“世界一”のクラフトビール「伊勢角」大躍進の舞台裏:読んで分かる「カンブリア宮殿」
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イチオシスト:イチオシ編集部 旬ニュース担当
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お伊勢さんの町で大人気!~超老舗が造るクラフトビール
天照大御神を祭るお伊勢さんの町、三重・伊勢市。参拝客がお参りの後に訪れるのが「おはらい町」だ。800メートルほど続く石畳に100以上の店が軒を連ねる。
大にぎわいの通りに長い行列ができていた。歴史を感じさせる看板には「伊勢角屋麦酒」と書かれている。一大ブームを巻き起こしているメーカーのクラフトビールだ。
提供しているのは全部で6種類。味もタイプも異なるさまざまなビールを気分や好みで選べるようにしている。
「ねこにひき」は今、世界で大流行している「ヘイジーIPA」というスタイルのビールで、苦味を抑えたジューシーな味わいが特徴だ。
【動画】“世界一”のクラフトビール「伊勢角」大躍進の舞台裏
「ヒメホワイト」を飲んでいた客は「やさしくて苦みがない」と言う。
このビールを造っているメーカーは、伊勢神宮から車で10分ほどの場所にたたずむ二軒茶屋餅角屋本店。老舗の餅店だ。
創業は1575年。織田信長が武田軍を破った「長篠の戦い」があった年だ。以来450年間、のれんを守ってきた。名物は、餅の皮でこし餡を包み、きな粉をまぶした素朴なお菓子、「きなこ餅」(10個入り、940円)。一つ一つ手作りで創業当時の味を守り続けている。
二軒茶屋餅の店舗は全国でここだけ。観光客が集まる場所ではないが、客がひっきりなしに訪れる。店の奥には、かつてお伊勢詣した旅人がひと休みした場所もある。
餅店の目の前にある同じような古い建物の中で売られていたのは、参道で人気だったクラフトビール。向かいにビールの専門店「伊勢角屋麦酒 麦酒蔵」を設け、餅を買った客にもアピールしているのだ。
通称「ISEKADO」と呼ばれるこのビールは、350ミリリットル缶の定番商品で約400~1000円と、 大手メーカーのものより値は張るが、スーパーなどでも置かれ、年間出荷量はレギュラー缶換算で約500万本にのぼる。世界11の国と地域に輸出を行い、ベトナムで現地生産も開始。30年前に8000万円ほどだった二軒茶屋角屋本店の売り上げは、今や14億円に迫る。その95%がクラフトビールだ。
畑が違うビールに舵を切る決断を下した二軒茶屋餅角屋本店21代目・鈴木成宗(57)は、「超極東のしかも田舎に伊勢はある。世界地図を見ながら『世界に出てやる』とずっと思っていて、実際にベトナムで生産が始まり、インドにも協力会社があります。伊勢の名を世界に広げる」と語る。
無限の味を生み出す~ビールの「魔術師」たち
〇老舗の成長戦略1~多様なラインナップで稼ぐ
ビールの作り方はシンプルだ。麦芽を粉砕し、お湯で煮て麦汁を作り、酵母を加えて発酵させる。では、どうやって違いを生み出すのか。
会社の未来を左右する研究開発部門。「修士以上の学位を持っているスタッフで構成している」(鈴木)と言う。科学的なビール造りが伊勢角の強みだ。
酵母を自社培養するなどし現在20種類を活用。ここまでやる中小メーカーは珍しいと言う。さらに苦味や香りをもたらすホップ30種類、麦芽15種類を柔軟に組み合わせる。この組み合わせで、無限に風味を生み出せるという。
味わいの違いを示した図を見ると、苦味や味の濃さなど、あらゆる方向にバランスよくラインナップされているのがわかる。どんな好みも広くカバーする狙いだ。商品は現在「30種類ぐらい」(鈴木)と言う。
商品一つ一つに明確なターゲットも設定。マニア向けのものもある。
アルコール度数が10%もある「脳がとろけるウルトラヘヴン3×IPA」(834円)、通称「脳とろ」。5種類のホップを大量に使った鮮烈な香りで、「ビール界のオスカー」と呼ばれる世界最高峰の「インターナショナル・ブルーイング・アワード」で金賞にも輝いた。
全国の量販店にも並ぶ一般向けの定番商品「ペールエール」(396円)も、お手頃価格ながら同アワードで3回、金賞を受賞した。
新作を投入するペースも早く、平均すると月に3種類が入れ替わる。中には、逃したら二度と味わえない一期一会の限定ものもある。
100本前後の販売しかない「カドラボ」シリーズ。1本(750ミリリットル)3000円以上するが、尖った風味にマニアが飛びついている。
入社6年目の醸造士・山宮拓馬が手がけた「カドラボ」は、植物の「木瓜(ぼけ)」の実から採取した野生の酵母で醸造。この酵母がフルーティーでいながらスモーキーな風味を実現。瓶の中でも発酵が続き、旨みが増していくという。
「瓶内で二次発酵してどんどん炭酸がたまっていきます」(山宮)
ちなみに山宮は京都大学大学院出身。入社理由を「味の多様性、フレーバーの豊かさに惚れ込んで。安定していいビールを造っているなと」と、説明する。
馬場建吾は一橋大学出身。入社2年目で早くもブルワー(醸造士)デビューした。こうした環境も人材が集まる理由となっている。入社については「親も『そこまで歴史がある会社なら』と」と言う。
「経営は『人』だと思っているので、歴史が信頼感となって入社してくれるのはありがたいですね」(鈴木)
新店舗に100人が行列~大企業とのコラボも続々
〇老舗の成長戦略2~タッグを組んで市場を拡大
2024年11月下旬、鈴木が夫妻で東京を訪れた。気軽にクラフトビールが楽しめる店を作り、ファンを増やそうとしているのだ。
都内で3店舗目となる「伊勢角屋麦酒」丸ビル店。伊勢角のクラフトビールに合わせるのは、三重県産の食材を豪勢に使った和食だ。飲食店を数多く運営する外食企業「アクアプランネット」とタッグを組んだ。
「たくさんあるクラフトビールメーカーの中で、『伊勢角屋麦酒』と鈴木さんがやっていることは輝く星のよう。そのブランドを貸してほしいと」(アクアプランネット社長・福政圭一さん)
グランドオープンの日は、店の前には噂を聞きつけた100人近い客が今か今かと営業開始を待っていた。中には「もともとビールは苦手だったが、飲みやすくて好きになった」というファンもいて、大盛況となった。
ただ、ビール市場全体で見ると、クラフトビールのシェアは2%にも満たない。いかに間口を広げられるかに、会社の未来がかかっているのだと言う。
「本当にメジャーになろうと思ったら、東京から情報を発信しないと太刀打ちできない。東京で発信できて土俵に上がれると思っている」(鈴木)
さまざまな企業とのコラボにも取り組んでいる。パッケージにも東京駅があしらわれているのは、「JR東日本」と作った東京駅開業110周年の記念ビール「TOKYO STATION JR PALE ALE」(448円)。スーパーのイオンとコラボしたのはISEKADO「これから」「これまで」(各298円/税別)だ。
あの手この手で、伊勢角の味を広げていく。
嫌でしょうがない…~ビールに挑戦も大赤字
かつて「角屋」と「湊屋」という二軒の茶店があったことからその名がついた二軒茶屋餅角屋本店。1967年、老舗の21代目として生まれた鈴木は、豊かな自然の中で育ち、周りに溢れていた生き物に興味を抱くようになる。
「田んぼに行って虫を獲ったり、ため池の水を顕微鏡で見ていろいろな微生物が動いているのを見たり。そういうことが楽しくてしょうがなくて」(鈴木)
東北大学農学部に進学し、空手に打ち込む一方、微生物の研究に没頭。好きなことをできるのはここまでと、卒業後は伊勢に戻ったが、待っていたのは退屈な日々だった。
「大学を卒業して帰ってくると、子どもの時に見ていたものを何も変わらない。これを50年間やるのかと、嫌でしょうがなかったんです」(鈴木)
そんな時、酒税法の改正によってビールの最低製造量が大幅に引き下げられ、小さなメーカーでも参入できるようになった。鈴木は年商の倍の2億円を投じてビール工場を建設。2階にレストランも設けた。
しかし、にぎわったのは最初だけ。数カ月で客足はバッタリと止まる。そんな中で鈴木は、海外のビールコンテストで世界一になれば巻き返せると考えた。
まず、自ら審査員の資格を取得し、どんなビールが評価されるのかを研究。そしてついに、世界5大大会の一つで日本メーカー初の金賞に輝いた。だが目論見は外れ、「全然売れなかったです」(鈴木)。どん底は続いた。
妻・千賀はどん底時代を「言っちゃっていいのかな(笑)。現実逃避している感じで、今では考えられないほど『考える力』がなかった。どうしたらいいか分からなくて、光の見えないトンネルの中を走っている感じでした」と振り返る。
救世主の強烈なダメ出し~社員はみな経営者?
そんな頃に出会ったある人物が鈴木の運命を変える。鈴木が「救世主」と語るのは元岡健二さん。元岡さんは若い頃には「リンガーハット」の全国展開を推し進め、独立後は熊本県でレストランチェーンを成功させた外食ビジネスのプロフェッショナルだ。鈴木がアドバイスを求めると、伊勢まで来てくれたという。
「かなり思い詰めていたので、重く、暗い感じで話をしたのだと思います。でもせっかく元岡さんに伊勢までお越しいただいたので、やるしかないと」(鈴木)
さっそくビール工場へ案内しようとすると、元岡さんはその手前の駐車場で「今、空き缶が落ちていたのに素通りした。会社の隅々まで目を配ることができていない証拠だ」というダメ出しを。さらに鈴木のデスクの引き出しをチェック、「グチャグチャで整理できていない。経営がうまくいかないのも当然だ」と指摘された。
そして元岡さんが勧めたのは、「ソニー」が人材育成用に開発し、当時、他の会社にも売られるようになっていた「戦略MGマネジメントゲーム」。参加者それぞれが経営者となり、どれだけ会社を成長させられるかを競うシミュレーションゲームだ。
「非常に簡単に、会社というものがどういう構造で経営が回っているかということが分かります」(鈴木)
社員一人一人が「経営者の視点」を持ち、全員野球で会社を成長させる。その大切さを元岡さんは伝えたかった。
「『一人一社』という考え方で勉強していたものですから、社員一人一人が自立するためにマネジメントゲームを提案したわけです」(元岡さん)
今では、実際の経営にも社員一人一人が携わる。半年に1回行っている「実行計画策定会議」。部署ごとに分かれ、売り上げの目標を設定。パート社員も含めて全員で、どうしたら達成できるかを話し合い、具体的なプランを練り上げていく。
「胃が痛くなります(笑)。でも目標の数字を手で叩いて出して、自分で動くということをやらないと、必死さも出ない。ありがたい機会だなと」(オンラインショップ担当者)
「造りたいビールをひたすら造る」というメーカーとしての方向性も考え直した。
この日、ブルワーのトップ・出口善一は東京・墨田区のビアバー「麦酒倶楽部ポパイ」を訪ねた。
「これだけ多くのお客さん来ていて、多くのビールがあって、どういうビールが求められるのか?」と問う出口に、店の経営者は「(客は)新しいビールを求めがちです。ブルワーも面白がってついていく。でもそこを追い求めると業界が沈んでいく気がする。一つのビールのクオリティを高めて『これで唸らせる』という商品を、僕は伊勢角さんに造ってもらいたい」と答えた。
店や客の声をしっかり聞きながら伊勢角らしさを出す。難しい答えを探し続ける。
オンリーワン商品で挑む~カキビールの実力は?
京大出身のブルワー・山宮が発泡スチロールの箱をいくつも運んできた。中に入っていたのは、地元、伊勢特産のカキだ。実はカキを使うのは、ビール醸造の手法の一つなのだ。
「伝統的に『オイスタースタウト』というビールがイギリスで造られていたんです。カキ殻のミネラル分が塩気と酵母への栄養になる」(山宮)
スタウトとは黒ビールの一種。醸造の際にカキを入れると、豊富なミネラルが酵母を活性化し、フルーティーな香りが増すという。
伝統製法では殻だけを入れるが、山宮は身も入れてみることにした。
1カ月後、発酵が終わり、みんなで試飲。「すごく飲みやすい」が鈴木の感想だ。このオイスタースタウトは他のクラフトビールメーカーとの共同開発になる。
「複雑な味だけど、口当たりはスムーズで飲みやすい。ビールが苦手な方にも体験していただきたいという思いがあります」(山宮)
この「なま角スモークオイスタースタウト」(660円)は2025年1月に販売開始。クラフトビールの可能性がまた一つ広がった。
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
実家である角屋450年の歴史を持つ老舗の餅屋。幼少期から生きものが好きで、とくに小さな生きものが好きだった。健気に生きているのが好きだった。新嘗祭など伊勢神宮のお祭り、授業では神話を教えるなどしていた。「伊勢を世界で自慢したい」という郷土愛はこの中学時代に培われた。「伊勢のビール」と言われる以上は、世界最高峰のビールでなければいけない。メーカーとして、品質は何よりも大切。クラフトビールシェアは2%に満たないが、アメリカでは20%を超えている。
<出演者略歴>
鈴木成宗(すずき・なりひろ)1967年、三重県生まれ。東北大学農学部卒業後、家業の二軒茶屋餅角屋本店を継ぐ。1997年、「伊勢角屋麦酒」の屋号でクラフトビール事業を開始。2017年、野生酵母の研究で博士号取得。
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記事提供元:テレ東プラス
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