脚本家になる! 第51回城戸賞発表
イチオシスト
「映画の脚本家」を目指す人たちにとって、もっとも眩しい賞――。
城戸賞第51回である。
1974年12月1日、城戸賞は「映画の日」に制定された。
映画製作者として日本映画界の興隆に寄与し、
数多くの映画芸術家、技術家などの育成に努めた故・城戸四郎氏の
「これからの日本映画の振興には、脚本の受けもつ責任が極めて大きい」との持論に基づき、
新しい人材を発掘し、その創作活動を奨励することを目的とする。
今回は10名の最終審査委員も新たに、折り返し地点に入った印象。
映画製作者連盟各社の現役プロデューサーに加え
「K-20 怪人二十面相・伝」や「陰陽師0」などで監督のみならず脚本も務める佐藤嗣麻子。
連続テレビ小説『わろてんか』の脚本で知られる吉田智子。
近作では「あんのこと」や「室町無頼」を発表した入江悠。
同じく「正体」「港のひかり」が公開された藤井道人。
この新メンバーが最終選考に残った10作品について論じ合った。
城戸賞史上、2番目の多さになるという応募作品数は495篇。
残念ながら今年は大賞はなかったものの、
「実相」中條ルネ、「かほはゆし!」宮崎和彦、「生きている」籔下雷太の3作品が
準入賞として受賞した。
ここでは、準入賞3作品のうち、
審査委員の総合得点が最も高かった「実相」のシナリオ全篇を別項で紹介するとともに、
上記3作品を含む、
最終審査に残った10篇の総評と受賞作品の各選評を掲載する。
まずは脚本家・佐藤嗣麻子氏と吉田智子氏の講評から。
◎佐藤嗣麻子氏講評
初めて選考委員をさせていただきましたが、10篇ともすべてが素晴らしかったです。最初は、10篇も読むのは大変だなと思っていましたが、いずれもレベルが高くて、すんなりと読めました。まだプロではない方の作品を読む場合、正直、辛いものがあることもしばしばですが、城戸賞ではそんなことが一つもありませんでした。それだけに、どれを受賞作として選ぶかには、どうしても「好み」の問題が入ってきてしまう。実際、審査会では今回受賞されてない方の作品を高く評価する選考委員の方もいらっしゃいました。
さて、私の方からは、受賞作のうち、中條ルネさんの「実相」と、秦雅心さんの「わたしはお母さんの娘でお母さんはわたしの娘」のことをお話しします。このおふたりは、偶然ですけれども、海外留学をされています。
準入賞の「実相」は第二次世界大戦中から終戦後を描いたもので、広島出身のカメラマンが広島に落とされた原爆を取材するお話です。重厚なテーマを描くための、“調べる力”、“取材力”がすごいと思いましたし、書く力も充分伝わってきました。ただ、少々厳しいことを言いますと、主人公の葛藤がちょっと雛形になっていて、何か突き抜けられなかった印象があり、そこがもったいなかった。中條さんは海外留学など経験が豊富なので、異文化の中で感じたものや得たものなどを糧にして、自分にしか書けない何か、葛藤などを脚本の中に取り込めれば、もっと良くなると思いました。
佳作になった「わたしはお母さんの娘でお母さんはわたしの娘」は、タイムスリップと入れ替わりものです。アイディアが斬新で、とても楽しく読みました。ラストのシークエンスは、最初に提示された決まりごとが覆っている印象があったので、そこを整理する必要がありますし、最後は主人公の力で状況が変化して行く方がカタルシスにつながるとも思いました。しかし、私は個人的には一番好きな作品でした。アニメーションにも向いた脚本でしたので、それも念頭に考えてみてください。
最後に、これからプロになっていく方にひとこと。プロになると脚本(ホン)打ちという打ち合わせがあります。ここで交わされるプロデューサーや監督の好き勝手な意見で、ときに脚本がズタズタになることがあるんです。これは脚本家にとっては、とても大きな試練です。まあ、言ってしまえば、死んじゃった方がいいかもって思うくらいの試練でして……(笑)。でも、みなさんにはプロになったあかつきには、決して悲観的にはならず、淡々と、気楽にいっぱい書き続けて、いい作品を作っていっていただきたい、そんなふうに思います。(談)
◎吉田智子氏講評
城戸賞は脚本家にとって非常に憧れの賞でして、古くは野沢尚さん、森下直さんなどの才能を発見した賞です。そういった作家の誕生を期待しながら、今回非常に楽しく読ませていただきました。 昨今、各種コンクールの応募作が総じて小粒な、半径5mどころか1mくらいの作品が増えている中で、城戸賞はチャレンジ精神が旺盛で、読み応えがありました。私自身は、脚本家はセリフが一番だと思っているのですが、昔、おそらく私が初めて映画の脚本を書かせて頂いた時に教わったことは、「人はただ大味なストーリーを面白がるのではなく、細部に恋をする」ということでした。この言葉自体はノーラン兄弟の言葉ですが、家に辿り着く道のりや足取りなど、そういう細部の情景を描いてこそ脚本家だと、奇しくも島谷委員長に当時言われたことが鮮烈な記憶でありまして、今回は脚本の行間に余白を感じるか、キャラの息遣いが感じられるか。そういった奥行きを含めて、私なりに評価させていただきました。
準入賞「生きている」は、私が一番高い点を入れた作品。疎遠だった友人の顔が高校時代のままだったという切なさを二次元アニメで表現して、実写と融合させるという技法のものです。一方で、その技法に酔わずに、しっかりと人肌を感じる作品に仕上がっていったことを評価させていただきました。宮沢賢治のファンタジー感と岩手のマッチングもお見事。セリフも印象に残るものが多く、「風景画に人がいた痕跡を感じる」ーーというセリフは、この作者にも通じる気がして心に染み入りました。
同じく準入賞「かほはゆし!」は、「照れくさい」「面映(は)ゆい」の意味だそうで、明治維新後の「神結いの女」の物語です。シスターフットを描きたかったのかなと思いましたが、 「神結い」という響きは、パトリス・ルコントの「神結いの亭主」をはじめ、映画好きにはゾクゾクする言葉です。企画としてとても面白く、映像としても今どきでいう“映える”作品と言えるでしょう。惜しむらくは、脚本の序破急の急の部分で、もっと大きなカタルシスがあれば、現代の女性の解放や自由と尊厳につながる、爽快感ある作品になったと思います。
佳作「サラブレッドのしあわせ」 、こちらはサラブレットを育てる学生たちの成長物語ですが、走る馬のたてがみまで情景が目に浮かぶようで、技術的には非常に良質な作品でした。正直、私は全然競馬に興味ありませんが、サラブレットを育てる学生たちの青春偶像として気持ちよく読めました。 主人公が吃音というキャラクターも心に刺さるものがありました。しかし、もう少し脚本的な遊びや冒険があれば、もっと泣ける話にできたと思います。
最後に、近年は海外配給も増え、配信などのプラットフォームも普及していますが、“人の心を動かす”という私たち脚本家の仕事は変わらないと思っています。 皆さんが国境を越えて大きなうねりを作り、映画史を変えるような脚本家になることを、ただただ期待しています。頑張ってください。(談)

左から準入賞の中條ルネ、宮崎和彦、籔下雷太、佳作の秦雅心、宇部道路各氏(受賞式にて)
■応募脚本 495篇
映連会員会社選考委員の選考による第一次、第二次予備選考を経て、10篇が候補作品として最終審査に残った。
■予選選考通過作品 10篇
「私が書かない小説」 田邉 航
「成り王」 ヨシダケイ
「わたしはお母さんの娘でお母さんはわたしの娘」 秦雅心
「生きている」 籔下雷太
「かほはゆし!」 宮崎和彦
「a year」 波島陰
「実相」 中條ルネ
「市井の人」 江野りつ
「サラブレッドのしあわせ」 宇部道路
「湯煙ときめき殺人事件」 峰岸由依
■受賞作品
準入賞
「実相」 中條ルネ
「かほはゆし!」 宮崎 和彦
「生きている」 籔下雷太
佳作
「サラブレッドのしあわせ」 宇部道路
「わたしはお母さんの娘でお母さんはわたしの娘」 秦 雅心
■第51回城戸賞最終審査委員(順不同 敬称略)
島谷能成(城戸賞運営委員会委員長)
佐藤嗣麻子
吉田智子
入江悠
藤井道人
石塚慶生
稲垣優
須藤泰司
今安玲子
■予備選考通過作品 10篇
「私が書かない小説」 田邉航
「成り王」 ヨシダケイ
「わたしはお母さんの娘でお母さんはわたしの娘」 秦雅心
「生きている」 籔下雷太
「かほはゆし!」 宮崎和彦
「a year」 波島陰
「実相」 中條ルネ
「市井の人」 江野りつ
「サラブレッドのしあわせ」 宇部道路
「湯煙ときめき殺人事件」 峰岸由依
■準入賞で最高得点を獲得した中條ルネさん/作品名「実相」
(→受賞作全文はこちらからお読みいただけます)
中條ルネ
日本最東端にて生を受け、親の仕事で各地を転々としながら育つ。アメリカ、オーストラリア、カナダでの留学経験を通して、多様な考えや価値観と出会った。現在はイベント関連の仕事に携わりながら、日々物語の種を拾い集めている。
受賞に寄せて
小さい頃から、空想に浸るのが好きでした。いつか物語を作り出す人になりたい――そんな思いはありましたが、風の吹くまま気の向くままな私。アイディアだけが増え、形にしないまま。このままではいけないと、数年前からコンクールに応募し始めましたが、本気になりきれず、中途半端な自分にモヤモヤするばかり。
そんな中、昨年、大きな転機が訪れました。父の死です。最期の瞬間まで仕事に身を捧げた彼の姿は、「覚悟とは何か」を突きつけるものでした。そして何より、自分の創作に対しての甘さを批判し続けてきたのも父でした。
初挑戦の城戸賞。当初は別題材を書くつもりでした。ですが、戦後80年という節目にまだ描かれてこなかった原爆報道を書くべきだと感じ、この題材を選びました。しかし、リサーチの仕方や、記録にない部分をどう描くかもわからない。そもそも当事者でない自分が書いていいのか。人々の思いを掬い取れているのか。締切2日前になっても初稿が出来ていない。やっぱり無理だ。筆を置いたその時、父の背中が見えました。締切当日の朝、なんとか仕上げて提出。その拙作がこうして評価されたことに、驚きと深い感謝の気持ちでいっぱいです。
物語に救われ続けている私のように、自分の物語もまた、誰かの心に灯りをともせるように――。これからも覚悟を胸に、精進してまいります。
■選者(50音順)
稲垣優(東宝株式会社 エンタテインメントユニット 映画本部 映画調整部 コラボレーション企画室長)
須藤泰司(東映株式会社 映画企画部ヘッドプロデューサー)
■総評
●前回は予備選考委員を務め、今回初めて審査委員を担当いたしましたが、ここ数年で最もクオリティの高い作品が集まったように感じます。大きな理由としては「主人公を中心とする人間ドラマの魅力の大きさ」「定番ジャンルと作者ならではの個性の掛け合わせの妙」が挙げられます。まず前者は、主人公をはじめ登場人物のキャラクターが強く、そのキャラクターたちが絡み合うことで魅力的なストーリーに仕立てられている作品が多い印象を受けました。次に後者については、例年城戸賞の応募作に多い「タイムリープ/タイムスリップ」「時代モノ」「LGBTQ」といったジャンルに、作者ならではのアイディアの掛け合わせがスパイスとなり、個性的な作品が揃ったように思います。一方で大賞に該当する作品が無かったことについては、「読み手の想像を超える個性的な物語」という点においてあと一歩足りなかった印象です。次回の応募作にも大いに期待しております。(稲垣)
●プロデューサーという職業柄、脚本を「どう直せば成立するか?」と考えて読みます。ですから多少荒くても、これは「直せば面白くなるぞ」と思えば評価します。
三度目の最終選考への参加となりましたが、今回の候補作はしっかりとした狙いを持った読み応えのある作品が多く、これまで参加した中では最も高いレベルの最終選考でした。直せば成立しそうな作品が揃っておりました(笑)。ただ全体として、プロットの魅力に比べて登場人物の造形が弱く、特に「悪」や「悪意」の描き方に想像力が余り働いていない印象を受けました。そして説明的なセリフ。映画館の観客の集中力は、家庭のテレビ視聴者のそれとは大きな差があります。大きなスクリーンでは役者がほんの少し目を泳がせるだけでも、それは何かを雄弁に語ります。城戸賞は映画の脚本賞。来年は更に映画的な創意に富んだ脚本が集まり大賞が選出される事を期待します。(須藤)
■受賞作品選評
準入賞「実相」(全文はこちらからお読みいただけます)
太平洋戦争下~終戦直後の「検閲」を報道写真の視点から描いた物語で、「撮る側」だけでなく「撮られる側」の人々のドラマがエモーショナルに描かれているほか、参考文献の多さも含め随所に作者の取材力の高さを感じました。(稲垣)
戦前戦後で日米の検閲に苦しめられながらも、「原爆」の真実を送り出そうとする報道カメラマンの物語。テーマ、そして物語の各要素は素晴らしかったが、登場人物の造形がそこに届いていないのが残念。最後に少女が自分の写真と出会う場面は映画的感興をもたらす。(須藤)
準入賞「かほはゆし!」
前回の「ひらがなでさくら」と共通する、作者独自の視点で描く「時代モノ」の魅力は本作でも発揮されており、明治初期の日本での「髪結い」という題材に個性を感じました。一方でこの時代に主人公のような一介の町娘がどのように他者を巻き込んでいったのか、の点はやや荒唐無稽でリアリティに欠ける印象を受けました。(稲垣)
「髪」、ひいては「女性を美しく見せる」映像的な華やかさがあり、それが「抑圧からの解放、自由」というテーマにつながる明快さがある。物語と登場人物に対してエッジをつけたら更に面白くなりそう。(須藤)
準入賞「生きている」
主人公の波留と親友の柴田の二人の友情、そして終盤で明かされる柴田の真相というミステリー軸で構成される物語は一見シンプルですが読みごたえがありました。また、最終選考作品で唯一となる「実写とアニメの融合」に挑戦している点も個性あり。一方でラストシーンの感動はもう一つ足りなかった印象です。(稲垣)
記憶のわだかまりを解消することで、ヒロインが人としてクリエイターとして新たなステージに進む物語。ヒロインを導くのは「深層心理」のようだが、もし、彼女自身の「意思的」なモガキが描かれていたらラストはもっと胸に迫ったかもしれない。(須藤)
佳作「サラブレッドのしあわせ」
競走馬を題材とした作品は「育てた馬が勝つかどうか」の展開で描かれる物語が多いものの、本作はそれらと一線を画し、「勝てなかった、選ばれなかった馬はその後どうなるのか」という「命」にスポットを当てたストーリーが見事。また、主人公のドラマと馬のドラマが掛け合わさるクライマックスにも感動しました。(稲垣)
一頭の競走馬が我々の前に現れるまでの「奇跡」をとても興味深く読んだ。本作は二つのクライマックスの置き方が秀逸。抑制的でありながらドキドキさせてくれる。しかもそれが両方、レースシーンでは無い!!という着眼が実に素晴らしい。(須藤)
佳作「わたしはお母さんの娘でお母さんはわたしの娘」
ありがちなタイムリープものと思いきや、「自分ではない“誰か”になる」というルール設定が魅力となり感動作に仕立てられています。タイムリープの対象を主人公と、主人公の担任の父親という2人に設定し、互いの家族が絡み合う展開も個性あり。一方でタイムリープ設定の詰めが後半甘くなり勿体無い印象を受けました。(稲垣)
「タイムスリップ+乗り移り」モノとして、そう来たか!と楽しく読んだが、物語を担保する本屋の設定が弱いか? とはいえ作者のメッセージをラストにヒロインの歌で伝えようとするあたり、荒削りだが好感を持った。(須藤)
■最終選考作品選評
「私が書かない小説」
現代軸と回想の入れ方、バランスが良く効果的に作用しており、主人公の妻の死をミステリーとして最後まで飽きさせずに物語を展開させている点が良いと感じました。一方でアセクシャルという性的指向の描写は今一つ個性が足りなかった印象です。(稲垣)
「成り王」
明治期の日本、かつ金融を題材とした立身出世物語は個性あり。「成り王になる」という夢に向かい突き進む主人公・久次郎のキャラクターも明快で読み手をワクワクさせる魅力を感じました。一方でやや突飛に感じるシーンも散見され勿体無い印象を受けました。(稲垣)
「a year」
メインの女性3人が徐々に距離を縮めていく様が丁寧に展開されるほか、レズビアンや里親制度についても一定のリアリティを持って描けており、作者に強い将来性を感じました。一方でタイトルの「一年間」の要素があまり物語に作用しておらず物足りなく感じました。(稲垣)
「市井の人」
高度経済成長で失われゆく世界が文芸調で描かれており、落ち着いた筆の運びに好感が持てる映像的作品。在りし日の浦安メモワール、子供が見た『青ベか物語』。それが今、何故なのか?その点が弱く感じられた。(須藤)
「湯煙ときめき殺人事件」
選考では「死」の扱い方の倫理観で評価が分かれた。私はタイトルから期待して読み、期待通り!!(笑)。各エピソードの種明かしも均等に面白いが、その分、クライマックスが弱くなった印象。(須藤)
記事提供元:キネマ旬報WEB
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