イスラム共同体の指導者として、30年間続いた「正統カリフ時代」の業績とは?【世界の宗教】
イチオシスト
632年、ムハンマドの没後、イスラム共同体の指導者として、預言者の代理人(カリフ)が定められることになります。しかし、正当な手続きを経て就任したカリフは4代にすぎず、その30年弱を「正統カリフ時代」と呼んでいます。
アブー・バクルの在位期間は2年間でしたが、彼はこの間、ムハンマドの没後、離反したアラビア半島の諸部族の再統一に力を注ぎました。
2代目のカリフは、軍事の才能に優れたウマルです。彼は*ジハードを繰り返し行なって、イスラム教の勢力範囲をアラビア半島全域まで拡大。国家としての体裁をしだいに整えていきました。
第3代カリフはウマイヤ家出身のオスマーン。彼の時代は、急激な版図(はんと)拡大で社会構造のゆがみが露呈する一方で、ムハンマドを通じて下された啓示が編纂(へんさん)され、『クルアーン』が成立しました。
第4代カリフは、ムハンマドの娘を妻としたアリーで、ウマイヤ家との間で指導者をめぐる争いが起こります。イスラム教の世俗化に反発するハーリジー派という最初の分派も勢力を伸ばし、三者間の争いに発展しました。そして、661年、アリーはハーリジー派によって暗殺され、ここに正統カリフ時代は終焉(しゅうえん)を迎えます。
アリーの死をきっかけに、イスラム社会にスンニ派とシーアという大きな二つの流れが生まれました。スンニ派は、イスラム教徒の約8割を占めます。3代までをカリフと認め、その後はウマイヤ朝の子孫をカリフとします。シーア派は、アリーの子孫だけが指導者だと考えます。
イラン国民の大半がこのシーア派です。

【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 世界の宗教』
監修:星川啓慈 日本文芸社刊
執筆者プロフィール
1956年生まれ。1984年、筑波大学大学院哲学・思想研究科博士課程単位取得退学。1990年、日本宗教学会賞受賞。現在、大正大学文学部教授。博士(文学)。専門は宗教学・宗教哲学。主な著書に、『言語ゲームとしての宗教』(勁草書房、1997年)、『宗教と〈他〉なるもの』(春秋社、2011年)、『宗教哲学論考』(明石書店、2017年)、『増補 宗教者ウィトゲンシュタイン』(法藏館、2020年)など。
記事提供元:ラブすぽ
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