【11月1日は「本の日」】やっぱり厚くて重い本が一番面白い!? 第2回「鈍器本」ビブリオバトル!
(左から)文筆家・書評家・三宅香帆氏、、書籍編集者・一ノ瀬翔太氏、書店店主・花田菜々子氏
今年発表された文化庁の調査によれば、「1ヵ月に1冊も本を読まない人」の割合は6割を超えて過去最高。しかし、そんな時代をあざ笑うかのように厚く、重い本たちがいる。そう、「鈍器本」である。前回の死闘から1年、今年もまた本好きたちが鈍器(本)で殴り合う!!
■世紀の奇戦、再び!!鈍器本、それは人類が生み出した知の凶器......。「第1回『鈍器本』ビブリオバトル」から1年。再び、よりすぐりの鈍器による"知"湧き肉躍る闘いの幕が切って落とされようとしていた。
ビブリオバトルとは、面白い本を紹介し合うコミュニケーションゲーム。ひとり1冊ずつ本をプレゼンし、一番面白そうな「チャンプ本」を投票で決める。
今回、推し鈍器本を持参してきてくれたのは、書店店主、書籍編集者、書評家......といずれもその職名に「書」の字を背負う3人。
高円寺の「蟹ブックス」店主で『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出文庫)などのエッセーも多数出版している花田菜々子氏。
ベストセラーをいくつも手がけ、昨年からハヤカワ新書の編集長を務める早川書房の一ノ瀬翔太氏。
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)など、本を読むことそのものについての評論も多い新進気鋭の書評家、三宅香帆氏。
いずれも本に対して、ただならぬ関わり方をする3人。いったいどんな鈍器本を紹介してくれるのか?
《プレゼンター ①》花田 菜々子花田菜々子(以下、花田)「知ってる方も多いと思うんですが、私の鈍器本は『東京の生活史』(筑摩書房)です。一応、岸政彦さんが編者となっていますが、150人の書き手が、東京に住む150人の語り手の人生を聞き書きしたという本です。
この本には、何かすごいことを成し遂げた人とか、プロのスポーツ選手とか、そういう人たちではない、いわゆる「普通の人」がたくさん出てきます。
また、読むまでどういう人かわからなくて、読んでいくうちに『あ、語り手は聞き手のお父さんだったんだ』とか『途中で目が見えなくなった方なんだ』とか『ホームレスの方だったんだ』とか『同性愛者の方だったんだ』とかがわかってくるのが面白いんです。
『東京の生活史』(編者)岸 政彦 (出版社)筑摩書房(刊行年)2021年(ページ数)1216ページ(重量)1438g
あと、こういう鈍器本について、みんなが絶対思うのは『読み切れるかどうか』ってことだと思うんですけど、この本は全部読まなくても大丈夫なんです(笑)。読んでいて挫折がない。
厚い本で詰まるポイントって難しくて読めないか、合わなくて読めないかどっちかだと思うんですけど、この本はひとり分がだいたい1万字ぐらいで、『なんかこの語り手、エラそうで威張ってるなぁ』みたいに感じたとしても、すぐ読み終わるんです。いろんな人の人生がどんどんスイッチしていくから、読んでてつっかえない。ほかの分厚い本にはない特徴ですね。
あと、『いろんな人の人生が入っている本』と聞くと、未読の人は『どれもかけがえのない人生だ』『生きてるって素晴らしい』みたいなメッセージがある本かなって思うかもしれませんが、全然そんなことはないんです。『いろんな人がいて、いろんな人生があるんだなー』って思えるだけ。
花田菜々子氏
これが重要で、例えば、混んでる道で擦れ違う人や、エスカレーターに一緒に乗る人のことって、特に都会だとノイズというか、『なんか邪魔だな』っていう存在でしかないところがありますよね。でも、この本を読んだ後はそんな人たちも本当はひとりひとりにこの本みたいな話があるんだろうと思える。街の景色の色が濃くなるんです。
分厚いですけどちょっとだけ持ち歩いて、空き時間に30分や1時間ずつ、少しずつ読みたい。そんな本です」
――ありがとうございます! それではディスカッションに入ります。
一ノ瀬翔太(以下、一ノ瀬)「目次は150人分あるんですか?」
花田「その話するの忘れてた! 150人分あります! これがめちゃくちゃ良くて、聞き手には、『聞き書きした中から一番印象に残った一文を目次にしてください』という指示があったそうです。
例えば......『だから、モチベーションが違うんだよ、俺はもう、他の人とは、競馬に。ただ好きとかあれじゃない。俺は敵討ちだから』とか。この目次を読むだけでも面白いです!」
3年前に刊行されると、各所で話題になった鈍器本『東京の生活史』がいきなり登場。花田さんは続いて出された同コンセプトの書籍『大阪の生活史』(筑摩書房)、『沖縄の生活史』(みすず書房)も持参。
どれもコンクリートブロックほどの大きさがあり、鈍器として十分の風格を備えており、それ以上に本の内容も面白そうで、トップバッターからかなりの強者が出現した。
《プレゼンター ②》一ノ瀬翔太一ノ瀬「私は、中国の作家、余華の『兄弟』(アストラハウス)という小説を持ってきました。お互い連れ子持ちの男女が再婚してできた義兄弟ふたりの話です。
お兄さんは聡明で文学好きでおとなしく顔もいい。で、弟は悪ガキで下品で腕っぷしが強い。そんな正反対なふたりが、文化大革命時代と、その後に訪れた開放経済時代という、両極端なふたつの時代を生き抜いていきます。
まず、物語として単純にめちゃくちゃ面白い。帯とかでも推されているポイントなんですけど、悲劇と喜劇がオールインワンで、それぞれがすごく極端な描かれ方をしている。兄のほうはもともと聡明な人物なんですが、文革後に働いていた工場が倒産して失職してしまう。
その後は荷運びの仕事をするんですが、稼ぎが少なくなってしまって体を酷使して、どんどん潰れていく。一方、弟のほうも工場をクビにはなるんですが、自分で事業を立ち上げて、廃品回収のビジネスが大成功して巨万の富を築くんです。
『兄弟』(著者)余 華(ユイ・ホア)(訳者)泉 京鹿(出版社)アストラハウス(刊行年)2021年(ページ数)992ページ(重量)742g
そして下品な弟は、金にモノをいわせて『全国処女膜コンテスト』というのを開催して、中国全土のナンバーワン処女を決めたりする。兄も兄で、詐欺師まがいの人物と、処女のふりをしてその大会に参加したい人のために、『人工処女膜』なるものを一緒に売ったり......。
このように、兄と弟それぞれ壮絶な人生を送るんですけど、テーマはシンプルで、『幸せとは何か』という話なんです。何も持っていないけど心は満たされているという生き方と、すべて持っているけど心は空っぽだという生き方。
どちらがいいのかという問いを巡る、長大な寓話です。心だけは満たされている生き方をするのが兄で、物質的には満たされているのが弟というわけですね。
一ノ瀬翔太氏
あと、この小説は第1部と第2部に分かれていて、さっき話したのは第2部の開放経済篇のエピソードです。第1部の文革篇も肝でして、ふたりの共通の記憶と体験の基盤として、すごくつらい描写が続くんですね。
圧倒的な悲しみとつらい記憶がふたりの中に存在していて、その後ふたりの人生は擦れ違っていきますけど、最後にそこをつなぐ糸みたいなものとして、文革の記憶と体験が存在している。このあたりは、権力や時代の趨勢を超える人間の強さみたいなものを感じるし、長編だからこそ描けるものだと思います」
――ありがとうございます! 質問のある方は?
花田「『感動』とか『悲しさ』ってけっこう世界共通のような気がするんですけど、海外の『笑い』の感覚って難しいイメージがあります。喜劇的なところもあるということですが、けっこう笑えましたか?」
一ノ瀬「そうですね。悲しい描写は、読みながら私も泣きました。喜劇の部分も幼少期の兄弟のやりとりなんかがけっこうコミカルに描かれていて、笑えます。そして突然文革で暗い時代になる......という、そこの落差がすごいですね」
三宅香帆(以下、三宅)「時代ってどれぐらいのスパンで描いてるんですか?」
一ノ瀬「1960年代から2000年代前半までですね」
三宅「けっこう最近まで描かれてるんですね!」
――中国文学は最近SFが熱いですが、そういう要素はまったくない?
一ノ瀬「ないですけど、最後に弟が宇宙に行こうとして......これ以上はネタバレになるのでやめましょう。ぜひ読んで確かめてください(笑)」
長編海外文学という直球かと思いきや、近年話題作が多い中国文学という変化球! バトルがヒートアップしてきた!
《プレゼンター ③》三宅香帆三宅「私の鈍器本は『立身出世と下半身』(洛北出版)です。副題が『男子学生の性的身体の管理の歴史』でして戦前の国家がどういうふうに男子学生の性的身体を管理していたかを書いている本です。例えば、自慰行為に対するイメージづけや、性病検査などを国がどう行なってきたかという歴史ですね。
明治時代に国が近代化していく中で、『男子学生には立身出世を目指させましょう』ということになるんですね。要は『結婚につながらない恋愛や、自慰行為などはやめなさい。
そんなことをしている暇があったら勉強しなさい』という壮大な国家プロジェクトが始まる。著者は社会学者で、当時の男子学生の日記や病気の検査記録などを調査して、この様子を書いています。
『立身出世と下半身~男子学生の性的身体の管理の歴史』(著者)澁谷知美(出版社)洛北出版(刊行年)2013年(ページ数)605ページ(重量)749g
この本を読んで私がすごく納得したのが、森鴎外の『舞姫』の評価についてです。私はそれまであの小説のいったい何が素晴らしくて日本文学史上に残っているのかがよくわかってなかった。
でも、あの小説が描く『立身出世と結婚につながらない海外の人との恋愛』は、明治時代の人たちにとってはかなり"やっちゃいけない"こと。この本を読むことで、当時の『舞姫』の衝撃がよくわかりました。
あと、女性の性的身体については、どうやって性的に見られることを防ぐのかとか、それこそ『舞姫』などの作品でも、女性がどれだけひどいことをされていたのかといった観点で語られることは多いですよね。でも、男子も同じように性的身体に関する問題はある。
三宅香帆氏
政略結婚なども、女性だけでなく男性の問題でもあります。こうした性的な抑圧というものは、女性だけでなく男性にもあったこと、そしてそれが国家の方針として進められていたということが、この本ではしっかりと書かれています。
鈍器本ですけど、目次から興味のある章だけでも読んでもらえたらいいなと思います。こういうところから、女性だけじゃなく男性の体にも光が当たるようになればいいなと思います」
――ありがとうございます! では、ディスカッションです。
花田「ひと昔前の立身出世は、ひとりの男性がたくさんの女の人を支配しているイメージだったんですが、今お話を聞いたらけっこうストイックだったので意外でした」
三宅「たぶんそれは『大人になったらいいぞ』っていうことだと思います。立身出世してお金を持って結婚したら、それこそ妾を持っていい、と」
花田「なるほど、そこに至るまでの教育の話なんですね」
一ノ瀬「著者は社会学者の方なんですね」
三宅「そうですね、澁谷知美さんは、フェミニズムと男性の体を合体させた話をよく書いている方で、『日本の童貞』(河出文庫)などの著作もあります」
一ノ瀬「どんな話が出てくるのかがとても気になりました」
三宅「個人的にめっちゃ面白かったのは、当時の雑誌広告ですね。男子学生に対して『こういうことをすると立身出世できなくなる』みたいなことが書かれているんです。中には『自慰行為をすると立身出世できません』とか、多少の誇張はあるにせよ大真面目に書かれているんです」
一ノ瀬「『自慰をするとバカになる』なんて、今でも言われたりしてますもんね」
三宅「立身出世にまつわる明治の言説って変なものがいっぱいあるんですけど、今でもけっこうその名残があるんじゃないかと思いますね」
以上、ノンフィクション、小説、学術書という鈍器本3冊での殴り合い(プレゼン)が終わった。白熱した闘いの結果やいかに!?
ここで、現場に駆けつけた聴衆(ライター、編集者、カメラマン含む)5人と、プレゼンター3人(プレゼンターは自分の本への投票は不可)、計8人による投票が行なわれた! 結果発表!
①『東京の生活史』......5票
②『兄弟』......1票
③『立身出世と下半身』......2票
......ということで、なんと『東京の生活史』がぶっちぎりの得票で、2代目鈍器本チャンプの栄誉に輝くことになった! 聴衆のほぼ全員が『東京の生活史』へ投票という大人気ぶりであった。
やはり「全部読まなくても大丈夫」とか「ひとり分がすぐ読み終わる」というパワーワードが、未読者の心をガッチリとつかんだようだ。鈍器本のプレゼンにおいては、内容の面白さもさることながら、読書そのもののとらえ方や読むアプローチの仕方をプッシュするのも有効ということがわかった。激戦を経た3人は語る。
テーブル上には物騒な鈍器(本)ばかりが並べられているが、ビブリオバトル自体は終始和やかな雰囲気で行なわれた
花田「憧れの一ノ瀬さん、三宅さんにお会いすることができてうれしかったです! 各『生活史』、本当に面白いのでぜひ手に取ってみてほしいです」
一ノ瀬「いやあ、楽しかったです! 読書の良さを思い出しました。次は勝ちたいのでいつか再戦お願いします!」
三宅「この世にはさまざまなジャンルの鈍器本があることを再確認しました! 楽しかった! 本なんてなんぼ重くてもいいですからね!!」
鈍器本の世界は広くて奥深い......。第2回があったということは、これはたぶん第3回もあるんだろうな......乞うご期待!
●花田菜々子(はなだ・ななこ)書店店主
HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEなど複数の書店勤務を経て、2022年に高円寺に蟹ブックスをオープン。著書に『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出文庫)などがある
●一ノ瀬翔太(いちのせ・しょうた)書籍編集者
2015年早川書房入社、2023年からハヤカワ新書の編集長。『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』(ハヤカワ文庫NF)、『闇の自己啓発』(早川書房)、『人間はどこまで家畜か』(ハヤカワ新書)など、数々の話題書を手がけている
●三宅香帆(みやけ・かほ)文筆家・書評家
著書に『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)、『30日de源氏物語』(亜紀書房)、『「好き」を言語化する技術 推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない』(ディスカヴァー携書)など多数
取材・文/西村まさゆき 撮影/村上宗一郎
記事提供元:週プレNEWS
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