映倫 次世代への映画推薦委員会推薦作品 —「郷」
イチオシスト
圧倒的な自然描写によって描く、幸福とは何か?
長篇デビュー作「郷」が上海国際映画祭アジア新人部門に、日本人最年少でノミネートされた伊地知拓郎監督。構想に約10年かけ、自ら監督・脚本・編集・音作り・撮影を手掛けて完成させた「郷」のテーマは、『幸福の追求』だという。
劇中では主人公・岳がしごきに耐え、努力が実ってレギュラー選手に選ばれれば、羨望や嫉妬から理不尽な妨害にあう高校野球部でのいじめが描かれる。一方では、少年時代に岳が友人の隆と祖母の家で過ごした、楽しかった田舎の夏の日々が綴られる。その後高校野球で挫折を味わった岳が、担任教師の励ましや旧友との再会によって前に進んでいこうとするのが物語の流れだが、そのストーリー展開は作品のパーツでしかない。

セリフを極力削り、伊地知監督が故郷・鹿児島に全篇ロケして力を入れたのは、強烈な美しさで迫ってくる自然描写。草原や山肌の先に沈む夕日の光、子どもの目には宝物のように映る葉っぱにとまったカマキリ、流れる川面の黄金色のきらめき。それら人の心に幸福感をもたらす自然は、岳が高校野球で苦しんでいたときにも周りに存在していたはずだ。だが自分の幸福を野球部の中に見つけようとしていた彼には、それを感じる余裕はなかった。しかし少年時代には自然を幸福と感じた記憶があったわけで、その潜在意識を呼び起こすように、時折自然描写が挿入されていく。
後半には岳をはじめとする人間のドラマは抽象化されて、前に描かれたいじめや夏休みの場面もロングショットの遠景になっていく。幸福とは捉える視点で変化するもので、その価値観は一定ではない。このことを感覚的に伝える、映像の力強さ。また一人、今後が楽しみな新人監督が現れた。
文=金澤誠 制作=キネマ旬報社・山田 (『キネマ旬報』2026年1月号より転載)
「郷」
【あらすじ】
プロ野球選手を夢見て、軍隊のような規律やしごきに耐えて練習する高校の野球部員・岳。野球部内で起こる人間社会の理不尽さや残酷な現実が、彼を苦しめる。その彼に優しく声をかける教師の霧島に、岳の心は救われていった。やがて彼は幼馴染の隆と再会し、彼と川を下り、田園を走り回った少年時代を思い出していく。
【STAFF & CAST】
監督・脚本:伊地知拓郎
出演:泉澤祐希(語り)、小川夏果、古矢航之介、阿部隼也、千歳ふみ ほか
配給:マイウェイムービーズ、ポルトレ
日本/2025年/93分/Gマーク
1月9日(金)より全国順次公開
©郷2025

記事提供元:キネマ旬報WEB
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