第51回城戸賞準入賞作品「実相」全掲載
イチオシスト
1974年12月1日「映画の日」に制定され、第51回目を迎えた優れた映画脚本を表彰する城戸(きど)賞。応募総数は495作品。本年度は大賞作品は出なかったが、準入賞3作品の中、最も総合点の高かった「実相」のシナリオ全文を掲載いたします。
「実相」中條ルネ
あらすじ
終戦間際の日本。帝都新聞社に勤める若き写真部員・早瀬光一は、軍や上層部の意向に従い、戦意高揚のためのプロパガンダ写真を撮っていた。そんな彼に下されたのは、原爆投下直後の広島への取材。
生まれ故郷である広島で光一が目にしたのは、言葉を失うような惨状だった。軍は「広島は大丈夫」と印象づけるための演出写真を撮るよう命じる。だが、光一はその指示に抗い、現実をそのまま撮ることを決意する。
同行したベテラン記者・田淵との対話や、そこで出会う人々との交流を通じて、光一の中に記者としての信念が芽生えていく。彼は一人広島に残り、カメラを手に人々の姿を記録し続ける。だが、本社に送った写真はなかなか新聞に掲載されず、苦悩の日々が続いていた。
ある日、彼が撮った写真がようやく新聞に掲載される。包帯だらけの少女・栞が、母親とともにリヤカーで身内らしき遺体を運ぶ姿。だが、紙面に載った写真は日本の被害者性を世界に訴えるために、母親が切り取られていた。そしてGHQによって、全てのネガが没収される。また、栞の母親から「娘を見世物にした」と非難されてしまう。
写真を撮るとは、伝えるとは何か。光一は信念を見失いかけるが、写真を「アメリカの雑誌からの転載」、そして地方紙は事後検閲という制度を利用し、帝都新聞の提携紙である山陽日報から世に出すことに成功する。
それから28年後。アメリカから返還された原爆関係の資料の中に、光一が撮った栞のネガが見つかる。彼女は生きているのか。もし生きていたら、今、どこで、どんな人生を歩んでいるのか。光一が懺悔の記事を出すと、一本の電話がかかってくる。小学校教師となった栞からだった。
栞は母を亡くした後、被爆者であることを隠し続けてきた。しかし今、自分の体験を伝える決意をしたのだと光一に告げる。「まだ、生きていますから」と微笑む栞に、光一は涙ながらに感謝する。その後、栞は皮膚科医となった光一の甥っ子・直人と再会する。光一は、手でカメラのフレームを作り、笑い合う二人を覗き込む。
●登場人物表
早瀬光一(30)(58)帝都新聞・写真部員
中村浩平(44) 帝都新聞・デスク
田淵豊 (44) 帝都新聞・写真部員
小宮鷹央(31) 帝都新聞・報道記者
藤原康英(51) 帝都新聞・編集局長
貴志匠(57) 帝都新聞・修整部員
緒方真(39) 帝都新聞・報道記者
千葉康二(34) 帝都新聞・報道記者
今岡忠士(53) 帝都新聞・事業部長
津田千晶(45) 山陽日報・報道記者
三村陽平(26)(54)帝都新聞・報道記者
吉竹和美(28) 光一の妹、看護師
吉竹直人(5)(33)和美の息子
吉竹明夫(35) 医者、和美の夫
本郷早織(33) 被爆者
本郷栞(7)(35) 早織の娘
ケン・タナカ(25) 日系通訳
(実在した人物)
ダグラス・マッカーサー(65) 連合国最高司令官
エリオット・ソープ(47) 民間諜報局長
ドナルド・フーバー(42) CCD局長
ブラッドフォード・スミス(36)CIE企画課長
緒方竹虎(57) 情報局総裁
松前重義(44) 逓信院総裁
(その他)
軍人
内閣情報局の高官
副官
記者1
職員
担当官
通訳
社長
兵士1
兵士2
若手記者
教員
○真珠湾攻撃のイメージ
T・昭和十六年十二月八日(日本時間)
大海原を眼下に零戦が姿を現す。編隊を組んでいる。
真珠湾の軍港が徐々に見えてきて──爆弾投下。
水柱が上がり、艦船が火を噴く。空は一瞬で炎と黒煙に覆われる。
ラジオ「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます──」
○街中
新聞配達員が号外を片手に走っている。
ラジオ「大本営陸海軍部、一二月八日午前六時発表──」
人々が群がり、新聞を奪い合う。
ラジオ「──帝国陸海軍は、本八日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」
新聞の見出し「大詔渙発 米英兩國ニ宣戰布告」
○内閣情報局・会議室
各省や報道の担当幹部が座り、示達を受け取る。
示達──「大本営の許可したるもの以外は一切掲載禁止」、「我軍に不利なる事項は一般に掲載を禁ず。ただし、戦場の実相を認識せしめ敵愾心高揚に資すべきものは許可す」とある。
○モンタージュ・報道の改竄
──東南アジアの占領について。
ゲラに「シンガポール陥落」「マレー進撃順調」の文字。赤ペンを持つ手が「陥落」や「進撃順調」に丸をつける。
新聞紙面「東南アジア戦線、大戦果」
× × ×
──ミッドウェー海戦。
ゲラに「空母四隻喪失」。赤ペンの手が一瞬止まり、ためらうように「四」にバツを引き、「一」と書き加える。
新聞紙面「空母二隻撃沈。我が方一隻のみ喪失」
× × ×
──ガダルカナル島の戦い。
ゲラに「壊滅的な被害により撤退」。赤ペンが「撤退」にバツをつける。
新聞紙面「ブナ ガナルカナルより轉進」
× × ×
──アッツ島。
ゲラに「日本軍守備隊全滅」。赤ペンが「全滅」に鋭くバツを入れる。
新聞紙面「アッツ島、皇軍玉砕にて真髄を顕現」
× × ×
──インパール作戦。
ゲラに「困難続く、補給線断絶」。
赤ペンが「困難」、「断絶」に迷いなくバツをつける。
新聞紙面「インパール作戦、驀進中」
× × ×
──硫黄島の戦い。
ゲラに「死傷多数、戦況厳し」。赤ペンが素早く「死傷」、「厳し」にバツをつける。
新聞紙面「硫黄島、我軍応戦続く」
航空機の音が徐々に増して──。
○東京上空(深夜)
T・昭和二十年三月十日
暗雲──その隙間から、B29が一機。すると背後から、次々に同機が現れ、空に銀色の編隊が広がっていく。
一機が腹部を開くと、続いて別の機体、さらに別の機体が照明弾を次々に投下。
雲の下、まるで昼のように明るさが増していく。
○内閣情報局・執務室(翌日・朝)
朝日が差し込む机の上。吸い殻の溜まった灰皿の傍に、帝都新聞。一面には東京大空襲についての記事。
大本営発表「都内各所に火災を生じたるも宮内省主馬寮は二時三十五分其の他は八時頃迄に鎮火せり」
窓際に立つ高官。顔はわからない。
○東京下町の爆心地(朝)
炭化した柱の根、崩れた土壁。瓦礫の隙間に歪んだ自転車のフレーム。焦げた小さな靴。
静まり返る焼け野原。空から細かな灰が絶え間なく降っている。
○タイトル『実相』
タイトルが消えると、カメラのシャッター音。
○ある鉄工所・桜島工廠跡(朝)
T・昭和二十年八月五日 大阪
カメラを下ろす、早瀬光一(30)。目の前に破壊された工廠が広がる。
光一「……戦闘機の機関部、此花で造っとたんですよね。影響は?」
と、軍人に。
軍人「まあ、村下重工は広島にも工廠持っとるさかい。たいしたことは、な」
光一、頷き、戦闘機の残骸へ向かう。
焼け焦げた大きな機体。
光一、カメラを構える。
軍人「……それ、アメ公のP51や」
光一「……日本の機体じゃ?」
尾翼にかすれたヒノマル。
軍人「……早瀬記者──国民の士気上げるんが、アンタの仕事やろ?」
光一「……」
光一、ゆっくりとカメラを構える。
シャッターにかけた指が一瞬止まる。
光一「……」
わずかに眉を寄せるが、シャッターを切る。
○帝都新聞社・大阪本社・外観
モダンで立派な社屋。
○同・報道部
慌ただしく動く記者たち。
中村浩平(44)、赤鉛筆でゲラにチェックを入れている。
光一、やってくる。
光一「中村デスク、今日の取材分です」
と、ネガフィルムを差し出す。
中村「(受け取って)ご苦労さん。ええやないか……戦闘機?」
あるコマに戦闘機の残骸が写っている。
光一「……米軍の、P51です」
中村「(軽く頷き)……製版、回しとけ」
光一「はい」
○同・屋上(夕)
光一、ポケットからタバコケースを取り出す。
中には不揃いの紙巻きタバコが数本。
一本抜き、口にくわえる。が、紙が裂けて中の葉が一気にこぼれ落ちる。
光一、舌打ち。
小宮鷹央(31)、やってくる。
小宮「どえりゃあ、ついてねえな」
と、軍用タバコを差し出し、
小宮「いるか? 陸軍大佐の御用達だ」
光一「結構です」
と、新しくタバコを取り出す。
小宮「……ま、これ吸うたらニセモンには戻れんくなるか」
光一「……」
田淵豊の声「くれや」
光一と小宮、後ろを振り返る。
小宮「……田淵記者」
無精髭の田淵豊(44)、目つきは鋭くもどこか虚ろ。
田淵「くれんだろ」
小宮「……ああ。どうぞ」
と、タバコを差し出す。
田淵、無言で受け取る。
小宮が火をつけると、田淵はゆっくり吸い込む。
田淵「……上等な味じゃぁ」
と、去っていく。
小宮「……あれが伝説の戦場屋? 見る影もあらへんが」
早瀬「……」
蝉の音がジリジリと増していく。
○1943年・光一の回想
アッツ島の戦い。
断続的な銃声がこだまする中、光一が背を低くして走っている。
胸には守るように抱えたカメラ。
岩陰を見つけ、身を投げ込むようにしゃがみこむ。
息が乱れる。手が震えている。が、カメラを構える。
ファインダー越し──焼けた日章旗、崩れた塹壕、動かぬ兵士たち。と、爆発音!
光一、思わず身を伏せる。
カメラを庇うように胸に押しつける。
光一「……」
光一、またカメラを構える。
ファインダー越し──瓦礫の隙間に人影。ひとりの日本兵。
光一と、目が合う。
光一「……っ」
兵士の表情がかすかにゆるむ。と、拳銃をこめかみに当て──銃声。
○ 1945年戻り・帝都新聞社・大阪本社・地下倉庫(深夜)
空襲警報が鳴る中、光一がハッと目を覚ます。
光一「……」
周囲には防衛当直中の記者たち。ゲートルを足に巻いた者、ヘルメットを被っている者も。
ラジオから防空情報。
ラジオ「──現在、西宮・芦屋・神戸方面に接近中と推定されます。午前0時30分ごろには兵庫南部に到達する見込み──」
大阪が標的ではないとわかり、少し安堵する記者たち。
小宮、舌打ちし、毛布を頭まで被る。
緒方真(39)と千葉康二(34)は不安そう。
緒方「……2ヶ月ぶりに神戸か。こりゃでけえかもしれんぱい」
千葉「……こっちさも来るかもしんねぇすな」
緒方「ああ……」
光一、黙って毛布に身を戻すと──隣で横になっている田淵と目があう。
光一「!」
光一、すぐにくるりと背中を向ける。
光一「(ぎゅっと目を瞑り)……」
空襲警報は鳴り止まない。
○モンタージュ・広島市内の様子(朝)
活気のある広島中心街。
市電が走る道路では車や通勤中の人々が行き交う。
× × ×
第二総軍司令部。
衛兵が門の前に立つ。
× × ×
商店街。
八百屋の店先。店主がトマトを水にくぐらせ、並べている。
× × ×
住宅地。
井戸端会議をしている主婦たち。
その中に笑顔の本郷早織(33)。
○小道(朝)
吉竹和美(28)、吉竹直人(5)の手を引いて歩いている。と、後ろから誰かが走ってくる。
本郷栞(7)、駆けてくる。
栞「あっ、直人と和美さん!」
和美「栞ちゃんおはよう。どこ行くん?」
栞「お使いじゃ。あ、直人! 今日こそビー玉勝負、決めるけぇの!」
直人「うんっ!」
栞「ほいじゃあの!」
と、笑いながら駆け去っていく。
和美「……今日も元気じゃねぇ」
すると、遠くで重たい音。
直人「……ひこーき?」
高空を機影が猛スピードで広島中心部へ進んでいく。
直人「……また、どっか隠れる?」
和美「うん……」
と、突然の閃光。
和美「!」
和美、咄嗟に直人を抱き寄せる。
和美の瞳が白く染まり──すぐに、ぎゅっと閉じる。
○帝都新聞社・大阪本社・製版部
暗室。写真の上、エアブラシの筆先が動いている。戦闘機の尾翼にある日の丸が消されていく。
貴志匠(57)、真剣な表情で作業をしている。
光一、入ってくる。
光一「貴志さん」
貴志「(顔を上げて)おお、光一くん」
光一「昨日の分、仕上がっとります?」
○同・廊下
光一、歩いている。
手元の写真――日の丸がない戦闘機。
光一「……」
背後から駆け足の音。
振り返ると、千葉。真っ青な顔。
千葉「は、早瀬さんっ! 広島に、爆弾が落とされたって……!」
光一「……え?」
千葉「大本営からは、まだなんもねんですが、とにかく、報道部さ!」
○モンタージュ・記者たちの反応
廊下で一人、立ち尽くす光一。記者たちが次々と光一の隣を通り過ぎて──。
小宮「白血病になるらしいがね」
緒方「子供がもう、できん体になる聞いた」
千葉「人、焼けたって……ほんとう、なんですか?」
中村「爆弾の影響で、草木がもう生えへんいう話や……」
光一「……」
○光一の家(夜)
写真。光一と和美と直人が写っている。
こじんまりとした部屋でその写真を見つめる光一。
光一「……生きとる、よな……?」
項垂れる光一の背中。
○帝都新聞・大阪本社・報道部(二日後・夕)
中村が机の前に立つ。
光一、小宮、緒方、千葉を含む十数人の記者たちが集まっている。
中村「アメリカが新型爆弾を落として二日。広島支局とも連絡がつかん状況やが──」
中村、一枚の紙を掲げる。
中村「中部軍管区からの要請や。広島に記者を派遣してほしいと……早瀬、行けるか?」
光一「はい」
中村「もう一人」
視線を逸らす記者たち。
中村「緒方」
緒方「いやぁ、腰ん古傷がまた疼きだしてしまうて、ちぃと無理たい」
中村「千葉」
千葉「女房が、こないだ子ども産みまして……留守にできねぇんです」
中村「小宮は?」
小宮「ちょうど今、例の物資横ながしのネタが煮詰まりかけてまして……」
中村「……誰も行きたないか」
一同、沈黙。
と、田淵が部屋に入ってくる。
中村「……田淵、お前、広島行けんか?」
田淵「? ……ああ、アンタら噂聞いて、怖気付いとんのか。それでも記者かい。情けないのう」
と、自分のデスクに座る。
記者たち「……」
中村「……人のこと言えんやろ」
田淵「……」
中村「記事も書かん、写真も撮らん。ただ座っとるだけやないか。情けないのう」
田淵、立ち上がると、中村の元に勢いよくやってきて
田淵「(胸ぐらを掴み)アンタがそれ言うんか!」
中村「──わかっとるわ!」
田淵「っ!」
中村「……」
田淵「ちっ」
田淵、中村の胸ぐらから手を離すと、要請書を奪い取り、自分のデスクへ。カバンを取ると、出入り口へ向かう。
光一も慌てて自分のデスクから荷物を掴んで田淵を追う。
中村「だが、あくまで軍の要請や。これまで以上に軍に従って──」
田淵と光一、出ていく。
中村「……」
○走る軍用列車内(朝)
カメラを忙しなく触っている光一。
向かいの席に座る田淵、窓の外を見ている。
光一「……田淵さん、広島の出身じゃったですよね?」
田淵「……ああ」
光一「……ご家族は?」
田淵「……おらん」
光一「そうですか……」
田淵「……あんたは?」
光一「両親は、もう……でも、妹家族が、おります……」
田淵「……」
光一「……」
田淵「……知っとる町、撮ったことあるか?」
光一「え? えっと、そりゃあどがいな──」
田淵「焼け野原になった町じゃ」
光一「あ、いえ……」
田淵「……堪えるで」
光一「……」
田淵「自分が歩いとった道、よう知っとる顔……そいつらがカメラん中入るんは……」
光一「……」
田淵「じゃけえカメラ、落とすなよ」
光一「っ!」
列車のブレーキ音。
○広島駅(朝)
列車が停車する。
五十人ほどの記者たち、無言のまま降り立つ。その中に光一と田淵の姿。
光一「!」
駅舎の影もなく、見渡す限り焼け野原。
光一、声も出ない。
田淵、足元に目を落とす。
しゃがみこみ、手を伸ばして土を触る。焼け焦げた土が指に黒くこびりつく。
田淵「……」
○広島市内(朝)
強い日差しの中、光一たち記者が列を組んで歩いている。
焼け崩れた家々、歪んだ看板、ひび割れた電柱──人の気配はない。
光一、何かにつまずき、足を止める。
焼け焦げた三輪車のフレーム。近くに変形した小さな靴がひとつ。
光一「!」
歩く記者1、足を止める。
記者1「あれ、なんだ?」
他の記者たちも徐々に立ち止まる。
光一「?」
壁に小さな黒い影──子供の形をしている。
光一「……こ、子供……?」
息を呑む声。
田淵「……影まで焼かれるか」
記者たち、呆然と立ち尽くす。
光一「……!」
○広島のある広場(夕)
炊き出しの列。少女がおにぎりをもらっている。
光一、カメラを構える。
ファインダーの中──少女の笑顔。シャッター音。
光一、カメラを下ろす。
瓦礫の傍。腕に包帯をした看護師が怪我人に手当てをしている。
光一、カメラを構える。
レンズ越し。看護師、手当てを終え、顔があらわに──和美だ。
光一「! ……和美!」
と、駆け寄る。
和美「え……? 光一兄ちゃん? なんでここに──」
光一「お前、腕、どうしたんじゃ!」
和美「ああ、ガラスがちいと──」
光一「ガラス!? 安静にしとかんと!」
和美「じゃが、もう平気じゃ」
光一「何言うと──」
和美「うちの体はうちが一番わかっとる。それに、うちより、みんなのほうが、ずっと大変じゃけぇ……」
と、周囲の被爆者たちを見渡す。
和美「うちは看護師じゃ」
光一「……直人と、明夫さんは?」
和美「二人とも無事じゃけ、安心して」
光一「そうか……」
和美「でも、光一兄ちゃんが広島におるなんてな」
光一「取材で来たんじゃ」
和美「取材?」
光一「ああ……広島がどがあなことになっとるか――」
軍人がやってくる。
軍人「写真を撮る。並べ! お嬢さん、あんたもや!」
和美「うちもですか?」
軍人「ああ」
光一、和美に頷く。
和美、躊躇しながらも加わる。
田淵、遠巻に立っている。
記者たち、カメラを構える。光一もカメラを構える、
軍人「みな胸を張ってくれ! ピカドンにも負けん、立ち上がる広島の姿を見せつけんのや!」
光一のカメラのファインダー越し──炊き出しを囲む人々の中心に、和美。
光一「……!」
和美の背後、レンズの奥には──皮膚がただれた者、身動きもままならぬ者、そして瓦礫の隙間に焼け焦げた遺体。
光一「っ」
和美のぎこちない笑顔にピントが合い──。
○1943年・光一の回想・帝都新聞社・大阪本社(夕)
光一、新聞を中村の机に叩きつける。
光一「……玉砕て、なんですか」
椅子に深く腰掛けている中村。
見出しに「アッツ島、皇軍玉砕にて真髄を顕現」。本文にはこうある。「爆撃の合間、塹壕より立ち上がり『アッツの雪辱を果たす』と叫んだ兵の姿もあった」。
光一「……わしが見たんは、震えながら自分の頭撃った兵隊です!」
× × ×
(フラッシュバック)
兵士が拳銃をこめかみに当て、自分の頭を撃つ。
× × ×
光一「雪辱も、真髄も……そがぁなもん、どこにも──(無かった!)」
中村「(遮って)国民に絶望は見せん!」
光一「……!」
中村「ほんまのこと載せて……それ読んだ人間が明日も生きよう思えるか!?」
光一「……っ」
中村「新聞が見せんのは……希望や……!」
○1945年戻り・広島のある広場(夕)
光一の指がシャッターから少し離れる。
震える指。
ファインダー越し──和美の引き攣った笑顔。だがその奥には、動かぬ人々、焦土の広島。
視界が徐々にぼやけ、光が滲んでいき──。
○瓦礫の裏(夕)
光一、地面に手をつき、むせるように嘔吐している。
目には涙。息が荒く、肩が上下。
首にぶらさがるカメラ。
光一「……」
と、首からカメラを乱暴に外し、全力で投げる。が、田淵が現れ、キャッチする。
光一「!」
田淵「っ……」
光一「……っ!」
光一、田淵に詰め寄り、カメラを奪おうとする。
田淵「早瀬!」
光一、田淵から無理やりカメラを奪い取ると、思いきり投げる。
カメラが地面に叩きつけられる。
田淵「……!」
レンズにヒビが入ったカメラ。
光一「……あの子、笑っとった」
田淵「!?」
光一「ご飯もろうて、嬉しそうで。それ見て、わし、使える写真じゃ、って……」
田淵「……」
光一「じゃけど……和美がカメラん中入ったら、なんやカメラ重うなって……」
光一、視線を落とす。
光一「シャッター、押せんくて……」
田淵「……」
光一「……そん時……わし、撮ったらいけんって、思うて……持てんくなって……」
田淵「……」
光一「もう、無理じゃ……」
田淵「……」
掠れた鼻歌が聞こえてくる。
光一「……?」
音の先──栞が歩いている。
光一「……」
田淵「……よう歌えるのう」
光一「……歌うしか、ないかもしれんです」
田淵「……」
栞が座って、手を合わせる。
栞の横顔。
光一「……綺麗じゃ」
田淵「……撮るか?」
光一「え……?」
田淵、カバンからカメラを取り出す。
田淵「……貸すだけじゃ」
光一「いや、じゃが──」
田淵「撮りたいと思ったんじゃろ?」
光一「!」
田淵「撮りたいんなら、撮れ」
光一「……」
田淵「誰がなんと言おうと、これから撮るもんは──あんたが決めるんじゃ」
光一「っ!」
光一、迷いながらも手を伸ばし、カメラを受け取る。
田淵「……もう、落とすなよ」
光一、ぎゅっとカメラを握りしめる。
田淵、何も言わず、去っていく。
光一「……」
光一、恐る恐る構え、ファインダーを覗く。
座り込んでいる栞──こちらを見る。顔の半分は包帯だらけ。
光一「!」
栞の澄んだ瞳。
光一の目元、わずかに潤む。が、涙は落ちない。
一瞬、息を止め──「カシャ」。
○モンタージュ・玉音放送の人々の反応
玉音放送が流れている、
天皇「──朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ──」
以下、人々の反応──
ある民家。祖母が手を合わせる。母が子を抱き寄せる。
× × ×
ある学校。教壇に置かれたラジオ。教師と生徒たちが耳を傾けている。
× × ×
兵舎の一角。整列する兵士たち。誰も顔を上げない。ある兵が肩を震わせている。
× × ×
救護所。畳に横たわる被爆者たち。
× × ×
帝都新聞社、報道部。記者たちが椅子から立ち上がっている。
中村、ペンを握りしめる。
× × ×
列車に揺られる田淵。
田淵「……」
× × ×
広島の焦土。光一が歩いている。
崩れた家の中、ひしゃげて焦げたラジオ。かろうじて音が聞こえる。
光一、立ち止まる。
足元、ビー玉が転がっている。
光一、しゃがみ込む。
手を伸ばすが、指が触れたところで動きを止める。
光一、目を閉じる。
天皇「──堪ヘ難キヲ堪ヘ、忍ヒ難キヲ忍ヒ──」
○帝都新聞社・大阪本社・外観
○同・会議室
編集会議が行われている。中村、今岡忠士(53)、幹部たちが机を囲んでいる。
上座には藤原康英(51)。
藤原「民意は揺れ、軍の動きも読めぬ今、敗戦をどう報ずるか。舵を誤れば、騒擾の火種になる」
今岡「火種、ねぇ……もう生まれとるちゃいますかぁ? なあ、中村?」
中村「!」
藤原「どういうことだ?」
今岡「……あれまぁ。藤原編集局長、まぁだ聞いてはらんかったですかぁ?」
中村「……」
今岡「いやぁ、ちょっとした噂になってましてなぁ……うちの記者が、広島で軍令無視して勝手に動き回っとると」
藤原「事実か?」
中村「申し訳ございません」
藤原「なぜ報告を上げなかった」
中村「広島は、彼らの故郷です。現地の惨状を目の当たりにして、動かずにおれんかったのかと」
今岡「(鼻で笑う)……」
藤原「取材班は、今どこにおる」
中村「本日午前の列車で、大阪に戻ってきております」
藤原「彼らにはしかるべき措置を。また広島、そして長崎についても、以後は慎重に扱え。掲載前は必ず検閲担当を通すのだ。よろしいな」
中村「承知いたしました……」
○同・報道部
中村、机を叩く。
中村「軍の指示には従え言うたやろが!」
と、田淵に怒鳴る。
田淵「……」
記者たち、様子を伺っている。
中村「ほんで早瀬は!? 顔も見せんで、どこほっつき歩いとんねん!」
田淵「……広島じゃ」
中村「は? なんやと?」
田淵「(小さく笑みを浮かべ)……」
○ある国民学校・教室内
田淵のカメラで写真を撮っている光一。
臨時の救護所になっており、被爆者たちが寝かされている。
光一「……」
○同・廊下
光一、歩いている。
処置室から和美と直人が出てくる。
光一「直人!」
直人「! おじちゃん!」
○同・校庭
炊き出しが行われている。
直人がかぼちゃ粥を啜っている。
光一、隣で見守るように微笑む。
最後のひと口を飲みこみ、欠けた茶碗を置く直人。
顔色はよく、呼吸も落ち着いている。
光一「食欲、戻ったな」
直人「おかわりもいけるけぇ」
光一「ほんまか?」
直人「ほんまよ!」
光一の頬も緩む。
直人「あ、そうじゃ」
光一「ん?」
直人「(自分を指して)撮らんの?」
光一「……え?」
直人「いつも、いっぱい撮っとっるじゃろ」
光一「……直人は、ええけぇ」
直人「なんで?」
光一「……なんとなくじゃ」
直人「(納得いかない)ふーん」
光一「……」
○道(夕)
光一、歩いている。
周囲は焼け跡と瓦礫が広がる。
光一「……」
と、前方から掠れた歌声。顔を上げる。
壊れかけたリヤカーを引く早織の姿
後ろから、顔に包帯をした栞が押している。
栞「ねんねんころりよ、おころりよ──」
光一「……」
荷台には、布をかぶせられた何か。
光一の横を通り過ぎようとすると、
石に乗り上げ、リヤカーが傾く。その拍子に、布がわずかにずれる。男性の遺体。
光一「……!」
光一、思わずカメラを構える。
ファインダーの中──早織と栞が遺体を運んでいる姿。
光一の指がシャッターにかかる。
ファインダー越し──栞がカメラに気づく。
栞「……なんで撮るん?」
光一「!」
早織「(光一に気付いて)……見せもんじゃ、ありゃせん……!」
光一「っ……(カメラを下ろして)すみません……」
早織、歩き出し、栞もリヤカーを押す。
光一、歩き出す。だが少しして、振り返る。
遠ざかっていく早織と栞の背中。
光一「……」
カメラに視線を落とし──。
○ある広場(夜)
天幕が張ってある。
入り口に貼られた紙には「帝都新聞/山陽日報 仮広島支局」の文字。
○天幕内(夜)
三村陽平(26)、筆で紙に文字を書いている。
壁新聞──炊き出し情報、救護所の所在などが記載されている。
津田千晶(45)、背後から覗きこみ、
千晶「おう三村、筆走るようになったの」
三村「そら、毎晩書いとりますけ」
千晶「じゃが、文章がまだ追いついとらん」
三村「まぁたそがいな意地悪な」
千晶「愛のムチじゃ。いずれは広島の報道、背負う人間になるんじゃけぇ」
三村「(照れる)そ、そがあに言われたら……やるしかのうですなあ」
千晶、ふっと笑う。
光一、入ってくる。
光一「ただいま戻りました」
千晶「ご苦労さん。どがいな塩梅じゃ?」
光一「ぼちぼちです。現像してきます」
千晶「頼んだで」
光一、出ていく。
三村「……早瀬さん、毎日よう動いて、記事も本社に送っとるのに、まだいっこも載らんて……僕やったらとっくに筆折ってますわ」
千晶「……」
○防空壕(夜)
入り口に布がかかっており、漏れるのはわずかな月明かりのみ。
光一、フィルムを慎重に手に取り、現像液の入ったバットに沈める。
液の中に徐々に浮かび上がるのは、早織と栞の写真。壊れたリヤカーを押しながら遺体を運ぶ姿。
○川沿い(深夜)
光一、木の枝に紐を渡し、フィルムを吊るしていく。
被爆者や広島の焦土が写っている。
光一「……」
千晶、やってくる。
千晶「ようけ撮ったのぉ」
光一「津田記者」
千晶「……それ、田淵のじゃろ? なんでキミが持っとんや」
と、光一の首に下がったカメラ。
光一「あ……自分の、壊してもうて」
千晶「壊したあ!? いくらするかわかっとるんよな?」
光一「はい……」
千晶「……大阪戻ったら、土下座じゃすまんよ」
光一「……はい」
千晶「それにしても、田淵が貸すとはのう……」
光一「……津田記者は、田淵さんと同期なんですよね?」
千晶「ああ」
光一「あんだけ戦地回っとって、なんで、カメラなし置いたんですかね……?」
千晶「……」
光一「あ、いや、知らんですよね」
千晶「……ある記者がおってな」
光一「?」
千晶「戦地で田淵と組んどった男じゃ。よぅ走る足と、止まらん筆を持っとった」
光一「……」
千晶「『わしらペンの兵士だ』言うて。勇ましかったであいつら……じゃが……いつの間にか二人とも、記者じゃのうて、小説家になっとった。武勇伝書いて、神話書いて……」
光一「……」
千晶「……あるとき、田淵が撮った写真が一面飾ったんじゃ……原稿用紙握って、戦場で血まみれで倒れとる、その男の写真じゃ」
光一「!」
千晶「見出しは『言葉なき報道』。まるで覚悟の死じゃった。最後まで書き続けた英雄、みたいになってな」
光一「……」
千晶「じゃが、ほんまは違う。あの人、帰りたがっとった。なんべんも『死にとうない』言うとったそうや」
光一「……」
千晶「それからじゃ。田淵がレンズ越しに人見れんくなったんは……」
光一「……」
千晶「うちな、そん記者と田淵にちいと嫉妬しとったんよ」
光一「え?」
千晶「同期んはずやのに、そこそこ記事も書いとるのに、あいつらは東京行って大阪行って……うちはずっと、帝都系列の地方紙じゃ」
光一「……」
千晶「まあ今思うと、地元で市井の暮らし拾うんも悪うない。広島んこと、誰かが見とらんといけんけぇ」
光一「……」
千晶「じゃが、見よるだけじゃのうて、伝えにいく人間も必要じゃ」
と、光一を見て──。
千晶「ここで見たこと、向こうにおる人間に突きつけてきい。これが広島じゃって」
光一「!」
千晶「できるの?」
光一「……はい」
千晶「任せたで。あ、田淵にもよろしゅうな」
と、手を振り去っていく。
光一「……」
早織と栞の写真が風に揺れる。
○帝都新聞社・廊下~報道部(二日後)
田淵、廊下を歩いている。
中村の声「勝手な真似ばっかしよって!」
田淵「!」
× × ×
報道部内。中村の前に光一が立っている。室内には小宮、緒方、千葉や他の記者たちもいる。
中村「それにカメラ壊したやと!?」
机の上には広島の惨状を撮ったネガと壊れたカメラ。
中村「社の備品やぞ!? 資材もろくにない状況で、新しいカメラがすぐ手に入る思うんか! あほんだら!」
光一「……すみません」
田淵、入ってくる。
中村「すまんで済むかい! お前一人の問題ちゃうぞ! それにこん写真も……軍部もアメリカも睨んどる状況や!」
光一「……」
中村「これが社にどんな火の粉を降らすんかわかっとるんか!」
光一「……わかっとります……!」
中村「(ため息)……お前を広島に送ったんは間違いやった」
光一「……これ、どこじゃと思いますか?」
と、一枚の写真を差し出す。跡形もない建物。
光一「帝都の、広島支局です」
中村「!」
光一「ここで、13人の仲間が、亡くなりました」
中村「……ネガは預かる。今は出せん」
光一「また『今は』ですか?」
中村「なんやと?」
光一「戦中もそうじゃった。『今は無理や。だがいつかは』言うて。ほいで、どれだけの真実が、葬られてきたかっ!」
記者たち「……」
光一「国が怖い、アメリカが怖い、社の立場が危うい。わかっとります! でも、そればっかり気にしとって、誰がほんまのこと残すんか!」
静まる室内。
光一「わしらが忠誠を誓うんは、国でも社でものうて、真実じゃろ! 違いますか!」
中村、思わず背を向ける。
光一「……」
田淵「……中村。もう、戦争は終わったんじゃ」
中村「……早瀬」
光一「はい」
中村「カメラは、給料3ヶ月」
光一「……はい」
中村「写真は……その威勢、上の前でも発揮しろ」
光一「?」
中村、立ち上がると、
中村「立ち会いや。行くぞ」
光一「!」
中村、田淵と目が合うが、そのまま通り過ぎる。光一、慌てて写真を掴み、中村の後を追う。
田淵「……」
○同・会議室
会議が行われている。光一、中村、藤原、今岡、幹部たちが出席している。
長机に広げられた被爆者たちや広島の焦土の写真。
今岡「写真まで撮っとたんかいな!? 帝都潰す気か、若造がぁ!」
光一「……」
今岡「おい、中村ぁ! オマエ部下にどんな教育しとんねん!」
中村「教育? 『撮るな』と、叩き込んできたよ。戦意を削がず、国民感情を乱さぬ記事を、写真をってな……!」
光一「……」
中村「だが、何が残った? この焼け跡は、俺たちが無視してきた結果でもあるんじゃねえのか!? なあ!?」
今岡「っ」
一同「……」
中村「……早瀬」
光一「! はい」
中村「お前の写真や。言いたいこと、言え」
光一「っ!」
今岡「……若造が。なんも考えずに撮ったんやろ。こんな大事に──」
光一「(遮って)考えとります!」
今岡「!」
光一「考え、とります……撮る前も、撮ったあとも、ずっと……写真を撮ったことで、どがぁなるかも……じゃけど……それでも、撮らにゃならん、思うたんです」
一同「……」
光一「自分が撮らんかったら、この焼け跡も、ここに生きとった人々の痛みも! 無うなってしまうけぇ……!」
中村「……」
幹部たち「……」
藤原、立ち上がる。
一同「!?」
藤原、机からある写真を手に取る。
藤原「……本誌判断で掲載しよう」
光一「!」
今岡「編集局長……!?」
藤原「……」
光一「(信じられない)」
○同・報道部
掲載に驚く記者たち。
小宮「掲載!?」
千葉「ああ」
田淵「……」
○同・屋上
寝転んでいる田淵、
田淵「……」
光一、やってくる。
光一「……田淵さん、カメラ、ありがとうございました」
と、カメラを差し出す。
田淵「……持っとけ」
光一「え?」
田淵「……まだ、撮りたい思うんじゃろ?」
光一「……」
田淵「その気持ちがある限り、持っとけ……わしはもう、撮るんはええ」
光一「……」
田淵、体を起こし、行こうとすると
光一「あのっ、写真、掲載決まりました」
田淵「……あまり喜びすぎるなよ」
光一「え? ああ……まだこれからですもんね」
田淵「ああ。まだ、これからじゃ」
と、去っていく。
光一、その背中を見送り、空を仰ぐ。
やり切ったような晴れ晴れとした表情。
空が青い。
○同・編集局長室
中村、藤原に頭を下げる。
中村「ほんまに、ありがとうございました」
藤原「……ああいう記者がいるのは、誇りだ」
中村「はい」
藤原「……だが、中村……このままでは紙面には載せられん」
中村「!? ……どないいうことです?」
藤原「……出す形を考えろ、ということだ」
中村「っ!?」
藤原「君なら、わかるだろう?」
中村「……」
○同・製版部
机の上に早織と栞がリヤカーを引いている写真。
中村と小宮が向かい合って立っている。
貴志「(写真を覗き込み)この荷台に乗っとんのは……遺体か。母と娘で身内を運んどるとこかの……ほんで、これをどうしろって?」
中村、口を開きかけたその時、機械の音に声をかき消される。
貴志「……なるほどねえ」
と、写真を持ち上げ、かざす。
中村「……」
○印刷工場(夜)
回転する輪転印刷機。
次々に刷られていく新聞。
○田淵の家(朝)
小さなアパート。
田淵、新聞を読んでいる。
田淵「……やはりのう」
○大阪の街(朝)
通勤通学で賑わう街角。
売店。新聞が売られている。
光一、駆け込んでくると、帝都新聞を一部手に取る。
紙面には広島についての特集記事。
光一「……」
人々が次々と新聞を手に取っていく。
光一「(達成感)……」
○国民学校・臨時処置室(朝)
和美、早織、栞、白衣の吉竹明夫(35)がいる。
明夫が栞の顔の包帯を外していく。
明夫「……腫れは引いとる。膿も出とらん。よう我慢したのう」
栞「せんせ……元に、戻るん?」
明夫「……跡は、残るかもしれん。でもな、ちゃんと治る。痛まんようにもなる。心配せんでええ」
早織「……ありがとうございます、先生」
明夫、頷く。
栞「……」
× × ×
和美、早織、栞が処置室から出てくる。
栞「……」
和美「……栞ちゃん、今日もよう頑張ったね」
栞、小さく頷くが顔を上げない。
早織、ゴホッと咳き込む。
和美「早織さん、大丈夫ですか?」
早織「……最近、喉が、ねぇ」
和美「無理はなさらんでくださいね?」
早織「(微笑み)わかっとる」
和美、口を開こうとした瞬間、
和美「直人」
前方から直人が駆けてくる。
直人「母ちゃん! あれ……栞ちゃん?」
栞「!」
直人「やっぱり、栞ちゃん――」
栞、反射的に背を向け、走り出す。
早織「栞!」
と、慌てて栞の後を追う。
和美と直人だけがその場に残る。
直人「……なんで、逃げるんじゃ?」
和美「……」
直人、処置室に入る。
明夫「! 直人か、会いに来てくれたんか」
直人「そうじゃ。父ちゃんの顔、忘れそうになったけぇな」
明夫「そうか。今、医者が足らんけ。わしが走り回らにゃならんのじゃ。わかってくれるか?」
直人「当たり前じゃ! 父ちゃんがみんなのこと助けとるの好きじゃけぇ」
明夫「ほうか。なら、父ちゃん、もっと走らにゃいけんのう」
処置室の片隅に積まれた医学の本。
直人「あっ!」
と、駆け寄って、手にとる。
直人「(めくり)新しい本じゃ」
明夫「ああ」
和美「……なあ、栞ちゃんのことじゃけど……」
明夫「……傷は、辛いじゃろうな」
和美「うん……」
明夫「じゃが、医学は進歩する。未来の医療が少しでもようなるように、今はできることをするだけじゃ」
直人「(盗み聞き)……」
和美の声「そうじゃね」
○同・校庭(朝)
早織、血相を変えて走っている。
辺りを見回すが──栞はいない。
校庭の端、三村がベンチに腰掛けて帝都新聞を読んでいる。
早織「……!?」
早織、迷わず近づき、新聞をひったくる。
三村「あ、ちょっ! なんですか!?」
早織、食い入るように紙面を見つめる。手が震え──。
○大阪の街(朝)
雑踏の中、光一、帝都新聞を開く。
光一「……!?」
焦土の広島の写真の中に、顔に包帯をした栞が荷車を引く写真。早織が切り取られている。
○帝都新聞社・大阪本社・廊下(朝)
中村、歩いている。
光一、駆け寄って、
光一「中村デスク!」
中村「……」
光一「……この写真、これじゃ──」
中村「上の判断や」
廊下の向こうから田淵、歩いてくる。光一と中村の姿を見て、足を止める。
中村「子供一人の方が、日本の被害者らしさが際立つ、ってな」
光一「じゃが──」
中村「カメラんこともある!」
光一「っ」
中村「不慮の事故で通したが、それでも上はご立腹や」
光一「……」
中村「首にならず、写真が載った。それだけでも御の字や。欲張るな」
中村、歩き出す。
田淵「……」
光一、拳を握り、踵を返す。
田淵と目があう。
光一、黙って田淵の横を通り過ぎる。
田淵「……」
○内閣情報局・執務室(朝)
帝都新聞を読んでいる情報局の高官、顔は見えない。
副官「当該記事は、大阪の編集局長による判断との報告です」
高官「……よくやった」
副官「はっ?」
高官「広島、ひいては長崎の惨状を国際社会に知らしめれば、人道違反として非難が集まるだろう。トルーマンも、チャーチルも──戦時国際法違反として糾弾することができる」
副官「国外の世論を味方につけるおつもりで?」
高官「その通りだ……それで、肝心のアメリカは?」
副官「それが──」
輸送機の音。
○厚木基地(二週間後)
T・昭和二十年八月三十日
各国の報道陣や関係者が整列している。
空から一機の四発輸送機が飛行場に接近してくる──C54。
着陸すると同時に、軍楽隊の演奏が始まる。
C54が停止すると、タラップが降ろされる。カメラのフラッシュが一斉に光り――ダグラス・マッカーサー(65)、コーンパイプをくわえ、堂々と姿を現す。
○GHQ本部・外観(一週間後)
○同・会議室
日本側は緒方竹虎(57)、松前重義(44)、随行員たちが並ぶ。
対して、アメリカ側はエリオット・ソープ(47)、ドナルド・フーバー(42)や通訳がいる。
ソープ「First, let me be clear. We are not here to run your press like YOU did during the war.」
通訳「我々は、日本が戦時中に行っていたような検閲を行うつもりはありません」
日本側「!?」
フーバー「We will censor only when we must. For security. Nothing more.」
通訳「検閲は必要な時にだけ行います。治安維持のために必要な場合のみです」
ソープ「Official orders from General Headquarters, they go out. No debate.」
通訳「連合軍司令部の公式発表は、必ず報道してもらいます」
日本側「!」
ソープ「But as for opinions, editorials, photos – you make the call.」
通訳「ですが、社説、論評、写真については、掲載は各紙の判断に任せます」
緒方と松前、顔を見合わせる。
○元内閣情報局・執務室(二日後)
机の上に、「言論及び新聞の自由に関する覚書」。言論の自由に対して、「最少限度ノ制限」という文言。
高官と副官がいるが、高官の顔は見えない。
高官「最小限の制限とは……つまり、我々に判断を委ねた、ということか」
副官「閣下、それは……」
高官「なんだ? この間の会談でも、掲載は自由選択できると話していた。これまで通り、我々の裁量で、新聞放送を統制できる、そういうことだ」
副官「……」
高官「各社に通達せよ。新聞・放送は引き続き、情報局の検閲を受けること。マッカーサー司令部の発表でも、例外ではない」
○GHQ本部・執務室(一週間後)
ブラッドフォード・スミス(36)、デスクの上に日本の新聞を叩きつける。
スミス「Every fucking morning, the same damn headlines !(毎朝毎朝、米兵の記事ばかりだ!)」
デスクの上には山積みになった日本の各社の新聞。
ソープとフーバー、苦々しい顔。
スミス「Looting, assault – but not a word about their own war crimes! How convenient!(略奪、暴行……だが、己の戦争責任については一切報じない! 都合がいい!)」
フーバー「What`s the play?(どう動きましょうか?)」
ソープ「Remind them who holds the pen.(思い知らせろ。誰がペンを握っているか)」
○帝都新聞社・報道部(数日後)
中村、電話の受話器を置く。
中村「……お前ら、ちょっとええか」
光一、小宮、千葉、記者たちの動きが止まる。緒方らが中村を見る。
中村「……同盟通信が配信停止になったばかりやが……今度は朝日が、二日間の発行停止を喰らった」
記者たち「!」
光一「鳩山一郎の記事、ですか」
中村「ああ……『原子爆弾投下は戦争犯罪』てやつや。GHQにしてみりゃ、耳障りやったんやろ」
千葉「……うちも次ってこと、ありますかね」
と、帝都新聞の紙面。広島の原爆についての記事。
落ち込む記者たち。
光一「……」
と、職員、駆け込んでくる。
職員「GHQの検閲部隊が、話をしたいと!」
記者たち「!」
× × ×
重苦しい空気が漂っている。
中村の机を挟んで、GHQ担当官とケン・タナカ(25)が並ぶ。
机の衝立の裏には光一、小宮、千葉、緒方ら記者たちが声を殺して様子をうかがっている。
担当官「We are here to collect all records concerning the atomic bomb.」
ケン「原爆関係の記録を接収しにきました」
記者たち「!」
光一「……」
中村「記録、ですか……そらできまへんな」
光一「!?」
ケン「He says that is not possible.」
担当官「……This is an order from General Headquarters. Not negotiable.」
ケン「これは総司令部の命令です。交渉の余地はありません」
中村「承知してまっせ。せやけど、記録ちゅうのは、元より報道の責任の一部でしてな」
ケン「The records are part of their press responsibility.」
担当官「That responsibility is now ours. Hand them over.」
ケン「その責任は我々が引き継ぎます。引き渡してください」
中村「……なるほど。せやけど困ったな。ちょうど、資料整理の真っ最中でして」
記者たち「!?」
千葉「(小声で)ど、どういうことだ?」
小宮「しっ」
ケン「They are currently organizing the records.」
担当官「We`ll wait. Bring everything you have.」
ケン「待ちます。ですから、全て持ってきてください」
中村「(微笑む)ほな、全部揃うまでに……ひとつき、いただけますかい?」
光一「!」
ケン「They are asking one month.」
担当官「……」
中村「なにぶん戦時中のドタバタで資料もバラバラさかい。そんままお渡しするんは、流石に失礼でっしゃろ?」
ケン「The documents are scattered due to wartime chaos, and it would be disrespectful to hand them over in such a condition.」
担当官「That`s inefficient. We`ll collect them ourselves.」
ケン「それは非効率です。我々が収集します」
中村「(苦笑い)ほな困りますわ。こっちもいま、極めて大事な国家報道の最中なんでっせ」
ケン「They are under critical national reporting duties.」
中村、にっこり笑う。
担当官「……Fine. But one week. No more.(一週間。それ以上は認めません)」
× × ×
担当官とケンが出ていくと、
中村「お前ら、聞いとったな?」
記者たち、中村のデスクの前に集まってくる。
中村「猶予は一週間や。その間に、記録、忘れずに全て持ってこい。もしくは、一枚残らず焼き払え」
光一「!」
中村「記録はすべて焼却した。わかったな?」
光一「……」
○同・地下倉庫・内~外(夜)
誰もいない。一台の古びた輪転印刷機が埃をかぶって鎮座している。
光一、手に持ったネガの束を、慎重に印刷機のメンテナンスハッチを開けて差し込んでいく。
光一「……」
× × ×
倉庫の扉が静かに開く。
顔を出す光一、左右を確認する。
誰もいない。
光一、そっと扉を閉め、廊下を歩き去る。
背後。廊下の柱の影に立つ小宮。
小宮「……」
○帝都新聞社・報道部(数日後)
机の上に置かれた段ボール箱。中にはわずかな原爆関係の資料。
担当官「This is everything?(これが全てですか?)」
中村「イエス、イエス!」
担当官、疑うように箱の中を探る。
中村「……他は、焼却処分してましてね」
ケン「The rest were burned」
担当官「Funny. I`ve been told there`s more – in your storage.」
ケン「倉庫にまだあると聞いています」
光一「!」
中村「……それは誤報でしょうな」
担当官「Show me.(案内したまえ)」
○同・地下倉庫
中村が先頭に立ち、無言で入る。
その後ろに担当官とケン、兵士2名。
記者たち、扉の外から心配そうに伺う。
兵士たち、無言で探す。
と、一人の兵士が輪転印刷機のメンテナンスハッチに手をかける。
兵士「! Found it!(見つけました)」
ハッチの奥から、ネガの束が引きずり出される。
× × ×
担当官たち、倉庫から出てくると、
光一が立ちはだかる。
光一「待ってください!返してください!」
ケン「これは我々の権限で接収します」
光一「それが無うなったら、何も残らんのじゃ! あんたも……同じ日本人じゃろうが!」
ケン「I AM NOT JAPANESE!……I am not……!(日本人じゃない。日本人では)」
担当官、鼻で笑うと、歩き出す。ケン、ついていく。
光
記事提供元:キネマ旬報WEB
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