【緊急検証】難敵ヒズボラを"半壊"させ勢いに乗るイスラエル。しかし対イラン攻撃がエスカレートすれば、その結末は......イスラエルvsイラン「最悪の暴発シナリオ」
(左)抑制的な対応を求める米バイデン政権に対し、「自国の国益を考えて最終決断を下す」と表明したイスラエルのネタニヤフ首相。(右)イランの最高指導者ハメネイ師は10月4日、「イランの戦略的忍耐は終わった」と語った
子飼いのヒズボラを叩かれたイランの"抑制された報復"に対し、イスラエルの「次の一手」が注目される中、半月以上も続いた不気味な沈黙。その先にあるのが理性的な選択ならばいいが、事態はそれほど楽観視できる状況ではなさそうだ。
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■イスラエル世論に加え米共和党も強硬路線10月1日、イランから発射された180発以上の弾道ミサイルが、夜7時30分のイスラエルに降り注いだ。
イラン革命防衛隊のフセイン・サラミ司令官は、ガザ地区のイスラム組織ハマスの政治部門トップだったイスマイル・ハニヤ(7月にイランで殺害)、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの最高指導者ハサン・ナスララ、革命防衛隊の対外工作部門の司令官アッバス・ニルフォルーシャン(共に9月にレバノンで殺害)の死に対する報復であると明言。
その大部分はイスラエルの防空システムや米海軍艦によって迎撃されたが、数十発がイスラエル軍基地の周辺などに着弾したとみられている。
10月1日、イランはイスラエルに対し180発以上の弾道ミサイルを発射。市街地を外した抑制的な報復攻撃だった
この攻撃を受け、世界の注目はイスラエルの「次の一手」に集まった。イランに対しなんらかの反撃を行なうことは間違いないが、その内容によっては、両国が本格的な戦争状態に突入しかねないからだ。
想定される反撃の選択肢は、烈度が高い――つまり、イラン側の激しい反応が懸念される順に並べると以下のとおり。
①核開発関連施設への攻撃。
②石油関連施設への攻撃。
③ミサイル攻撃の拠点や革命防衛隊の拠点など、核施設以外の軍事関連施設への攻撃。
ただし、攻撃を受けてから半月がたっても、イスラエルは反撃を実行していない(10月16日時点)。4月にイランからドローン・ミサイル攻撃を受けた際は1週間以内に反撃(イランの防空レーダーを破壊)したにもかかわらず、今回はなぜこれほど時間を要しているのか?
アメリカとその同盟国の外交・安全保障に詳しい明海大学教授・日本国際問題研究所主任研究員の小谷哲男氏はこう語る。
「一番大きな理由は、アメリカとの調整が難航していることだと思います。これ以上のエスカレーションを抑えるために、米バイデン政権は核施設以外の軍事関連施設への攻撃にとどめることを望んでいますが、一方でイスラエル国内、そして米国内でも共和党側からは、イランの核施設を叩くべきだという声が出ているのが現状です」
もしイランから再び反撃があった場合、イスラエルは米軍の防空能力や、アメリカからの防空ミサイル提供に頼るしかなく、米政府との調整もなしに攻撃に出るわけにはいかない。しかし、10月15日にはイスラエル首相府が「イスラエルの国益に基づいて最終決定を下す」と発表。予断を許さない状況が続いている。
■ヒズボラの〝半壊〟はイランにとって想定外昨年10月7日、ハマスの越境テロ攻撃をきっかけに一気に不安定化した中東情勢は、ここ数ヵ月で新たなフェーズに入っていた。
イスラエルはガザ地区でハマスの軍事力をほぼ壊滅させた後、イランが〝対イスラエル前線部隊〟として長年、革命防衛隊を通じて育成・支援してきたレバノンのヒズボラを弱体化させるために、戦線を拡大。イランが弾道ミサイル攻撃の理由として挙げた3人をはじめ、ヒズボラと革命防衛隊の幹部を、レバノンやシリアで次々と殺害した。
中東情勢に詳しいジャーナリストの黒井文太郎氏が解説する。
「ヒズボラの政治部門と軍事部門は半ば壊滅に近い状態で、革命防衛隊の対外工作部門も、レバノンとシリアでの武器製造・保管施設などの拠点を多数破壊されました。
さらに、ヒズボラ戦闘員の通信用ポケベルやトランシーバーの一斉爆破、レバノン国内のヒズボラ拠点への空爆、そして地上侵攻と、誰も予想しなかったレベルでヒズボラの弱体化に成功。これはイランにとっても想定外だったはずです。
イランはイスラエルに対して自らミサイル攻撃を行なう以外に、レバノンのヒズボラ、イラク人民兵、イエメンのフーシ派を使ってロケット弾や無人機、ミサイルによる攻撃をしてきました。このうち戦力的に大きなヒズボラをここまで叩けたことで、イスラエルはかなり楽な状況を生み出したといえます」
これが、イスラエルが「強い反撃」に踏み出しかねないひとつ目の理由。そしてふたつ目は、ネタニヤフ首相自身の政治的思惑だ。
昨年10月にハマスの越境攻撃を許し、250人以上の人質をガザ地区に連れ去られたことは、保守強硬派のネタニヤフ政権にとって大失態だった。
それゆえ人道を顧みない苛烈な軍事作戦でハマスを叩き続けたわけだが、こと人質の問題に関していえば、1年間で生還したのは117人と半分にも満たず、これまでに37人が遺体で発見されている。
しかも今年8月には、イスラエル軍がガザ地区の地下トンネル内で、殺害されたばかりの人質6人の遺体を発見。現在のガザ作戦が、人質の解放や奪還につながっていないとの批判が激化した。この批判をかわして世論の支持を得るために、対ヒズボラ、対イランでさらに強硬に出る可能性があるということだ。
■トランプ当選のために、イラン石油施設を攻撃?状況を整理すると、イランと米バイデン政権がイスラエルに〝抑制された反撃〟を望む一方、イスラエルと米共和党はここでイランを叩きたい――そんな複雑な構図が生まれている。
前出の小谷氏が解説する。
「バイデン政権は、ネタニヤフ首相が政治生命を維持するために、ここであえてエスカレーションを起こすことを懸念しています。具体的に想定されるのは、米大統領選挙の前に石油関連施設を攻撃するケースです。
その場合、イランは報復として中東にある西側諸国の石油関連施設や、ホルムズ海峡に面した石油の積み出し港への攻撃、あるいはホルムズ海峡の封鎖をする可能性があります。
こうなると当然、原油価格が上がり、米国内のインフレも悪化し、バイデン政権と後継候補のハリスに対する批判が高まる。すると、イランに対して強硬なトランプ政権誕生の可能性が高まる――そのようなシナリオをネタニヤフ首相が描いているのではないかということです」
ヒズボラ幹部だけでなく、イラン革命防衛隊の対外工作部門「コッズ部隊」の幹部もレバノンやシリアで多数殺害されている
そして、さらに深刻な事態を招くと懸念されているのが核関連施設への攻撃だ。
イスラエルは1981年にイラク、2007年にシリアの原子力施設を空爆しており、敵対する周辺国の核武装化を妨害するためなら武力行使も辞さない。
しかもイランは当時のイラク、シリアと比べてはるかに核開発の段階が進んでいるため、今回の反撃でそこまで踏み切るかどうかはともかく、叩くチャンスがあるなら叩きたいと考えていることは間違いない。
ウラン濃縮のための遠心分離機があるナタンズの核施設は地下深くに造られている ©2021 Maxar Technologies/AFP
攻撃の標的になる可能性が高いのは、ウラン濃縮を担うナタンズの核施設。ここでは過去にもイスラエルによるものと思われるサイバー攻撃や爆破工作が起きているが、実は、軍事的攻撃の有効性そのものを疑う見方もある。
「仮にナタンズの核関連施設を攻撃する場合、理論上はイスラエル空軍機がイラン上空まで進出し、米軍が保有するバンカーバスター(地中貫通爆弾)を投下することになると思います。
しかし、ナタンズの重要施設は山の麓の地形を利用して地下深くに造られており、最大威力のバンカーバスターでも完全には破壊できない可能性が高いといわれている。そして、破壊できようができまいが、攻撃してしまえばイランに核開発を再開する格好の口実を与えてしまいます。
米情報機関は、イランが決断すれば核爆弾の製造までは1、2週間で到達するとみており、弾道ミサイルへの搭載など『兵器化』も数ヵ月から1年程度で完了するとの見立てが有力です。
なお、これまでもイランは核開発を公言してきませんでしたから、核武装化を決断してもそれを大々的には発表せず、『持ったかどうかわからない』状態でイスラエルを疑心暗鬼にさせることを目指していく可能性が高いとみられます。
しかし、そのような現実的な懸念とは裏腹に、イスラエル国内の右派勢力は、ヒズボラが弱体化した今こそがイランの核を叩くチャンスだという主張を強めている。ネタニヤフ政権は、現実論と感情的なプレッシャーの間で揺れ動いているところではないかと思います」(小谷氏)
これはまさに最悪のシナリオだ。だが、そこまで一足飛びにいかなくとも、イスラエルの次の攻撃の程度によっては、イランが再度反撃をし、イスラエルがさらに反撃し、徐々に緊張が高まり、いずれは――という可能性も当然考えられる。
前出の黒井氏が言う。
「イラン側には核武装、あるいは弾道ミサイルでイスラエルの市街地を攻撃するよりも前の段階として、発電施設や水道施設、交通施設などの社会・経済インフラ施設を攻撃するというオプションがあります。
イラン軍部トップのムハマド・バゲリ参謀総長は、仮にイスラエルがイランを攻撃した場合、『今度は社会インフラ施設を攻撃する』と公式に宣言しています」
一触即発の〝危険すぎるゲーム〟はどう進んでいくのか。
協力/世良光弘 写真/時事通信社
記事提供元:週プレNEWS
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