ニューロダイバーシティ浸透 EY、人材の多様性の幅を拡大
イチオシスト
国境を越えて事業を展開するいわゆる「グローバル企業」では、女性やLGBTQ+(多数派と異なる性的指向を持つ人々、エルジービーティーキュープラス)など多様な人材の活躍を推進する「ダイバーシティ&インクルージョン(多様性&包摂)」の取り組みが進んでいる。
監査・コンサルの国際ファームEY(アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッド)は、この取り組みの一環として、発達障害のある人の活用を積極的に推進。日本のEY Japan(東京都千代田区、イーワイ・ジャパン)では2022年6月に自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)の人たちを採用する部署を発足させ、これらの人の活躍を後押している。採用者のうち、デジタル技術に精通した人は他の部署に“引き抜かれる”など、社内で活躍する人材の幅が確実に広がっているという。改正障害者差別解消法では2024年4月1日から障害のある人への「合理的配慮の提供」を事業者に義務付けており、「参考にしたい」と発達障害者らの採用を検討する企業からの問い合わせが増えているという。
この部署は、EY Japan経営企画ディレクターの加藤喜久さん(46)がリーダーを務める「Diverse Abilities Center」(ダイバース・アビリティーズ・センター)で、通称DAC(ダック)。22年22人、23年8人、24年14人を定期採用し、25年から不定期採用に切り替え、現在(26年1月26日時点)のDACの人員は45人、うち20人が正社員だ。他にEY Japanの他部署に移ったDAC出身の正社員が5人いる。DACの社員は当初有期契約で3年以内に正社員になることが期待されている。
「DACから年収1千万円稼ぐプレーヤーを出そうとメンバーには常々言っています。DACの立ち上げを構想した5年前の21年当時は、発達障害のある人が能力を発揮して長期的なキャリアを歩めるような仕組みはあまりなかったと思います。DACの理念は、メンバーが社内外含めて長期的に活躍できる道を切り開くことです。すでに他社にヘッドハンティングされたDACのデザイナーも現れており、DACから1千万円プレーヤーが生まれることはそう遠くないと信じています」
DACの生みの親、加藤さんは5年目に今年突入するDACの手応えを語る。もちろん、これまでがすべて順風満帆だったわけではない。加藤さんは“生みの苦しみ”をこう振り返る。
「DACは22年6月、22人でスタートしましたが、当初の3カ月間、仕事の発注はありませんでした。社内営業しましたが、いわゆる単純作業の発注を除き、反応がありませんでした。初めからいわゆる単純作業はやらないと決めていました。DACはもっと違う何かができると思っていました」
そこで作戦を変え、DACのメンバーが実際に制作した成果物(イラストやデータ分析資料など)を見せて「こんなこと、あんなことができます」と社内の他部署に分かりやすくアピールした。すると仕事の注文が次々と入るようになった。
「DACが具体的に何をできるかを当初、他部署の人はイメージできなかったと思います。これは小学校以降の障害者像に関する教育の問題かもしれません。一人一人の特性に応じて能力を発揮できる環境を整えれば発達障害のある人が活躍できることを、多くの人は知らないからだと思います。成果物を見れば何ができるかすぐわかります。一度発注した部署からは繰り返し仕事の依頼がありますよ」
加藤さんが現在、気を配っているのは社内営業ではなく、むしろ注文を抑えてDACのメンバーがオーバーワークにならないよう仕事量を調整することだ。「DACのデザイナーが制作した動画を海外のEYの仲間が使いたいという話もあります。社内の業務だけでなく、EY Japanの顧客の仕事を依頼されることも増えました。DACはEYに新しい価値をもたらしたと自負しています」と加藤さんは語る。
デザインの仕事は3~4カ月先まで注文が入っているという。通勤が苦手でフルリモートでデザインの仕事をしているDACの30代女性は、「忙しくなっていますが、仕事(イラストや動画制作)の成果が評価されるのはとてもうれしいです」と話す。
海外で暮らした経験があり、「ニューロダイバーシティ(神経多様性)」の考え方が海外にあることを知った加藤さんは、DACの仕事が高く評価されることは当初から確信していた。ニューロダイバーシティとは「個人のさまざまな特性の違いを多様性と捉えて尊重し、発達障害のある人の能力を社会に生かそう」という考え方だ。各自の特性に応じた能力を発揮できるような環境を企業側がきちんと整えれば活躍できることはすでに知られていた。
加藤さんは、社員の能力を発揮できるような環境を企業側が整えなければならないことは、けして特別なことではないとこう強調する。
「一人一人の特性に配慮して能力を発揮してもらうことは企業内の各種のリーダーには当然求められることだと思います。考えてみれば私はDACで当たり前のことをやっただけです」
今後、DACのメンバーを増やす予定で、“大所帯”に見合った組織運営の在り方の検討を始めている。そこで積極的な活用を考えているのが人工知能(AI)だ。加藤さんは、AIは発達障害のある人の活躍をさらに促進する強力な手段になると指摘する。
「DACのメンバーの特長としてみなさんよく勉強します。デザインチームの方は新たにアニメーションや動画制作に挑戦するなど新たなスキルを自主的に身に付けたり、別のリサーチチームの方はメンバー同士で簿記2級の勉強を始めたりして新たな知識の獲得に貪欲です。その一方で、予定を忘れやすい人や耳からの情報を取るのが苦手という人がいます。この点はAIの予定を知らせるリマインダー機能や会議などの発言を文字に起こして要約する機能などをうまく活用すれば、改善できると思います。ASDの方などは、AIを使って文章を相手に伝わりやすいように書き換えるなどしています。AIはDACメンバーが活躍する環境をさらに整えてくれる強い味方になるはずです」
自動車業界の分析レポートなどを作成している、DACの20代男性は「初めての職場ですが、いろいろなことに挑戦できる場所です。まだ決めたわけではありませんが、将来的には簿記の資格を取ってEY Japanの監査部門で働きたいという思いもあります」と意欲的だ。
DACの生みの親、加藤さんの思い描くDACの究極の理想形は、発達障害のある人がどんなことができるかを具体的に示したDACという組織=舞台装置がその役割を終えて不要になることだという。
「DACという部署がなくてもメンバーはEY Japan内で普通に活躍している。これがDACを作った私の追求する理想です。何年先にこの理想が実現するかはわかりませんが、これが本来あるべき姿ではないかと考えています。男性か女性か、日本人か外国人か、障害者かそうでないかなど、さまざまなカテゴリーで不当に人を分けている限り、多くの多様性の課題は解消されないのではないかと思います。カテゴリーでなく、個々人の“人”を見てお互いを尊重し、それぞれの特性を生かし合う、そういうEY Japanになっていくと思います」
記事提供元:オーヴォ(OvO)
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