遂に悲願の「スワロウテイル」製作へ。しかし、数々のハードル、トラブルが待っていた――〈あの懐かしの映画を語ろう2〉第2回前編
イチオシスト
キネマ旬報YouTubeチャンネル〈あの懐かしの映画を語ろう2〉の第2回の前編が4月3日(金)より配信が開始。フジテレビなどでヒット作から単館系まで数多くの作品を手掛けた河井真也氏に、いよいよ「スワロウテイル」の製作について語っていただいた。
「スワロウテイル」の製作――それは河井氏の悲願とも言うべき存在になっていくまでを語った第1回。岩井俊二の初めての劇場公開作「undo」から「PiCNiC」、そして初長編の「Love Letter」が、「スワロウテイル」という目標から逆算して、段階を踏んで作られた作品だったという河井氏。日本での興行はさておき高い評価を得た「Love Letter」は、岩井俊二の名をさらに押し上げ、韓国では爆発的な人気を呼んだ。さらに、中山美穂には何よりも欲しかった自身の代表作と呼べる作品になるなど、大きな収穫があったが、河井氏にとってはあくまでも通過点という位置づけ。留まることなく河井氏は次のステップを踏んでいく。

そこで大きな力となるのが小林武史であったという。「Love Letter」を観た小林氏から監督と仕事をしたいと連絡があり、これまで一緒に仕事をしたことはなかったが、共にサザンオールスターズのプロデュース、PVの制作をしたことがあるという縁もあり、「スワロウテイル」の製作に加わることになる。作詞も手掛けるほど音楽に造詣のある監督も、小林氏には当初からリスペクトがあったという。小林氏の音楽が加わることで作品により広がりを持たせられる心強い存在と見ていたのだろうか。一方、河井氏は「スワロウテイル」の製作費というプロデューサー的目線で、小林氏の存在に光明を見出していたようだ。名を伏せて製作に参加したミスチルのドキュメンタリー映画、「【es】」のセルビデオが10万本を優に超える成功から、小林氏に「スワロウテイルによければお金を出してみないか」と持ち掛けると、「出してもいいんですか!?」との答え。かくて、およそ製作費の半分を小林氏の烏龍舎が出資することが決まっていく。
着々と準備を進める河井氏だったが、当時の所属はフジテレビの編成部で、映画作りを止められている状況は変わらないまま。局のコントロールセンターである編成部の面白さを感じ、ドラマの制作にも着手していたが、「スワロウテイル」を作る決意だけは揺るがなかったという。なんと辞表まで書いたそうだが、その意を酌んだ上層部から、10月1日付けというイレギュラーな人事が発令され、河井氏はポニーキャニオンに出向になる。ビデオ全盛期、ポニーキャニオンでビデオを出せば十分採算は見込めるということで、「スワロウテイル」を作ったらまた戻ってくればいい、という話だったという。かくて心機一転、デスクひとつだけ用意されたポニーキャニオンで「スワロウテイル」の製作が始まっていくのだが――。
そして本編動画では、制作会社を立ち上がる際に、社長を誰にするかで岩井氏とひと悶着あったこと、架空の都市・円都(イェン・タウン)を求めて監督たちが海外を数カ月に渡りロケハンして、撮影が入る前に数千万円も費やされたこと、社会現象にもなったドラマ『ロングバケーション』の撮影が控える山口智子のスケジュール上、撮影を先延ばしに出来ない状況に苦慮することや、守られない撮了日といった数々の困難が語られる。詳細についてはぜひ本編を見てお楽しみいただきたい。
続く後編では、クランクアップまで散々苦しめられた河井氏に、さらなる苦難が待ち受けていたことが語られる。ぜひ後編もご期待ください。
「スワロウテイル」
監督・脚本・原作・編集:岩井俊二
プロデュース:河井真也
撮影:篠田昇
美術:種田陽平
音楽:小林武史
出演:三上博史、Chara、伊藤歩、江口洋介、アンディ・ホイ、渡部篤郎、桃井かおり、山口智子 ほか
1996年/149分/配給:日本ヘラルド映画=エース・ピクチャーズ
記事提供元:キネマ旬報WEB
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