ひろゆき、篠田謙一(国立科学博物館長)に人類の歴史を学ぶ⑤「なぜ、われわれホモ属は脳が大きくなったのですか?」【この件について】
イチオシスト

「『脳が大きいこと』が進化に対して唯一の正解なら、みんな大きくなるはずですよね」と語る篠田謙一氏
ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。分子人類学者で国立科学博物館長の篠田謙一先生をお迎えしての第5回です。
なぜ、われわれホモ属だけ脳が大きくなったのか? そんなひろゆきさんの疑問に篠田先生が答えます。そして、人類はこの先もどんどん進化していくのかという質問にも答えています。
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ひろゆき(以下、ひろ) 人類史を振り返ると、教科書で習ったようにアウストラロピテクスみたいな猿人が、僕らの祖先であるホモ属に進化したわけですよね。でも、別にアウストラロピテクスの体のままでも生活はできたはずです。なぜわざわざ進化したんでしょう。
篠田謙一(以下、篠田) 進化というのは、まず遺伝子に偶然の変化が起きる。その中で環境に適応できる性質を持った個体だけが生き残る。このふたつのプロセスで起こります。なので、環境が大きく変われば、当然そこには異なる淘汰圧(=進化圧)がかかります。
ひろ つまり、アウストラロピテクスになんらかの淘汰圧がかかった。
篠田 はい。その頃に環境が大きく変わったからだと考えられています。ホモ属が現れた250万年前以降は、地球の環境が大きく変動した時期で氷河期に入ります。その環境変化の中で、アウストラロピテクス属からホモ属が進化したというのが一般的な理解になります。
ひろ じゃあ、恐竜が環境の変化で絶滅したみたいなもんですね。
篠田 ただ、場所がアフリカなので、寒さよりは乾燥化が進んで、密林が減り草原が広がっていったことが要因だと推定されています。
ひろ 地球全体が冷えると雨が降らなくなるので、アフリカのような場所は寒くなるというより、カラカラに乾燥するんですね。
篠田 その環境変化で、アウストラロピテクスはふたつの系統に分岐します。ひとつは私たちにつながるホモ属。もうひとつはパラントロプスという草食性に特化したゴリラみたいなグループ。このパラントロプスは、その後140万年前ぐらいに滅んでしまいました。
ひろ 人類の従兄弟的な存在がいたんですね。じゃあ「知性が生まれたからホモ属が強くなった」というカッコいい話ではなく、単純に環境の変化に対する適応の結果ですね。
篠田 確かに「多様な変化をする環境で生きるために脳が大きくなった」というストーリーは作れるんですけども、はっきりと断言はできません。
ひろ 仮説としては成り立つけど証明が難しいみたいな感じですか。
篠田 ええ。そもそも進化の状況がハッキリわかっているわけではないですから。ただ、ホモ属が生まれた頃に地球環境が寒冷化していたというのは間違いありません。
氷河期というのはずっと寒さが続くわけではなく、「氷期(寒い時期)」と「間氷期(暖かい時期)」を繰り返します。ものすごく気候変動が大きい。その激しい気候変動の中を生きていく過程で、われわれの先祖は脳もどんどん大きくなっていきますし、アフリカを出て世界にも広がっていったわけです。
ひろ でも、チンパンジーもホモ・サピエンスと同じように道具を使うのに彼らは脳が大きくならなかった。それはなぜですか?
篠田 人類の系統がチンパンジーと分かれたのは約700万年前といわれています。そこからホモ属が現れるまで500万年間くらいありますが、猿人の段階では、長い間、脳は大きくならなかった。それが、ホモ属になると急に大きくなっていく。そのことやアフリカから出ていった事実を考えると、やはりその後に脳を大きくさせるような変化があったんだと思います。
ひろ 脳を大きくせざるをえない淘汰圧があったと。
篠田 少なくとも、「ヒト」に向かう系統に関してはそうです。ほかのグループは脳が大きくなっていないので、私たちの系統にだけ淘汰圧がかかったんだと思います。
ひろ そもそもの話として、鳥とか魚とかだって脳が大きいほうが便利そうじゃないですか。
篠田 そこが難しい問題で、もし「脳が大きいこと」が進化に対して一番適切で唯一の正解だったら、みんな大きくなるはずです。でもそうなっていないということは、そこには何かのトレードオフがあるはずです。
ひろ つまり、脳は小さいほうが有利だという戦略があるってことですね。
篠田 脳を大きくするというのは、生物学的に見るとかなり大変な話なんですよ。というのも、脳は活動を維持するためにものすごくたくさんの栄養が必要です。
ひろ 自動車でいえば、燃費が超悪いってことですね。
篠田 そうです。私たちの脳って、取り込んでいる酸素の約20%を消費していますし、摂取カロリーも同じく20%を使っています。こんなにコストのかかる臓器を大きくすることは生存戦略の上では危険なんです。ですから、リスク管理の観点からいえば、脳は小さくしておいたほうがいい。
さらに人間の場合は、母体内で脳を大きくするのに限界があるので、子供は未成熟な状態で生まれます。だから子育ては大変で、社会のシステム自体を変更することが必要になったともいわれます。
ひろ コミュニティ全体で子供を育てると。
篠田 また、食料の問題も深刻です。例えば、小さな脳の動物は十分な餌を得るのに半径1kmの餌場が必要だとしましょう。それが脳が倍になると、採餌範囲も倍以上に膨れ上がります。ひとりで探索する面積には限界がありますから、複数の個体が協力して広い範囲から食料を集める必要があります。集団のサイズも大きくしなければなりません。社会を変えなければならないんです。
ひろ つまり「脳が大きい→カロリーが必要→採餌範囲が拡大→ひとりじゃ無理→集団で協力」という流れですね。じゃあ人間が社会的な生き物になったのって「脳がデカすぎてひとりじゃ生きていけなくなった」ことも影響しているかもですね。ちなみに、ホモ・サピエンスという種はもう出来上がっていて、その後は、そんなに淘汰圧がかからないまま今に至るということですか?
篠田 その後も変化はありました。ホモ・サピエンスは30万年前頃登場するのですが、アフリカという気候変動の激しい地域で長く暮らすうちに、集団の離合集散を何度も繰り返したようなんです。気候が悪くなると集団が分かれ、小集団が孤立すると遺伝的な変化が蓄積しやすくなる。
その後、気候が良くなると再び移動して、出会い混血し、新たな遺伝子の組み合わせが生まれる。その積み重ねで、今の私たちとほぼ同じ形質が確立したのは10万年前以降と考えられています。
ひろ つまり人類の進化は「一直線に賢くなった」みたいな単純な話じゃないんですね。では、今後も進化していく可能性はあると。
篠田 そうですね。例えば、致死性が高い病気が大流行した場合、その病気への抵抗力がある遺伝子を持つ個体だけが生き残ります。そういう変化は今の時代でも十分にありえます。
ひろ じゃあ、昔のペストや致死率が異常に高くなった新型コロナみたいな病気が流行したら、それに勝てる遺伝子の持ち主だけが残るということですね。
篠田 ええ。実際にヨーロッパではペストで大きな淘汰圧がかかったので、現代のヨーロッパの人々は高い割合でペスト耐性の遺伝子を持っています。環境が大きく変われば、新たな淘汰圧がかかって、人類も変わっていく可能性は十分にあります。
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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA)
元『2ちゃんねる』管理人。近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など
■篠田謙一(Kenichi SHINODA)
1955年生まれ。分子人類学者。国立科学博物館長。主な著書に『人類の起源』(中公新書)、『日本人になった祖先たち』(NHKブックス)など。2026年2月23日まで、東京・上野の国立科学博物館では特別展「大絶滅展」が開催中
構成/加藤純平(ミドルマン) 撮影/村上庄吾
記事提供元:週プレNEWS
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