受難する若者たちから目をそらすな。 内山拓也監督「若き見知らぬ者たち」から 繰り出されるパンチが、効きすぎる!
初の劇場公開長篇「佐々木、イン、マイマイン」(2020)やKing Gnuのミュージックビデオが話題を呼び、また日本の映画界の改革にむけて精力的に活動する、まさに新進気鋭と呼ぶにふさわしい内山拓也監督の「若き見知らぬ者たち」のBlu-ray&DVDが4月11日(金)に発売された。
「若き見知らぬ者たち」は内山監督にとって初の商業映画長篇にして、日本、フランス、韓国、香港による共同製作。「月」「正欲」(23)でキネマ旬報ベスト・テン助演男優賞ほか数々の映画賞を受賞した磯村勇斗、「ケイコ 目を澄ませて」(22)で同賞主演女優賞ほか主演賞を席巻した岸井ゆきのを筆頭に、福山翔大、染谷将太、霧島れいか、滝藤賢一、豊原功補といった実力派の俳優が顔を揃える。
懸命に生きるのに、報われない者がいる
磯村演じる風間彩人は学生時代、将来を嘱望されたサッカー選手だったが、今は亡くなった父の借金返済に追われる日々。昼は工事現場、夜は両親が開いたカラオケバーでダブルワーク。前頭側頭葉変性症という行動障害を伴う、難病の母の介護をするヤングケアラーでもある。
炎天下、ギーコギーコと鳴る錆びた自転車で急な坂道を登る。母が万引きしてしまうため、近所のスーパーに毎月あらかじめ代金を納める。そうした日常描写が、貧しくも投げやりにならない彩人の人間性を物語る。
一方、総合格闘技の選手である彩人の弟・壮平(福山翔大)は、この後の選手生活の明暗を分ける重要な試合を控えた大事な時期を迎えている。
彩人の恋人で看護師の日向(岸井ゆきの)も彼らの家事を手伝い、症状が悪化する母を三人で支える。
それぞれに大事な人を思いやり、助けたいと思いながら生活しているものの、優しい気持ちをもち続けることさえ難しい。社会や政治へ憤る気力もなく、過酷な状況に甘んじる疲弊した彼、彼女らを見るのは、正直なところかなりのカロリーを要する。
でも、この世界から目をそらしてはいけない。彼らを見放してはならない。公開時、映画館で観た時の痛烈な記憶がよみがえってくる。
あくまで映画、フィクションとはわかっている。けれど、こんなのありかよと思わずにいられない理不尽に次ぐ理不尽が、釣瓶落としに彼らを襲う。
懸命に働き必死に生きてきた彩人が、酒に溺れたならず者によって蹂躙され、そうした輩を取り締まるはずの国家権力を笠に着た奴らの不正義によって息の根まで止められてしまう。しかも親友・大和(染谷将太)の結婚パーティの夜に。
7分間の壮絶なファイトシーンが圧巻
哀しみややるせなさに向き合う時間も余裕も持てないまま、やがて壮平は挑戦者としてタイトルマッチに挑む。
オクタゴンのケージの中で、現役の格闘家であるファビオ・ハラダが演じる格上の選手から容赦なくかけられる腕ひしぎ十字固めに思わず目を伏せたくなる。しかし、相対する壮平の反撃のパンチやキックには、肉体的な衝撃を凌駕する怒り、残された者が果たすべき生への覚悟が宿っているようだ。観る者の脳内でフラッシュバックするこれまでの数々の痛ましいシーンを、壮平が全身で打ち砕いていく。
7分間にも及ぶ試合のシーンにカタルシスを覚えつつ、二人の選手に接近して縦横無尽に視線を転換し、自在に動き回る映像の迫力にも圧倒されるはずだ。その迫真の舞台裏が、特典映像で見ることができる。
公開初日に行われた舞台挨拶で、壮平役の福山翔大の1年がかりのトレーニングの詳細が明かされた。
まず10キロ増量、そこから必要な筋肉をつけながら5キロ落とし、試合のシーンに向けさらに減量していく。空手と剣道の心得があり、格闘技への造詣も深いという福山が、修斗四天王の一人と言われた元総合格闘家の佐藤ルミナの監修のもとで続けた壮絶な訓練は、壮平のアクションに確かな説得力を与えている。
そして試合のシーンのメイキング。予測不能に、立ち技と寝技を繰り返す二人の選手を(仮にアクションコーディネイトされていても、動きを覚えるのすら難しいはず!)、カメラを構えた撮影の光岡兵庫と、長い竿のガンマイクを持ったスタッフが、裸足で駆け回って撮影している。この映像も見所の一つだ。
テストなし本番の“真剣さ”を捉えたオフショット
磯村のオフショットも興味深い。
今回、内山監督の「俳優が相手の演技を初めて見た、そのままの表情を大事にしたい」との狙いから、本番前にテストを行わない手法が全篇で採用された。
たとえば、カメラを回す前、動作に影響を及ぼす微細な感情の変化を説明する内山監督と、その言葉に丁寧に耳を傾ける磯村の表情は穏やかだが真剣そのもの。映画本篇とはまた別の、静かにたぎる熱量が伝わってくる。
生と死、残された者がいかに生きていくかということに、いやが応でも向き合わざるを得ないこの映画は、生半可な気持ちで観たら立ち直れなくなりそうなほど腹の底に響く。
同時に、ここまで効きすぎる映画を浴びせてくる内山拓也という存在に、歓喜せずにいられない。
文=川村夕祈子 制作=キネマ旬報社
「若き見知らぬ者たち」
●4月11日(金)Blu-ray&DVD発売(レンタルDVD同時リリース)
Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら
●豪華版 Blu-ray 価格:7,700円(税込)
【ディスク】<2枚>※本編+特典映像
★特典映像★
・メイキング映像
・舞台挨拶映像(10月12日・新宿ピカデリー)
・予告編集
★封入特典★
・ブックレット
★初回生産限定★
・ポストカード5枚セット
●DVD豪華版 2枚組 価格:6,600円(税込)
【ディスク】<2枚>※本編+特典映像
★特典映像★
・メイキング映像
・舞台挨拶映像(10月12日・新宿ピカデリー)
・予告編集
★封入特典★
・ブックレット
★初回生産限定★
・ポストカード5枚セット
●2024年/日本/本編119分+特典映像68分
●原案・脚本・監督:内山拓也
●出演:磯村勇斗 岸井ゆきの
福山翔大 染谷将太
伊島空 長井短 東龍之介 松田航輝 尾上寛之 カトウシンスケ ファビオ・ハラダ 大鷹明良
滝藤賢一 / 豊原功補 霧島れいか
●発売・販売元:TCエンタテインメント
© 2024 The Young Strangers Film Partners
記事提供元:キネマ旬報WEB
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。