天武天皇が伊勢神宮を東国経営の拠点とし『古事記』『日本書紀』を纏めた理由とは?【日本史】
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天武天皇が伊勢神宮を東国経営の拠点とし『古事記』『日本書紀』を纏めた理由
天武天皇は巨星天智天皇が病に倒れた時、自ら野に下り、挙兵して勝利した実力者であり、思う存分に辣腕(らつわん)を振るいました。
その際、国威発揚のため、新しい国づくりに着手する一方、大唐国には恭順の姿勢を示す必要上、似たような体制にする必要がありました。もちろん、形は似せても中身は違う、独自の国造りを目指したのです。
第一は公地公民制を実施。天皇・皇后と皇子以外の皇族と豪族、寺社が統制下に置かれました。第二は伊勢神宮を天皇家の祖先神を祀る社とし、同時に東国経営の拠点にしました。第三は日本独自の国史編纂に取り組み、『古事記』『日本書紀』を纏(まと)めました。
こうして「飛鳥浄御原令」を制定。日本に適合する律令国家の整備事業が始まったのですが、天皇を中心とする日本国の国体と制度、体制と内容のほとんどが、この時に手掛けられたと言っても過言ではありません。
出典:『図解 眠れなくなるほど面白い 日本史』著:鈴木旭
記事提供元:ラブすぽ
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