「レプリコンワクチンはシェディングを引き起こす......」。なぜ根拠のないトンデモ説は信じられてしまうのか? 免疫学の第一人者が解説
世界に先駆けて日本で認可され、今年10月から接種が始まった新型コロナワクチン「レプリコンワクチン」について、反対の声や心配する声が上がっている(写真はイメージ)
免疫学の第一人者として知られる大阪大学名誉教授の宮坂昌之氏が新刊『あなたの健康は免疫でできている』(インターナショナル新書)を出版。
インタビューの後編では、免疫力をいい状態で保つためにかかせない、免疫のアクセルとブレーキの役割や加齢と免疫力の関係、また近頃、話題になっている「レプリコンワクチン」について、解説してもらった。
※前編はこちらから
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■大切なのはアクセルとブレーキのバランス──本書を読んで、改めて感じたのが「免疫」は本来、私たちの体を守るための仕組みであるにも関わらず、それがなんらかの理由でうまく働かなくなると病気を引き起こす原因にもなる。つまり、免疫には「諸刃の剣」ともいえる側面があるということでした。
宮坂 そうですね。アレルギーなどはまさにその典型ですし、リウマチ(膠原病)などの自己免疫疾患は、健康を守ってくれるはずの免疫が自分の身体を傷つけてしまう病気です。例えばそれ以外でも、ワクチン接種で熱が出たり、接種した腕が腫れたりといった副反応も免疫の働きによるものです。
また、覚えている方も多いと思いますが、新型コロナのパンデミック初期、まだワクチンもなければ、有効な治療法も確立されていなかった時期には、新型コロナに感染した人の中に「サイトカインストーム」と呼ばれる免疫の暴走が原因で重症化し、それが原因で亡くなられた方がしばしばおられましたよね。
そう考えると免疫は、単にアップさせればいいというものではないということがわかるはずで、大事なのは免疫がバランス良く働くこと、もう少し具体的に言うなら免疫のアクセルとブレーキがそれぞれ、適切に機能することが、私たちの健康を維持する上でとても重要だということです。
──免疫のアクセルとブレーキとはどういうことでしょう?
宮坂 免疫系のアクセルというのは免疫反応を前に押し進めるもので、免疫細胞が働いて異物を追い出すという過程のことを指します。私たちのからだにはリンパ球など免疫の仕組みを司る免疫細胞が何種類もあり、これらの細胞が異物に出会うと、活性化され、然るべき能力を発揮して、病原体を追い出してくれます。
一方、病原体が排除されると、今度はブレーキが効いて、一時的に増えた免疫細胞の数や機能が元通りに戻っていくのです。免疫細胞の中には「制御性T細胞」と呼ばれるものがあって、これが主に免疫反応の行き過ぎを抑えるブレーキの役割を担っています。
ところが、免疫系のアクセルとブレーキのバランスが失われると、先ほどお話した自己免疫疾患やサイトカインストームのように、免疫が働き過ぎて、結果として暴走し、自分のからだまで傷づけてしまったりすることがあります。
ここで、重要なポイントとなるのが「炎症」です。私たちの免疫は体内に入ったり、あるいは体内で生まれたりした「異物」と戦い、これを排除する過程で炎症を引き起こすことが多いのですが、そのときにさらに免疫のアクセルが踏み込まれると、ブレーキがうまく効かなくなり、そのために炎症がひどくなり、やがて組織が傷ついてしまいます。
たとえば、基礎疾患や肥満、あるいは老化などによって、からだの中で常に慢性的な炎症が起きている状態の人は、すでにアクセルが軽く踏み込まれている状態にあるといっていいでしょう。
そこに新型コロナウイルスが入ってくると、さらにアクセルが踏み込まれてしまい、結果的にブレーキが効きにくくなり、今まで軽かった慢性状態の炎症が急激に進んでしまうのです。これが免疫の暴走といわれる状態です。実際、新型コロナで重症化しやすかったのは、過度に肥満している人たちであり、高齢者であり、持病を有する人たちでした。
■加齢と免疫力の低下の関係──ちなみに、加齢による免疫力の低下は避けられないのでしょうか?
宮坂 そうですね。加齢とともに起きる免疫力の低下の理由は主にふたつあって、まずひとつは免疫細胞を作る骨髄の働きが、55歳を過ぎると若いときの半分以下に落ちてしまうことがあります。これは、もともと免疫細胞を作る能力が年齢に依存するものなので避けにくいのですが、後で述べるようにこのプロセスは健康習慣によりある程度抑えることができます。
もうひとつは、老化というプロセスそのものが持つ問題です。老化が進むと、遺伝子レベルで変異が起きやすくなり、正常で作られるはずのたんぱく質がうまく作られなかったり、遺伝子のコピーにエラーが起きて、おかしな細胞が出てきたりします。そうすると、われわれの免疫系はそれらを異物だと思い込んで殺そうとするので、先ほどお話した炎症が起きます。
ただし、ある程度、高齢でも日常的に運動習慣のある人たちでは、加齢による骨髄の機能低下が食い止められることがわかっています。また、運動により新陳代謝が高まるので、悪い細胞できたとしても排除されやすくなります。したがって、年齢を重ねても、日頃からバランスのいい食事をとるようにし、しかも運動をしっかりすると、こうした加齢による影響も、かなり抑えられるのです。
繰り返しになりますが、ここでも大切なのはバランスの取れた生活を実践することであって、確かに加齢自体は避けられないけれど、その影響は生活次第でかなり抑えられる可能性があるということです。ただし、何か特定のサプリや食品だけでどうにかなるものではありません。
■ワクチンは最も簡単に免疫力をアップできる──いわゆる「コロナ禍」が終わり、普通の日常を取り戻した今も、新型コロナの流行は起きていますし、ウイルスの変異も続いています。新型コロナワクチンは重症化予防効果が期待できても、接種が始まった当初のように「高い確率で感染を防げる」というわけではないようです。こうした状況で、私たちは新型コロナのワクチン接種をどのように考えればいいのでしょうか?
宮坂 まず、新型コロナのこれからについてですが、コロナ禍が終わったといっても、当然、社会から新型コロナウイルスが消えたわけではありません。今も周期的に大きな感染の波が繰り返されていて、皆さんの身近でも「コロナに感染した」という話をよく耳にするのではないでしょうか。
今後、大きなウイルスの変異でも起こらない限り、今後もおそらく年2回程度の流行を繰り返すということが数年単位で続くと思います。そのような状況のもとでは、やはり感染をできるだけ予防することが大事で、感染者が増えればそれに比してウイルスが変異する確率も高くなります。
その上で、ワクチンの話です。インタビューの前編で特定のサプリや食品で免疫力のアップは期待できないと言いましたが、これに対して、ワクチンは最も簡単に免疫力アップを実現できるもののひとつです。
また、ウイルスが変異し続けている影響で、今のワクチンには以前ほどの感染予防効果がないというのは事実ですが、それでも接種から数ヵ月間は依然として一定の感染予防効果があり、重症化予防効果に関しては、少なくとも1年程度は続くと考えられています。
ですから、高齢者や基礎疾患がある人、あるいは子供でも糖尿病などの持病を抱えていたりする人は、ワクチン接種によって、できるだけリスクを低減したほうがいいというのが、今の私の考え方ですね。
また、ワクチンを接種している人と接種してない人で新型コロナに感染した際に口から出す感染性のウイルスの量を比較すると、ワクチンを打っている人は打っていない人に比べて、感染性ウイルスの排出量が圧倒的に少ないんですね。
これはおそらく、ワクチン接種によって獲得免疫が刺激され、このために、仮に感染しても体内のウイルス量が抑えられるからだと思われます。ワクチン接種は感染者の重症化リスクを減らすだけでなく、社会の中で流通するウイルス量も減らしているのだと思います。
そう考えると、重症化リスクが高い人たちだけでなく、患者さんと接する医療従事者や、たとえ若くて健康な人でも、自分の身近にお年寄りや基礎疾患を抱えた人がいる場合は、その人たちの感染リスクを下げる意味で、新型コロナワクチンの追加接種を受けたほうがいいと思いますし、それはおそらく今後も繰り返すであろう、新型コロナの周期的な流行の規模を抑制することにもつながるのではないかと思います。
■「レプリコンワクチン」と従来型mRNAワクチンの違いは?──世界に先駆けて日本で認可され、今年10月から接種が始まった新しいタイプのワクチン「レプリコンワクチン」について、反対の声や心配する声も上がっています。
宮坂 ファイザーとモデルナが開発した従来のmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンは、簡単に言うと新型コロナウイルスの表面にある「スパイクたんぱく質」と呼ばれる部分の情報が入ったmRNAを油の膜でくるんだものです、これを注射すると、体内でmRNAからスパイクたんぱく質が一定期間だけ作られ、この間にスパイクタンパク質に対する中和抗体ができて感染が抑えられ、さらにT細胞が活性化されて細胞性免疫が働くことにより重症化が抑えられる、という仕組みでした。
一方、新たに開発された「レプリコンワクチン」は、同じく新型コロナのスパイクたんぱく質を作り出すmRNAを利用するのですが、体内で作られたスパイクたんぱく質が短時間で消えずに、一定期間、作られるというのが特徴で、それによって新型コロナに対する免疫反応を従来のmRNAワクチンより長続きさせようとするものです。
レプリコンワクチンの認可に際しては、ベトナムで2万人近くを対象とした大規模なランダム化臨床試験が行なわれ、その有効性や安全性が確認されています。また、従来のmRNAワクチンと同様に、遺伝子情報によって体内で作り出されるのはウイルス粒子ではなく、その目印となるスパイクたんぱく質なので、それ自体が感染を引き起こすことはありません。また、ほかのウイルスと混ざって新しいウイルスができる可能性もなく、ましてや、それが接種者からシェディング(排出)されてほかの人に感染を引き起こすということもありません。
ただし、従来のmRNAワクチンでは短時間で消えてしまうスパイクたんぱく質が、レプリコンワクチンの場合は体内で一定期間増えるので、これがどのぐらい増えるのか? またそれがどの程度の期間続くのかという点については、まだはっきりとわかっていません。
たとえ抗体がこれまでよりも長く作られたとしても、その間にウイルスは変異していくので、中和抗体の効果が落ちてしまう可能性も考えられます。
では重症化予防効果はどうなのか?これについてはまだわかっていません。また安全性の確認にはもっと大きな母集団に対して使ってみることが必要で、現時点で絶対に大丈夫だと言い切れるだけのデータはまだ出ていません。
一方、現時点では、ファイザーとモデルナのmRNAワクチン、ノババックスの組み換えたんぱくワクチン、そしてレプリコンワクチンと5種類のものがあり、どのワクチンを受けるのか選べるのですから、ここは冷静に考えたらいいのではないでしょうか。心配であれば、あえてレプリコンワクチンを選ばずに、すでに安全性が明らかになっている従来のmRNAワクチンを選べばいいだけの話です。
ちなみに、最近ではレプリコンワクチンを接種した人から、何か悪いものが出て、ワクチンを接種していない人の健康を脅かすという「シェディング」なる言葉が広まって、世の中にいろいろな影響を及ぼしているようです。
先に述べたようにmRNAワクチンやレプリコンワクチンから感染性のものが出来ることはありません。そんなものは出来ないようにさまざまな工夫がなされています。そのようなことが理解できれば、シェディングなどという話はそもそも出てこないはずです。
このように、まったく根拠のないトンデモ説が、まことしやかに信じられてしまうのも、私たちの健康を支えている免疫やワクチンに関する正しい理解と、そのために必要な最低限の科学的リテラシーが十分ではないからです。本書がそうした誤解を防ぐ一助になってくれればと思います。
●宮坂昌之(みやさか・まさゆき)
大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授、大阪大学名誉教授。1947年、長野県生まれ。京都大学医学部卒業、オーストラリア国立大学大学院博士課程修了。金沢医科大学血液免疫内科、スイス・バーゼル免疫学研究所、東京都臨床医学総合研究所を経て、大阪大学医学部教授、同大学大学院医学系研究科教授を歴任。日本免疫学会元会長(2007年から08年)。著書に『ウイルスはそこにいる』(共著・講談社現代新書)などがある。
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インタビュー・構成/川喜田 研 写真/PIXTA
記事提供元:週プレNEWS
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