「○△□」~インチョン、ソウル(後編)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】
マッコリ飲み比べ
今回の訪韓では、気の置けない仲になっていた研究者仲間、ソウル国立大学のナムと再会。筆者がこのコラムでも何度か書いている「外向きのチャレンジ」の大切さ、対面でしか構築できない信頼感について思いを馳せる。
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■韓国の「やってみる精神」韓国・インチョンにある、グランド・ハイアット・ホテルの10階の部屋で、この原稿を書いている。
韓国のコンビニに行くと、いつも思うことがある。それは、そこで売っているクラフトビールの種類が、日本のそれに比べてとても多いことである(最近でこそ日本のコンビニでもよく見かけるようになったけど、2024年はまだそれほど目にすることはなかったように思います)。
チェジュ島のクラフトビール。このシリーズはどれもおいしい
韓国は何につけ、「とりあえずやってみる」というマインドが強いのだろうか? よく見ると、クラフトビールだけではなくて、ハイボールの種類も謎に多い。日本で「ハイボール」と言えばウイスキーの炭酸水割りだが、韓国にはスイカ味やリンゴ味のような、さまざまな味の「ハイボール」が並んでいる。
おそらくはメロン味と思われる「ハイボール」。居酒屋に行っても、かき氷のシロップ味のようなバラエティーに富んだ「ハイボール」がメニューに並んでいる
さらに韓国には、小さいホットケーキのような「ホットク」や、クロワッサンの生地で作ったワッフルの「クロッフル」、謎にでかいマカロンなど、独自あるいは特有な食べ物も多い。韓国には、「とりあえず『魔改造』してみる」というような発想の土壌があるのかもしれない。
その発想の発端は、なにかのパクリなのかもしれない。しかしそれでも、とりあえず元ネタを発展させていろいろとやってみる。もちろんリスクもあるし、ハズレもある。たとえばいつかの韓国の夜に飲んだ、「ビールで作ったかき氷を載せた生ビール」。これははっきり言って全然おいしくなかった。
ビールのかき氷を載せた生ビール。これはおいしくなかった
それでも、そのチャレンジや発想は面白い。99.9%はハズレでも、0.1%が当たれば、新しいカルチャーが生まれる「種」になる。そういう精神は、保守的な日本よりも、もしかしたら韓国の方が強いのではないか、と思ったりもした。
J-POPではYOASOBIなどが世界進出を試みているところであるが(84話)、K-POPではBTS(防弾少年団)が、2020年にアメリカ・ビルボードのシングルチャート1位を獲得している。それを皮切りに、K-POPはいまや世界を席巻するジャンルのひとつとなっているが、そのような功績も、もしかしたらこのような韓国のチャレンジ精神によるところもあるのかもしれない。
それに比べると、日本では、「アップデートする」ことを軽視しすぎていて、「オリジナルなものを生み出す」ということにこだわりすぎなのではないか? なにかをアップデートするのにもチャレンジは必要なわけで、あれ、元々日本人って、そういうのが得意な気質なんじゃなかったっけ? と思ったりもした。
■円滑な国際共同研究の進め方2日目の朝に講演を終え、今回の訪韓の主たる目的は果たした。その後はほかの参加者と交流したり、講演を聴いたりしていたのだが、研究集会の発表スライドに目を向けるためには、顔を少し「見上げる」角度にしなければならない、ということにここで気づいた(映画館で、前方の席で映画を観るのと同じ感じ)。
頸椎ヘルニアが完治していない私にとって、これも想定外のアクシデントのひとつだった。講演を聴いているだけで右手にビリビリとした痺れが走る。これ以上悪化してはたまったものではないので、部屋に戻り、安静に努めた。
その日の夜、気の置けない仲の友人に会うために、ソウルまで足を運ぶ約束になっていた。すこし部屋で休んだおかげで、右手の具合はだいぶ良くなっていた。インチョンからソウルまでは地下鉄で1時間ほど。
その友人とは、ソウル国立大学のチョ・ナムヒョク(Cho Nam-Hyuk)教授である。ナムとは、昨年9月の訪韓で初めて会い(50話)、11月のサウジアラビア・リヤドで開かれた会議で再会した(72話)。会うのはこれでまだ3度目だし、年も10近く離れているが、一緒にリヤドの街をさまよった経験なども相まって、文字通り「気の置けない仲」になっていた。
ナムとの関係を振り返って改めて思うのは、対面で会うこと、話すことの大切さである。コロナ禍を経験したことにより、オンラインで話すことが常態的になり、国際会議にもバーチャルで参加することが可能になった。
そうなると、「別にわざわざ何時間も飛行機に乗って、お金(しかも、私たちのような『アカデミア(大学業界)』に属する人間の場合、これはたいてい『税金』ということになる)を使って外国に行く必要なんかないんじゃないですか?」という話が出てくる。
それで済ませられることももちろんあるが、共同研究、あるいは一緒に仕事をする場合には、私はできるかぎり対面で会うことにしている。顔を合わせて話をすることで初めてわかることもたくさんあるし、そしてなにより、そのようなやりとりを重ねることによって初めて、「信頼」や「信用」、「安心感」や「親密感」が生まれる。経験上、少なくとも私にはこれらがないと、円滑で生産的な共同研究は絶対に進められない。
よく言われることだが、「研究」には失敗やうまくいかないことがつきものである。うまくいかない状況になった場合、「面倒くさい」「やめたい」という感情が必ず生まれる。そのような状況になったときにそれを投げ出してしまうかどうか、その決め手になるのが「信頼関係」であると私は思う。
もし信頼関係が築けていなければ、相手はそこで諦めて、頼んでいた仕事を投げ出してしまうかもしれない。私自身、そのような経験をしたことが何度もある。しかし、きちんと信頼関係が築けていれば、相手はそこで解決のために私に相談をしてきたり、私のためにもうひと踏ん張りしてくれるかもしれない。
デジタル世代の若い人たちは気質が違うのかもしれないが(悪い意味で言っているのではないです)、昭和生まれの私にとって、親密な関係を築くためには、対面で会うこと、平たく言えば「友達になること」が大切である。年の始めに北京大学のユンロン(Yunlong Cao)やケンブリッジ大学のラヴィ(Ravinda Gupta)が私に会いにきてくれたのも、つまるところはそういうことなのだろうと思っている(86話)。
■ナム再びナムにはあらかじめ、今回の訪韓のどこかで一緒に食事をしよう、せっかくだからおいしい韓国料理が食べたい、と伝えていた。しかし、なぜかナムの中の私は「飲んべえ」あるいは「マッコリ好き」と認識されていたようで、彼が予約した店をGoogle Mapsで調べてみると、その店には「マッコリバー」との補足説明がなされていた。
ナムが予約したレストラン。「マッコリバー」とあるが、ここは2次会とかで使うような店なんじゃなかろうか......
いずれにせよ、定番の韓国料理をつまみつつ、マッコリの飲み比べをしたり、瓶(かめ)に入ったマッコリを飲んだりした。酔っ払う前に研究の打ち合わせは済ませ(すごい進展があった! これこそまさに、対面で話していなければ成されないことであった)、マッコリを飲みながら『イカゲーム』の話をしたりした。
われわれ日本人にとって、イカゲームは馴染みのないゲームであるが、韓国ではかくれんぼや鬼ごっこのように、子供時代にみんなが遊ぶ定番のゲームのひとつであるという。ちなみにナムは、中学生くらいまでイカゲームで遊んでいたらしい。
結構な量のマッコリを飲み、なかなかな量のツマミ(食事)をたいらげて満腹であったが、「最低2軒目まで行くのが韓国のルールだ」というナムに、はしご酒を強制される。2軒目では、コプチャンというホルモン焼きをツマミに、韓国焼酎のビール割りを飲み散らかした。
――と、そのようにしてしたたかに酔ったインチョンへの帰り道。ソウルの仄暗いある地下鉄駅。メンコの勝負を挑んできそうな男前の青年がいないか、辺りを見回してみたりした。すると、電車の到着を知らせる聞き慣れない電子音の曲が流れ、それが『イカゲーム』の開始を想起させた。
到着した電車の車内。深夜なこともあり、乗客の数はまばらだった。
しばらくの間、電車はソウルの地下を走る。アルコールが入っていたこともあり、そろそろ睡魔に襲われようとしたところで不意に、次の駅への到着を知らせるアラートが車内に鳴り響いた。聞き慣れない電子音。それがやはり、『イカゲーム』の開始を想起させて、慌てて私の目を覚ますのであった。
■そして、成田へ幸いなことに、その後は想定外のアクシデントが起きることはなく、滞りのなく会議の時間は過ぎていった。
ちなみにこのコラムの大半は、この出張の合間にリアルタイムに書いたものだ。まだすこし指先に痺れが残る右手で、MacBook Airのキーボードをタイピングしながら。やはり心身ともに健康であることの大切さを痛感しながら、これから始まる2024年の怒涛の「外向きのチャレンジ」の序章の結びとして、成田に向かう飛行機に乗り込んだ。
それから2時間ほどで成田空港に着き、成田エクスプレスで品川に向かう。電車の出発を告げる聞き慣れた電子音は、特に私に何かを想起させることはなかった。
文・写真/佐藤 佳
記事提供元:週プレNEWS
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