「世界征服やめた」 【山崎あみ コラム音楽の森】
北村匠海(たくみ)さんは、バンド「DISH//」のボーカル&ギターで大人気俳優でもあり、27歳の今まで生い立ちも順風満帆なのだろうと、私は勝手に思い込んでいました。実際には中学から高校時代、孤独の中を生きていたそうです。小学3年から芸能活動をしていて、周りとリズムが違って悩んだり、高校では俳優をしている人が多い環境に身を置いても、まだ孤立感が消えなかったり。
そうした中で出合ったのがポエトリーリーディングというジャンル。歌うでもなく、ラップのように韻を踏むでもなく、かといって単なる詩の朗読とも違う曖昧なもの。中でも「不可思議/wonderboy」さんの「Pelicule」「世界征服やめた」という2曲を知り、北村さんは「親にも伝えられなかった感情を言語化してくれた」「ネガをポジに変えてくれた」という感覚を抱き、その恩返しとして「この思いを作品に昇華する。生涯をかけてクリエイトしなければならない」と思ったそうです。その時、17歳。
不可思議さんは、2009年ごろ人々の前に現れました。生きる意味や人間の本質をセンチメンタルなトラックとともに表現。誰もが心の奥に秘めているような感情をぶつけて注目されました。11年には詩人・谷川俊太郎さんと共演し、谷川さんの詩「生きる」を音源化。東日本大震災直後の人々の心に響きました。さらなる活躍が期待されていましたが、同年6月、不慮の事故で20代前半にして他界しました。
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そして今、北村さんが初監督を務めて世に放ったのが、51分間の映画「世界征服やめた」です。不可思議さんの楽曲を原案に、企画・脚本も自ら手がけました。描くのは影と光のような会社員2人。彼方(萩原利久(はぎわら・りく)さん)は内向的で、変わりばえしない日々に絶望していますが、軽くひょうひょうとした同僚の星野(藤堂日向(とうどう・ひなた)さん)のあることに影響され、揺れ動きます・・・。前半、無機的な会社や孤立、虚無感を象徴する場面を、北村監督は強く印象に残る演出を施して配置しています。一方で、後半に訪れる屋上での長回し場面などは、役者のその場・瞬間限りの感情のうねりを撮る、圧倒的ライブ感重視と感じます。撮影はたった3日間。それには狙いがあります。不可思議さんを「今を刻み続け、取り繕った言葉ではない生の言葉を表現するアーティスト」と評する北村監督は、映画でも鮮度を大切にしようと、キャスト2人が役に慣れる前に撮り終えたかったそうです。本番前のテストもほとんど行わないやり方で。何かにおもねることがなく、北村さんが高純度で詰まったエモーショナルな映画の誕生です。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 8からの転載】
山崎あみ(やまざき・あみ)/1997年生まれ、東京都出身。音楽大卒。モデル。
interfm(東京)「MUSIClock+」(金曜午前7時)およびJFN制作FM番組「みゅ~じっくろっく」DJ。YouTube番組「@uruou.recommend">山崎あみ『うるおう』リコメンド」(略称うるりこ。共同通信社制作)出演。
記事提供元:オーヴォ(OvO)
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