クローン人間の姿を通して命の価値を問う「徒花-ADABANA-」
少年失踪事件を題材にしたサスペンス『赤い雪 Red Snow』(2019)で長編映画デビューを果たし、第14回JAJFF(Los Angeles Japan Film Festival)最優秀作品賞を受賞した甲斐さやか監督。彼女の5年ぶりとなる最新作は、重い病気を患い死期が迫る男・新次と、彼を支える臨床心理士のまほろ、治療のために人間へ提供される“それ”を描いたオリジナル作品だ。
近未来を舞台にしたヒューマンドラマに日仏の才能が集結
主人公の新次と彼のクローンである“それ”の一人二役を演じるのは、映画界に欠かせない俳優・井浦 新。自身のアイデンティティにも思い悩む臨床心理士のまほろには、俳優やモデルとして世界で活躍する水原希子。さらに、三浦透子や斉藤由貴、永瀬正敏ら錚々たる俳優が脇をしっかりと固めている。
また、本作の編集は『落下の解剖学』(2023)で第96回アカデミー賞編集賞にノミネートされたロラン・セネシャルと、第94回アカデミー賞で日本映画史上初の作品賞ノミネートを果たした『ドライブ・マイ・カー』(2021)の編集を手掛けた山崎 梓が担当。第一線で活躍する俳優とスタッフたちがタッグを組み、他の映画のどれにも似つかない唯一無二の世界を構築している。
生命の価値はどのように生まれるのか
未知のウイルスの影響で人類の体質が変化し、出生率が低下したそう遠くない未来。国家の労働力を保持すべく、国連は人間の寿命を引き延ばすことを優先するためクローン技術を推進していた。
裕福な家庭で育ち、妻との間に一人娘がいる新次(井浦)は、周囲から見れば理想的な家族を築いているように見えたが、死の危険を伴う病に侵され、とある病院で入院することに。そこで彼は臨床心理士のまほろ(水原)にケアされながら、7日間のカウンセリングを受ける。呼び起こした過去の記憶から不安が拭えなくなった新次は、まほろに“それ”と会わせてほしいと懇願。“それ”は、上流階級の選ばれた人間のみに提供される、自分と全く同じ見た目の“もうひとりの自分”だった……。自分と似た姿をしながらも異なる内面を持ち、純粋で知的な“彼”に、新次はのめり込んでいく。
世界はあると思えばあるし、ないと思えばない
同じDNAを持ちながらも、暮らした場所や周囲の環境、育んだ価値観で全く別々の人間ができあがる。どちらが優れていて、どちらが劣っているのか。そんなことを考えるのはナンセンスであり、なんの意味もないことはわかっている。しかし、未知のウイルスの蔓延やクローン技術の進歩など、今の私たちの生活の延長線上のような世界を舞台にした物語は、全くの絵空事でもないのではないか、そんな気もしてくる。
本作を生み出した甲斐監督はインタビューの中で、「今を生きている人たちは、自分という“器”をいっぱいにしていないといけないような気がしてしまっている部分があると思うんですけど、無理にいっぱいにしなくていいじゃないかと。無理に何かを詰めなくても充ちているんだよということを“それ”を通して伝えられたら」と語っている。確かに、多すぎる情報や承認欲求であふれた現代を生きる私たちは、何をそんなに必死で埋めようとしているんだろう。寂しさか、虚しさか、はたまた違う何かなのか。
タイトルの「徒花」とは、咲いても実を結ばずに散る花、“無駄な花”を意味している。次の世代につながらずに散っていく花に存在意義はないのだろうか。自らのクローンと対面し、苦悩する新次を眺めていると、「自分のありのままを受け入れる」ということの大切さをあらためて考えざるを得ない。一方で、もがき、苦しみ、苦悩することこそが人間であり、人間の美学なのではないかとも思えてくるのだ。
文=原真利子 制作=キネマ旬報社
「徒花-ADABANA-」
10月18日(金)より テアトル新宿、TOHOシネマズ シャンテほか 全国順次公開
2024年/日本/94分
監督・脚本:甲斐さやか
出演:井浦新、水原希子、三浦透子、甲田益也子、板谷由夏、原日出子、斉藤由貴、永瀬正敏
配給:NAKACHIKA PICTURES
©2024「徒花-ADABANA-」製作委員会/ DISSIDENZ
公式HP:https://adabana-movie.jp
記事提供元:キネマ旬報WEB
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