【80年代コンセプトカー】幻のスーパーカー9選! ブルネイ国王が独占したフェラーリから、エンジン剥き出しのプジョーまで
イチオシスト
1980年代、それは自動車デザインが最も自由で、最も「カクカク」していた時代だ。ランボルギーニ、フェラーリ、アストンマーティンらが夢見た、ウェッジシェイプ(くさび形)全開のスーパーカーたち。量産には至らなかったものの、後世に強烈なインパクトを残した9台の「幻のコンセプトカー」を一挙紹介する。

ランボルギーニ アトン(Lamborghini Athon)

1980年当時、ランボルギーニの状態は決して良くなかった。端的に言えば、金がなかったのだ。「暴れる雄牛」への支援を示すため、ベルトーネはその年のトリノ モーターショーにこいつを持ち込んだ。シルエットをベースにし、その260bhpの3.0リッターV8とマニュアルギアボックスを維持したアトンは、エジプトの太陽崇拝にちなんで名付けられた。屋根と呼べるものが存在しないことを考えれば、適切な名前だ。
もちろん、これが量産されることはなかった(もし量産されていたら、このギャラリーにはいないはずだ)。だが、唯一の完全に機能するショーカーは現存している。RMサザビーズは2011年に、これを35万ユーロ(当時のレートでも高額だが、今なら5600万円)弱で落札させた。80年代の注目すべきランボのコンセプトには、他にも4ドアのポルトフィーノ(クライスラーが1987年にランボを買収した直後に公開された、ジャルパを延長してクライスラー製ボディを載せたもの)、V12エンジン搭載のジェネシスMPV、そしてV10のP140などがある。
画像:RM Sotheby’s
アストンマーティン ブルドッグ(Aston Martin Bulldog)

1979年に製造されたものの1980年まで公開されなかった、この滑稽なほど角ばったブルドッグは、ラゴンダ サルーンと同じ人物によってスタイリングされた。目標は200mph(約322km/h)の壁を破ることであり、(公称)700bhp(約710PS)の5.3リッター ツインターボV8と、この「ウェッジ感(くさび形)」満載のスタイリングがあれば、ブルドッグにとってそれは容易なはずだった。理論上の最高速度は237mph(約381km/h)と言われており、当時としては他のあらゆる車よりもはるかに、はるかに速い車になるはずだった。
小規模な量産も検討されたと伝えられているが、プロジェクトは1981年に中止され、唯一の車両は中東の王子に13万ポンドで売却された…。そして、最初のドライブでエンジンが即座に爆発した。しかし、これがブルドッグの最期ではなかった。2年間のレストアを経て、2023年にスコットランドのキャンベルタウンにある元NATO空軍基地で、ついに200mphの壁を突破したのだ。ようやく!
シボレー コルベット インディ(Chevrolet Corvette Indy)

シボレーは、今日のC8が登場するずっと前から、ミッドシップ コルベットのアイデアをもてあそんでいた。実際、1986年のデトロイト モーターショーでコルベット インディ コンセプトが公開されるずっと前からの話だ。
オリジナルのコンセプトカーには、600bhp(約608PS)以上を発揮するとされる本物のツインターボ インディカー用エンジンが搭載されていた(だからコルベット「インディ」なのだ)。もっとも、後に作られた走行可能なプロトタイプには、ロータスが開発した5.7リッターV8(後にコルベットZR1で量産されるエンジン)が搭載されていたが。インディはケブラー/カーボン製のボディ、CRTスクリーン(ブラウン管)が支配するインテリア、全輪駆動(AWD)に全輪操舵(4WS)、さらにはロータス(当時GMが所有していた)から拝借したアクティブサスペンションまで備えていた。
インディの究極形であるツインターボ、650bhp、最高速225mph(362km/h)の「CERV III」は1990年に登場し、シボレーが量産に移せる寸前まで開発が進んでいたとされる。だが、搭載された技術の数々により、価格は30万ドル(現在のレートで4500万円以上)を超えると予想された。イテテ。
フェラーリ ミトス(Ferrari Mythos)

このミトスは1989年の東京モーターショーで旋風を巻き起こした。事実上、テスタロッサのボディを着せ替えたもので、ドナー車の水平対向12気筒エンジンとマニュアルギアボックスを完備していた。スタイリングはピニンファリーナが手掛け、最先端の複合素材で作られていた。そのスタイリングの要素は、6年後に発表されたF50に受け継がれることになる。
オリジナルのコンセプトカーは最終的に日本のコレクターに売却されたが、ブルネイのサルタン(と彼の小切手帳)は、ピニンファリーナを説得し、自分用にもう2台作らせることに成功したらしい。
言及すべき80年代のフェラーリ コンセプトには、ピニンファリーナの創業50周年を記念して作られた4ドア フェラーリ、「ピニン」もある。悲しいことに量産には至らなかったが、これはいまだに「唯一製造された4ドア フェラーリ」であり続けている。少なくとも、同社初のSUV(プロサングエ)が登場するまでは。そして、サルタンの特注した456ワゴンなどを無視すればの話だが。
画像:Pininfarina
フォード マヤ(Ford Maya)

オーケー、フォード マヤは厳密にはスーパーカーではない。だが、エンジンは真ん中にあり、イタリア人(ジウジアーロ氏という名を聞いたことがあるか?)によってスタイリングされている。我々にはそれで十分だ。それに、1984年に公開されたマヤの背後にあるアイデアは、比較的多数(1日最大50台)生産可能な「マスマーケット向けのエキゾチックカー」を作ることだったらしい。
動力はヤマハと共同開発された250bhpのV6で、ミッドシップに搭載され、5速マニュアルを介して後輪を駆動する予定だった。マヤは実用的でもあり、十分な荷室スペースと、最も背の高いドライバーでも座れる空間が確保されていた。
だが、それは叶わぬ夢だった。レシピを完璧にした「マヤII ES」や「EM」などいくつかのバージョンを経て、フォードの「日常的に使えるミッドシップスーパーカー」プロジェクトは盛大にコケた(bit the big one)。悲しい時代だ。
画像:Italdesign
ロータス エトナ(Lotus Etna)

誰がエトナをデザインしたかを当てても賞品は出ない。そう、フォード マヤ同様、エトナもイタルデザインのジョルジェット ジウジアーロの作品だ。展示されたのもフォードと同じ1984年だった。
しかし、こちらの方がより洗練されていた。コンセプトカーはモデルに過ぎなかったが、ロータスはこれに自社設計の真新しいV8エンジンや、自社のF1チームが開発したアクティブサスペンションなどを搭載する計画だった。財政難とGMへの売却により、エトナは最終的に葬り去られたが、幸いなことに2000年代にオリジナルのモデルカーを購入した熱狂的なファンが、これを走行可能な車へと変身させることに成功している。
画像:Italdesign
ビュイック ワイルドキャット(Buick Wildcat)

ビュイックを覚えているか? 50年代にはワイルドキャットと呼ばれるコンセプトカーをいくつか作っていたが、1985年のSEMAショーで、この狂ったスーパーカーのためにその名を復活させた。
オリジナルのショーカーは単なるモデルだったが、ビュイックは実際にテスト用に1台を製作した。マクラーレン エンジンズ(あのマクラーレンではない。マクラーレン エンジンズは1969年にブルース マクラーレンが自社のCan-Amやインディカーへの取り組みを支援するために設立した会社で、英国のマクラーレン グループとは無関係だ)によって開発された3.8リッターV6、全輪駆動、4速オートマチック、そして実際のドアの代わりに巨大なキャノピーを備えていた。
ここで、80年代のGMの他のスーパーカーコンセプト――ポンティアック バンシーやオールズモビル エアロテック――にも特別賞を贈ろう。このギャラリーにいないからといって、それらが素晴らしくないわけではない。
ポルシェ パナメリカーナ(Porsche Panamericana)

スーパーカーではないが、十分に変な車なので、とにかく見てみたいだろうと思った。
特に奇妙なポルシェ パナメリカーナは、フェリー ポルシェの80歳の誕生日プレゼントだった。また、これは将来のポルシェを早期に予見させるものでもあった。ここで初めて見られたスタイリングのタッチは、後に993世代の911やボクスターに登場した。もっとも、ゴツゴツしたタイヤと長いサスペンションストロークのためのクリアランスを確保するはずだった、切り欠かれたホイールアーチは採用されなかったが。
カーボンボディの下には、標準的なポルシェ 964 カブリオレがあり、標準的な250bhp(約253PS)の水平対向6気筒エンジンが搭載されていた。気になっている人のために言っておくと、0-62mph(約100km/h)加速は5.8秒だ。
プジョー クエーサー(Peugeot Quasar)

1984年のパリ モーターショーは、おそらく史上最もクールなプジョー、クエーサー コンセプトを生み出した。ミッドシップ、全輪駆動のこのスーパーカーは、205 T16 グループBラリーカーのメカニズムをベースにしていた。デザイナーたちは、コンセプトのレーシングヘリテージを強調するために、エンジンをむき出しのまま展示することを選んだ。
真っ赤なレザーで覆われたインテリアには、ダッシュボードにCRTスクリーンを組み込んだ原始的なインフォテインメントシステムが特徴だった。
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=海外の反応=
「80年代のコンセプトカーって、なんでこう夢があるんだろうな。今の車は安全規制だの空力だので似たり寄ったりだけど、この頃は「ウェッジシェイプこそ正義!」って感じで潔い」
「フェラーリ ミトス、東京モーターショーで見たの覚えてるわ。あの頃の日本はバブル絶頂期で、モーターショーの熱気が凄かった。結局ブルネイの王様が持ってっちゃったのか…」
「アストンマーティン ブルドッグ、レストアされて200マイル達成してたのか! 知らなかった。中東の王子が買って即エンジンブローってエピソードが面白すぎる(笑)」
「マクラーレンエンジン製V6を積んだビュイックか。GMが一番元気だった時代だな。今じゃ考えられないくらい冒険してた」
「フォード マヤ、ヤマハ製エンジンのミッドシップで実用性もあるとか、NSXのご先祖様みたいなコンセプトだな。出てたら面白かったのに」
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