史上最多の高額お宝が出た!元総理大臣ゆかりの<開かずの金庫>:所さんのそこんトコロ
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「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!」(毎週金曜夜8時)。
「テレ東プラス」では、3月20日(金)に放送された「開かずの金庫を開けろ!」をプレイバックします。
【動画】史上最多の高額お宝が出た!元総理大臣ゆかりの<開かずの金庫>
リポーターの西村瑞樹(バイきんぐ)がやって来たのは熊本・山鹿市。
山鹿市出身で、1924年に熊本県初の内閣総理大臣(第23代)に任命された政治家・清浦奎吾ゆかりの「清浦記念館」に、開かずの金庫が眠っています。
依頼主は館長の中嶋さん。記念館は1992年に役場と地元有志によって設立されました。

清浦は内務省警保局長も務め、現在の日本の警察制度の生みの親といえる人物。そのため記念館には全国から警察関係者が訪れるそう。
館内には愛用のサーベルや明治天皇からの頂き物など、約200点もの清浦関連の貴重な品々が展示されています。

金庫は館内の一室に設置されていました。
高さ170cmの巨大な金庫で、記念館設立時に置かれたものの、鍵の開け方や使用用途は不明。中にはまだ見ぬ清浦のお宝が眠っているかもしれません。
開錠に挑むのは無敵の鍵職人・玉置恭一。
玉置の見立てでは、現代の一流メーカー製で、過去に攻略を苦戦した因縁の金庫と同じタイプ。鍵穴とダイヤルの二重ロック式で、難易度はMAXです。
大勢のギャラリーが見守る中、開錠作戦がスタート。
鍵はすでに開いていたため、ダイヤルの攻略に取りかかります。
ダイヤルには暗証番号のメモが残されていたものの、何度試しても開きませんでした。しかし玉置は即座に間違いを指摘。メモを手掛かりに少し手を加えると、わずか5分で攻略成功!

扉を開けると、中はぎっしり。隙間なくバインダーや大量の封筒が詰まっています。

一番下の段からは、設立当初の来館者名簿が見つかりました。
ほかにも清浦に関する記事や、地元団体の活動記録なども。記念館前の銅像を建てるために、総勢2000人分、合計1,100万円もの寄付が集まった記録もありました。

1枚の古い写真も出てきました。
清浦と皇太子時代の大正天皇が、元内閣総理大臣・山縣有朋の別邸を訪れた際に撮影されたものです。

家系図や「重要保存文献」と書かれたバインダーも発見。
中には親交の深かった日本画家に宛てた清浦直筆のプライベートな手紙もありました。
日誌や記念館の設計図など価値ある資料が次々と見つかる中、大量の掛け軸も発見。その数32点!
古文書のエキスパートである、「思文閣銀座」店長・金子さんに鑑定を依頼しました。

金子さんによると、こちらは熊本出身の日本画家・福山紫陽が晩年熊本で過ごした宮本武蔵を描いたもの。評価額は15万円。

中華民国の軍人で国家総理を務めた段祺瑞が、昭和初期に清浦の話に感銘を受けて送った書も。
歴史的価値も高く、評価額は20万円に。


32本の掛け軸の合計評価額はなんと130万円!
お宝が大量に発見され、中嶋さんも満面の笑み。清浦への熱い思いがぎっしり詰まった、貴重な金庫開錠となりました。
「テレ東プラス」では、3月20日(金)に放送された「開かずの金庫を開けろ!」をプレイバックします。
【動画】史上最多の高額お宝が出た!元総理大臣ゆかりの<開かずの金庫>
リポーターの西村瑞樹(バイきんぐ)がやって来たのは熊本・山鹿市。
山鹿市出身で、1924年に熊本県初の内閣総理大臣(第23代)に任命された政治家・清浦奎吾ゆかりの「清浦記念館」に、開かずの金庫が眠っています。
依頼主は館長の中嶋さん。記念館は1992年に役場と地元有志によって設立されました。

清浦は内務省警保局長も務め、現在の日本の警察制度の生みの親といえる人物。そのため記念館には全国から警察関係者が訪れるそう。
館内には愛用のサーベルや明治天皇からの頂き物など、約200点もの清浦関連の貴重な品々が展示されています。

金庫は館内の一室に設置されていました。
高さ170cmの巨大な金庫で、記念館設立時に置かれたものの、鍵の開け方や使用用途は不明。中にはまだ見ぬ清浦のお宝が眠っているかもしれません。
開錠に挑むのは無敵の鍵職人・玉置恭一。
玉置の見立てでは、現代の一流メーカー製で、過去に攻略を苦戦した因縁の金庫と同じタイプ。鍵穴とダイヤルの二重ロック式で、難易度はMAXです。
大勢のギャラリーが見守る中、開錠作戦がスタート。
鍵はすでに開いていたため、ダイヤルの攻略に取りかかります。
ダイヤルには暗証番号のメモが残されていたものの、何度試しても開きませんでした。しかし玉置は即座に間違いを指摘。メモを手掛かりに少し手を加えると、わずか5分で攻略成功!

扉を開けると、中はぎっしり。隙間なくバインダーや大量の封筒が詰まっています。

一番下の段からは、設立当初の来館者名簿が見つかりました。
ほかにも清浦に関する記事や、地元団体の活動記録なども。記念館前の銅像を建てるために、総勢2000人分、合計1,100万円もの寄付が集まった記録もありました。

1枚の古い写真も出てきました。
清浦と皇太子時代の大正天皇が、元内閣総理大臣・山縣有朋の別邸を訪れた際に撮影されたものです。

家系図や「重要保存文献」と書かれたバインダーも発見。
中には親交の深かった日本画家に宛てた清浦直筆のプライベートな手紙もありました。
日誌や記念館の設計図など価値ある資料が次々と見つかる中、大量の掛け軸も発見。その数32点!
古文書のエキスパートである、「思文閣銀座」店長・金子さんに鑑定を依頼しました。

金子さんによると、こちらは熊本出身の日本画家・福山紫陽が晩年熊本で過ごした宮本武蔵を描いたもの。評価額は15万円。

中華民国の軍人で国家総理を務めた段祺瑞が、昭和初期に清浦の話に感銘を受けて送った書も。
歴史的価値も高く、評価額は20万円に。


32本の掛け軸の合計評価額はなんと130万円!
お宝が大量に発見され、中嶋さんも満面の笑み。清浦への熱い思いがぎっしり詰まった、貴重な金庫開錠となりました。
記事提供元:テレ東プラス
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