやベンチャー投資ファンドの世界でも同じ現象が見られます。例えばウーバーが成功した後に〝ウーバーのようなサービス〟に投資が集まる。でも、そのときはすでにウーバーが市場を制しているのだから、本当はもっと別の新しい市場を開拓すべきなんです。
柳沢 現在の日本は経済的な体力がどんどん衰えていますから、限られた資金を本当に効果的に使わなければいけないんです。
ひろ 科学の分野では中国の存在感が大きくなっているじゃないですか。中国はどういう状況なんですか?
柳沢 中国は、官僚機構が非常に優秀だと思います。国のメカニズムとして、きちんと目利きのできる人材を集め、彼らが将来性のある分野を選定しているように見えます。
ひろ アメリカの研究者が中国に高額報酬で引き抜かれて、研究スタッフも全員一緒に行くというような話を聞いたことがあります。
柳沢 中国はそういうことを平気でやります。しかし、トップレベルの研究者を世界中から集められる資金力と戦略性を持っているというのは、国力として見ればすごいことですよね。
ひろ となると、研究投資の戦略としては、アメリカのように多様な研究テーマに投資して有望な芽が出てくるのを待つか、中国のように優れた目利きが選んだ特定の分野に国が巨額の資金を集中投下するかということになりますね。翻って日本は、そのどちらでもなくノーベル賞受賞分野や世間的な知名度が高い「わかりやすいけれども、大当たりしないところ」にずっと賭け続けているような印象があります。そして、その現状が「間違いだ」と政策決定のレベルで共有されないのが、さらに問題を深刻にしている気がします。
柳沢 日本と同じ議院内閣制を採用していても、イギリスでは各省庁の副大臣級のポストにアドバイザーがいて、彼らは本当にその分野のプロフェッショナルなんです。例えば国土交通省なら、本当に土木建築の専門家がアドバイザーとして就任しているイメージです。しかし、日本にはそういう体制がないんですよね。
ひろ ただ、日本がボトムアップを採用したときに、おそらく反論として出てくるのは、「将来、なんの役に立つかわからないような研究に税金を広くばらまいて、結局何も成果がなかったらどうするんだ。その場合、誰が責任を取るんだ」という意見だと思います。つまり「資金を配分するという決定をした官僚や政治家が、失敗したときの責任を問われるリスクを負いたくない」という考え方ですね。一方で、島津製作所にいた田中耕一さんのように、サラリーマン研究者がノーベル賞を受賞(2002年)するようなケースもある。
柳沢 現在と過去の日本の研究環境を比較すると、昔のほうがはるかに若手研究者、特に20代、30代の研究者が研究に没頭できる環境があったんです。しかし今は、それすらも失われつつあります。これにはさまざまな要因がありますが、ひとつは財務省の考え方です。財務省は「子供が減っているのだから、大学の予算も縮小すべきだ」と主張します。確かに大学は教育機関ですが、同時に基礎研究機関でもあるわけです。予算を削減すれば基礎研究が衰退するのは当たり前。そして、人数の限られた教員があらゆる業務をこなさなければならず、本来であれば、研究者として最も脂が乗っていて、独創的なアイデアを生み出す可能性が高い20代、30代の若手研究者が、研究以外の業務に忙殺されているんです。
ひろ ビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグなどIT業界で成功している人も20代前後で起業していますからね。
柳沢 若手の研究者には「研究だけに集中していればいい、ほかのことは何もしなくていい」と言ってあげるべきなのに、雑務に追われているのが現状です。例えば、国立大学の入学試験でトップレベルの研究者が採点や試験監督をやっている。ああいう業務は外部委託したほうがはるかに効率的です。
ひろ 世界レベルの研究者を大学入試の試験監督として使うというのは、社会全体で見ても大きな損失ですよね。その時間があれば、新しい発見につながる実験ができたかもしれないわけですから。
柳沢 本当におかしな話です。社会全体で「その人でなければできない仕事に、その人の貴重な時間と能力を集中させる」という原則を徹底しなければなりません。でも現状は業務的にも予算的にもあまりにも非効率で、研究者のポテンシャルを浪費してしまっていると言わざるをえないんです。
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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA)
元『2ちゃんねる』管理人。近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など
■柳沢正史(Masashi YANAGISAWA)
1960年生まれ、東京都出身。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構機構長・教授。1998年に睡眠・覚醒を制御する物質「オレキシン」を発見。監修した本に『今さら聞けない 睡眠の超基本』(朝日新聞出版)などがある
構成/加藤純平(ミドルマン) 撮影/村上庄吾
記事提供元:週プレNEWS
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