名優が紡ぐ山田太一の言葉:「早春スケッチブック」「山田太一特別番組 魂に一ワットの光を~2025年・山田太一を語り継ぐ~」
数々の名作テレビドラマを生み出した、脚本家・山田太一。その没後1年にあたって、『名優が紡ぐ 山田太一の言葉』と題した特集を、日本映画専門チャンネルで放送中。この特集では3月に、代表作『早春スケッチブック』(1983・全12話)と現在第一線で活躍する映画監督や脚本家、、山田太一のシナリオブックを出版している出版社代表、そして俳優・山﨑努が、山田作品の魅力を語る特別番組『魂に一ワットの光を~2025年・山田太一を語り継ぐ~』を放送。山田ドラマのファンは勿論、まだ彼の作品を観たことがない人にも入門編として必見の特集だ。
第一線で活躍するクリエイターたちが、山田太一作品の魅力を語る特番!
特別番組に登場するのは、脚本家では『リーガル・ハイ』(2012)や『コンフィデンスマンJP』(2018)の古沢良太や、『ホタルノヒカリ』(2007)、連続テレビ小説『スカーレット』(2019~2020)の水橋文美江。映画監督では「モテキ」(2011)、『地面師たち」(2024)の大根仁と「ディア・ドクター」(2009)、「すばらしき世界」(2021)の西川美和。出版社・里山社の代表で『山田太一セレクション』を出版している清田麻衣子。そして『早春スケッチブック』をはじめ、多くの山田作品に出演した山﨑努である。
古沢は山田作品の中でも『男たちの旅路』シリーズに(1976~1982)に一番影響を受けたと言い、警備会社を舞台に鶴田浩二演じる戦中派の上司と桃井かおりや水谷豊扮する戦後世代の若者たちが、毎回直面する社会問題に対してお互いの価値観をぶつけて話し合うこのドラマに、かっこよさを感じたという。また山田太一は芯にクールな視点を持ちながら、反骨精神があり、それでいてロジカルなところに惹かれると語っている。
水橋は山田作品のプロットをもらってシナリオの勉強をしたこともあるという、山田の大ファン。彼女もまた『男たちの旅路』の第4部第3話の『車輪の一歩』(1979)を観て、障がい者の生きにくい社会状況を描きながら、彼らをかわいそうな存在として扱わず、劇中で鶴田浩二が障がい者の青年に『きみたちは、迷惑をかけていいんだ』と言うセリフに、価値観を揺さぶられたと語る。
山田太一の文庫本のあとがきを書いたこともある西川美和は、人間の突かれたくないところを細い針で突いて、人間の本質に迫ろうとした山田のすごさ。それを誰にでもわかる言葉で書き、普通の人の日常生活を肯定する姿勢に惹かれると語る。
個人的にも山田宅を何度も訪れている清田は、山田が亡くなってから神格化されているのに違和感を覚えるという。山田自身は、行き届かない自分と常に葛藤していて、『人間は愚かで弱い』というドラマで繰り返し描いたテーマと向き合っていた人だと語る。
大根仁は山田作品には必ず笑いがあって、それは山田が落語のファンだったからではないかという。山田作品の魅力の一つはセリフにあって、普通であれば違和感を覚えるアフォリズムを含んだセリフでも、山田が書くと心にすっと入ってくるのが魅力だと語る。
多くの人に影響を与えた名編、『早春スケッチブック』
この特別番組に登場する多くの人が、忘れられない作品として語るのが『早春スケッチブック』。知らない人のためにドラマの設定をおさらいすると、主人公は東京郊外の一軒家に住む望月家の4人。妻の都(岩下志麻)は息子の和彦(鶴見辰吾)を連れて、良子(二階堂千尋)という娘がいるサラリーマンの省一(河原崎長一郎)と結婚して、10年以上になる。彼らは平凡ながらも仲のいい家族だったが、大学受験を控えた和彦の前に明美(樋口可南子)という美しい女性が現れたことで波紋が広がる。彼女は和彦を強引にアルバイトに誘い、バイト先の洋館に行ってみると、そこには一人の男が住んでいた。彼の名は沢田竜彦(山﨑努)。かつては気鋭の写真家だったが、今は目の病気を患い、治療しなければ命にかかわる状態にある。時には平凡に生きる人々を痛烈に罵倒し、あるときは人生に関して含蓄のある助言をするこの竜彦に和彦は魅せられて、影響を受けていく。
平凡な人々の幸せを否定する、沢田竜彦の言葉が印象的!
さまざまな問題が起こっても家族の絆でそれを乗り越えていつもの日常を取り戻すという、それまでのホームドラマに描かれた庶民的な幸せの形を、存在そのもので否定する沢田竜彦。劇中、常識にとらわれた受け答えをする和彦に『お前らは、骨の髄まで、ありきたりだ』と竜彦は罵声を浴びせるが、彼は何事もなく平穏な日々を持続させるだけのありきたりな生活を送る人々に我慢がならない。明美が治療して長生きしてほしいと言うと、『なにかを、誰かを深く愛することもなく、なんに対しても心からの関心を抱くことが出来ず、ただ飯をくらい、予定をこなし、習慣ばかりで一日をうめ、下らねえ自分を軽蔑することも出来ず、俺が生きててなにが悪い、とひらき直り、魂は一ワットの光もねえ。そんな奴が長生きしたって、なんになる?』と彼は言い返す。竜彦にとって平穏な日々というのは、生きていないのも同じことなのだ。
視聴者に問いを投げかける、山田作品のイーブンの面白さ
この型破りな沢田竜彦は、和彦の実の父親で、彼の登場によって望月家はみんなで保ってきた幸せの価値観を、否応なく揺さぶられていく。ただ山田太一のすごさは竜彦を、平凡を否定する破滅的なヒーローとして持ち上げるのではなく、物語の後半へ行くにしたがって、中学生の良子も含めた望月家のひとりひとりが家族を守ろうと行動していく中で、竜彦の心に影響を与えていく展開だ。ありきたりの幸せを望む望月家と、太く短く一ワットの光を求めて破滅的に生きる竜彦の想いが、拮抗していく意外性。古沢良太は『男たちの旅路』で戦中派の鶴田と桃井や水谷の戦後派若者の価値観の、どちらかを選ぶのではなくイーブンに描くところに山田太一の面白さがあると言っているが、ここでも望月家と竜彦の生き方の一方を支持しているわけではない。答えは視聴者が見つけるもので、山田太一は『あなたなら、どうしますか?』という問いを投げかける。それが時代を超えて、人間の本質に迫った問いになっているところに、山田作品の大きな魅力がある。
特別番組の最後に登場する山﨑努は、言うときに一字一句変えられない山田太一のセリフの書き方の特徴を説明し、自分に当て書きされた竜彦は、なじんで演じることができたと語る。また自分にとって一番印象に残っているドラマだったと彼は言っているが、山田太一を知る上でも欠かせない名作を、この機会に多くの方に観てほしい。
文=金澤誠 制作=キネマ旬報社
【没後1年を偲んで 名優が紡ぐ山田太一の言葉】
『早春スケッチブック』(全12話)(1983年)
脚本:山田太一
監督(演出):富永卓二
出演:岩下志麻、山﨑努、河原崎長一郎、鶴見辰吾、樋口可南子
★放送日:3月13日(木)・14日(金)連日午後5時スタート
『山田太一特別番組 魂に一ワットの光を~2025年・山田太一を語り継ぐ~』
出演:大根仁、清田麻衣子、古沢良太、西川美和、水橋文美江(五十音順)/ 山﨑努
★放送日:3月14日(金) 22:00 / 3月28日(金) 07:50
記事提供元:キネマ旬報WEB
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