祝詞がお経と同じようなものなのか?祝詞を媒介として神様と人は繋がる!?【図解 神道】
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イチオシスト
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イチオシ編集部 旬ニュース担当
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祝詞は神様との対話
ちょっと前のことのなのですが、喫茶店で隣の席に座った女性グループの会話が気になったことがありました。神社を参拝してきたところらしいのですが、こんなことを言っていたのです。「神主さんがお経をあげているのを聞けてよかったわ」いえいえ、それはお経ではなく祝詞でしょう、と言いたかったのですが、不審者と思われそうだったので自粛しました。
女性たちの気持ちもわからなくもありません。ひょっとしたら祝詞という言葉を失念して、思わず、お経と言ってしまったのかもしれません。いずれも礼拝対象に向かって唱えられる呪文めいたものということでは共通していますから。しかし、祝詞とお経では内容も目的もまったく違っているのです。
まずお経ですが、これは開祖の釈迦の言葉を記録したものとされます。歴史的にはそうではないものも含まれますが、すべてが仏の教えとして重視されています。もとはその教えを学ぶために読み上げていたのですが、唱えるだけで功徳があるとされるようになりました。これに対して祝詞は、神様から人へのお告げ、あるいは人から神様への奏上の言葉のことをいいます。
神様からのものは宣下体(宣命体)の祝詞、人から神様に感謝やお願いを伝えるものは奏上体の祝詞と呼ばれます。現在の神社で読み上げられているものの多くは奏上体の祝詞です。祝詞が聞き取りにくいのは、神様に対して唱えているからで、参列者に聞かせるためではないからです。この点でもお経と異なっています。
出典:『眠れなくなるほど面白い 図解 神道』監/渋谷申博
記事提供元:ラブすぽ
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